ミナコの朝は、満員電車に揺られて始まる。
今日は金曜日。これが終われば週末は休みである。
すし詰め電車に揺られながら、ミナコはぼおっと窓の外を見た。
もの凄い速さで過ぎ去ってく電柱を見ながら、ミナコは思った。
(あれは、夢だったのかしら……)
ニューヨークで起こった、奇跡だったのかもしれないと、ミナコは思った。
日本で、平凡な毎日を送りだすと、あの日々が夢であったかのような錯覚に陥ってしまう。
日常とのギャップが激しいからだろう。
いつもの駅で降りると、改札をタッチし外へ。
これまたいつも寄るコンビニで、飲み物を買い、向かう先は職場。
これから、忙しい1日が始まる――はずだった。
ピピピ、とアラーム音がミナコの足を止めさせる。
誰かからメールが来たらしい。職場に着いてから確認しようと思っていたミナコだったが、信号が変わるまで立ち往生となったため、携帯を開いてみた。
するとそこにあったのは―――。
To ミナコ
メールをくれて嬉しいよ。ありがとうミナコ。
君が無事に日本に帰れたようで安心しました。これは君をからかっているわけじゃないよ?
今出演している舞台は、おかげさまで大盛況で、私は忙しい毎日を過ごしているけど、やりがいのある役なので、毎日がちっとも苦になりません。でも…君のような刺激的なお客さんはなかなかいないね?
自宅でお酒を飲んだのなら安心だと思った?とんでもない!それはそれで心配だよ。
君は酔っ払うととても個性的になるからね!
日本は今、朝だろうか?
ニューヨークは今、夜の21時すぎ。丁度舞台が終わり、控室で休んでいる所なんだ。
以前、日本に行ったことはあるけれど、じっくりと滞在したことはなかったから、いつかまた、行ってみたいと思っています。
ミナコ…君がいる国だからなおさらだね!
今、君は何をしているんだろう?仕事をしているのかな?それとも…お休みの日で寝ているのかな…?もしも、このメールが君の時間を邪魔しちゃったのならごめん。
おっと、マネージャーに呼ばれてしまった。そろそろ時間のようだから、またメールするね。
ミナコ……よい1日を!
Love you, From Alan
『う、うそ…ッ』
携帯を凝視しながら固まるミナコを置いて、人の波が横断歩道を渡っていく。
一人ぽつんと取り残されたミナコは、あまりの衝撃に動けないでいた。
(Love you 、ってなにそれ……っていうか…っていうか……アランさんからメール?!?!)
『これって…いつもの妄想夢かしら……?』
吹き抜ける北風が、これは夢ではないことをミナコに教えてくれたのだった。
*****
「いーかげんにしてください!そろそろ時間なんですからッ」
「も、もうちょっと待ってくれ」
「駄目です!!そろそろ出番なんだから携帯は閉まって!」
「あと5分…」
「………Mr,リックマン…?」
「……わかったよ」
マネージャーに言われ、渋々携帯をしまうアラン。そのしゅーんとした顔に、共演者が笑う。
最近、出演者やマネージャーからは不思議がられているアランだった。
何故なら、メールもフェイスブックも、そしてツイッターもやらないと公言しているアランが、携帯にかじりついているからだ。
しかも、携帯でちまちまとメールを打っているらしいのだ。
親しい友人にだって、滅多にメールをしないアランが、である。
しかも、やたらと携帯をチェックするのだ。
いつでも、どこでも、である。
共演者と食事に行った時も。
編集者と打ち合わせをしている時も。
移動中も。
なんとトイレにまで!
確認はしていないが、今の状態であれば入浴中も携帯を持ち込んでいるのではないかと、予想しているマネージャーだった。
((((あやしい……))))
浮いた噂が少ないアランが、この凝りよう。
皆にそんな目でみられているとは一切気が付かないアランは、うきうきした顔をしながら、メールの文面を考える。
(あんまりしつこいのも嫌われるだろうし……あっさりとした感じ…それでいて印象に残るような文にしないとな…。しかも、文法は出来るだけ簡素にしないと…ミナコには解らないかもしれないし。う〜ん…どうしようか……)
どうしようか、と悩みながらも頬は緩んでいる。
幸せの花を咲かせるアランに、マネージャーは溜息を付いたのだった……。
(H24,2,3)
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