映画みたいな恋したい | ナノ

8 そんな人じゃない

満員御礼の舞台が終わり、カーテンコールも大盛況。

出待ちのファンには、いつもの通りにサインをする。


めっきり寒くなってきたニューヨークの風に吹かれながら、アランは車に乗り込んだ。その間、ファンはずっとアランの一挙一動を見ていた。


アランは、共演者の中で一番の年長者だったが、ファンの数が一番多いのも彼だった。
年齢層も幅広く、子供から大人まで人気があり、男女差もなかった。

このことから、彼の人気は容姿だけではなく、人柄や演技力によるものでもあることがわかる。


アランはあくびをした。アランほどの年齢で、舞台を続けることは簡単なことではない。体調管理は、いつにもまして気をつかっていた彼だった。
夜更かししないように気を付け、食べ過ぎないように、食べ足りないようにも気を配る。

アランは、甘い物を含め、食べる事全般が好きなため、食事管理が難しかった。独り身では、ついつい、色々と買い込んでしまう。

夜は早めに就寝するようにしていた。舞台のために体力を温存しなければならない。
なので、友人からの色々な誘いも断っている彼だった。
舞台のプロモーションなどもあり、忙しい時間を過ごしている彼だったが、自分なりに摂生もし、体調管理は出来ていた。

そう、出来て『いた』。



過去形になったのには理由がある。

そう、彼は待っていたのだ。あるモノを。
携帯をパチリと開け、何かをチェックしていたアランは溜息をついた。



「まだ、来ていない……」

「何がですか?」


マネージャーがすかさず聞いてくる。
それにアランは苦笑すると答えた。


「何でもないさ。今日、この後は―――」

アランの言葉にマネージャーが答える。


「22時からのヘッドラインニュースに出演することになってます。舞台の宣伝で――」

「ああ、そうだったね。明日は?」

「明日は舞台もお休みですし、1日お休みです」

その言葉にアランは嬉しそうな顔をした。

「お休み!良い響きの言葉だ…」

「明日はゆっくり休んでくださいね」

マネージャーの心配そうな声に、アランは苦笑すると答えた。

「ああ、そうしよう」




*****





所変わってここは日本。

先程からミナコは、一人悩んでいた。
携帯を開いては閉じ、開いては閉じを何度も繰り返す。


『迷惑じゃないかなぁ……それに、英語、間違ってたりしても嫌だし…』


スターの気まぐれかもしれないもんね、と一人呟きながら何度も何度も同じ動作をくり返すミナコ。




日本に帰ってきたミナコは、しばらく魂の抜け殻状態だった。
心配した友人に問い詰められ、正直にあったことを話し、夢かもしれないの、と言ったら、


『すぐにメールしなさいよ!バカじゃないの!!』


と返された。

『バカって酷い〜…』

『バカはバカでしょ?そんな奇跡みたいなこと、望んでも出来ないわよ?普通は…。
枕の下に写真入れて寝るほど好きな相手に、そこまでされて返さないのはバカに決まってるよ。それにさ――』

バカ、バカと連発されて落ち込むミナコ。

『それに…?』

『英語力を心配してるんでしょ、あんたのことだから…。でもさ彼、そんなこと気にしないと思うよ?
あんたが好きになった彼って、そういう事を気にする人だと思う?』

友人に問われてハッとするミナコ。

(アランさんはそんな人じゃない。外人のおっちょこちょいな私に、とても親切にしてくれた人だった…)

『………思わない』

『じゃ、決まり、ね!』

私夕飯の支度に忙しいから帰るから、とそっけなく言われ、会話を打ち切られたミナコだった。


『メールの内容…一緒に考えてほしかったのに……』


友人が聞いたら怒られそうなことをぼそぼそ呟きながら、ミナコは辞書に手をのばした。

友人とのやりとりを思い出しながら、ミナコは思った。


(そうよね。そんな深い意味で渡したのじゃないかもしれないし。第一メルアドでしょ?挨拶くらいは、送っても変じゃないかもしれないし…)


『送ってもいい…よね?』

誰に確認しているか解らない言葉を呟くと、ミナコは決心してメールを打ち出した。





To Mr,Rickman


先日はご迷惑をおかけしました。無事、日本に帰ることができました。

Mr,Rickmanはお仕事にお忙しいのでしょうね。私も、明日から仕事です。

二人で飲んだカクテルのことを思い出し、今日は日本で一人、カクテルを飲んでいます。勿論、自宅でなので、今日は非常階段から落ちることもありません。

今、ニューヨークは朝の9時頃でしょうか?起床されている時間なら良いのですが…もしもこのメールであなたを起こしてしまったのならごめんなさい。

今日もこれから舞台があるかと思います。お体に気を付けて、公演、頑張ってください。
素敵な想い出をありがとうございました。


From, Minako Shimatani(Pert fellow)




*****




ピピピピ、という電子音で、アランは目を覚ました。

ベッドの横に置いてある携帯を開いたアランは、一気に目を覚ます。
昨日、クタクタになって寝たことや、休日なのに起こされた不快感など一気に宇宙の彼方へと飛んで行った。


「ミナコからだ!やった!!どれどれ……」


クシャクシャの髪のまま、メガネをかけるとアランはメールのメッセージを読むことにする。胸のときめきが止まらない。

「この年になって…こんな経験をするとはね」

自分に苦笑しながら、メールを読んだアランは彼女らしいと思った。
ご丁寧にアランを気遣う内容だったからだ。

「日本…か。そこにいちゃあ、私はおっちょこちょいな君を助けてあげられないな…」

ベッドにうつ伏せになりながら、携帯の画面をじっと見つめる。
彼女は何を考え、どんなことを思いながらこのメールを打ってくれたのだろう。
彼女とは遠く離れているけれども、その瞬間は、私のことを想ってくれていたと思いたいと、アランは考えた。


(なんて返信しようか?ミナコのメルアドはゲットしたんだから、じっくりと返事を考えないとね)


今日はいい1日になりそうだ、と考えたアランは一人、笑い声をあげたのだった。


(H24,1,29)


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