映画みたいな恋したい | ナノ

9 驚きの返信

ミナコの朝は、満員電車に揺られて始まる。


今日は金曜日。これが終われば週末は休みである。
すし詰め電車に揺られながら、ミナコはぼおっと窓の外を見た。


もの凄い速さで過ぎ去ってく電柱を見ながら、ミナコは思った。


(あれは、夢だったのかしら……)



ニューヨークで起こった、奇跡だったのかもしれないと、ミナコは思った。
日本で、平凡な毎日を送りだすと、あの日々が夢であったかのような錯覚に陥ってしまう。

日常とのギャップが激しいからだろう。


いつもの駅で降りると、改札をタッチし外へ。
これまたいつも寄るコンビニで、飲み物を買い、向かう先は職場。
これから、忙しい1日が始まる――はずだった。



ピピピ、とアラーム音がミナコの足を止めさせる。

誰かからメールが来たらしい。職場に着いてから確認しようと思っていたミナコだったが、信号が変わるまで立ち往生となったため、携帯を開いてみた。
するとそこにあったのは―――。






To ミナコ


メールをくれて嬉しいよ。ありがとうミナコ。

君が無事に日本に帰れたようで安心しました。これは君をからかっているわけじゃないよ?

今出演している舞台は、おかげさまで大盛況で、私は忙しい毎日を過ごしているけど、やりがいのある役なので、毎日がちっとも苦になりません。でも…君のような刺激的なお客さんはなかなかいないね?

自宅でお酒を飲んだのなら安心だと思った?とんでもない!それはそれで心配だよ。
君は酔っ払うととても個性的になるからね!


日本は今、朝だろうか?
ニューヨークは今、夜の21時すぎ。丁度舞台が終わり、控室で休んでいる所なんだ。
以前、日本に行ったことはあるけれど、じっくりと滞在したことはなかったから、いつかまた、行ってみたいと思っています。


ミナコ…君がいる国だからなおさらだね!

今、君は何をしているんだろう?仕事をしているのかな?それとも…お休みの日で寝ているのかな…?もしも、このメールが君の時間を邪魔しちゃったのならごめん。

おっと、マネージャーに呼ばれてしまった。そろそろ時間のようだから、またメールするね。
ミナコ……よい1日を!



Love you, From Alan




『う、うそ…ッ』


携帯を凝視しながら固まるミナコを置いて、人の波が横断歩道を渡っていく。

一人ぽつんと取り残されたミナコは、あまりの衝撃に動けないでいた。



(Love you 、ってなにそれ……っていうか…っていうか……アランさんからメール?!?!)


『これって…いつもの妄想夢かしら……?』


吹き抜ける北風が、これは夢ではないことをミナコに教えてくれたのだった。




*****




「いーかげんにしてください!そろそろ時間なんですからッ」

「も、もうちょっと待ってくれ」

「駄目です!!そろそろ出番なんだから携帯は閉まって!」

「あと5分…」

「………Mr,リックマン…?」

「……わかったよ」



マネージャーに言われ、渋々携帯をしまうアラン。そのしゅーんとした顔に、共演者が笑う。

最近、出演者やマネージャーからは不思議がられているアランだった。

何故なら、メールもフェイスブックも、そしてツイッターもやらないと公言しているアランが、携帯にかじりついているからだ。

しかも、携帯でちまちまとメールを打っているらしいのだ。



親しい友人にだって、滅多にメールをしないアランが、である。



しかも、やたらと携帯をチェックするのだ。
いつでも、どこでも、である。



共演者と食事に行った時も。
編集者と打ち合わせをしている時も。
移動中も。
なんとトイレにまで!



確認はしていないが、今の状態であれば入浴中も携帯を持ち込んでいるのではないかと、予想しているマネージャーだった。


((((あやしい……))))



浮いた噂が少ないアランが、この凝りよう。
皆にそんな目でみられているとは一切気が付かないアランは、うきうきした顔をしながら、メールの文面を考える。


(あんまりしつこいのも嫌われるだろうし……あっさりとした感じ…それでいて印象に残るような文にしないとな…。しかも、文法は出来るだけ簡素にしないと…ミナコには解らないかもしれないし。う〜ん…どうしようか……)


どうしようか、と悩みながらも頬は緩んでいる。



幸せの花を咲かせるアランに、マネージャーは溜息を付いたのだった……。


(H24,2,3)


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