01.鼓動

※教授×生徒です。




その表情からは、何も読み取れない。セブルス・スネイプという人は、そういう人だった。
それが彼の長年の習慣からなのか、それとも…必要性に駆られての事か。私にはわからないけれど。


今日も彼は、表情一つ変えずに、食事を食べていた。

私はその光景を、遠くからそっと見つめるだけしかできない。長い間……ただ、見つめ続けることしかできないでいた。


彼には人を寄せ付けない雰囲気がある。一定以上、いや、一定すら踏み込ませない鋭さが、彼にはあった。彼のプライベートを知る者はいないだろう。
彼は、謎に包まれた人物だった。

生徒達の噂では、夜な夜な、危ない薬を調合している、とか、闇の勢力に加担している、とか、良い噂を聞かない。
生徒独特の解釈に満ちた彼のオフの顔は、それはもう酷いもので、どこかから攫ってきた人間を解剖しているとか、人殺しらしい、とか、本当に酷いものだったから。

それは、少しは彼にも原因があるのかもしれない。何故なら、彼の言動は容赦ないからだ。
褒めることはほとんどない。自寮の生徒に関しては、過剰なまでの贔屓がある。それが他の寮の生徒の不満を買い、あのような根も葉もない噂を立てられているのだろうから。


でも、私は知っているのだ。彼の本当の姿を。

あの、ローブの中には、人間味に溢れた、血の通った一人の人間がいることを。




そう、あれは私が入学して1年が経過した頃のことだった。
不器用な私は、魔法薬学の授業中、いつものように調合に必死だった。他の生徒より調合が遅れていて、私は焦っていた。だから、周りが良く見えていなかった。
私の隣の生徒が、酷い調合間違いをしていることに気が付かなかった。

突然の爆発音の後、全身に襲う痛み。私には状況を把握する時間すらなかった。その後、私は意識を失ったからだ。




*****




朦朧とする意識の中、誰かの声が聞こえる。


「しっかりしたまえ、ゆっくり息をしろ……」


その声はとても気遣いに満ちていた。男の人の声だった。心配そうな声に、私はかなりぼんやりする頭で考えた。
このひとはだれ…?


「あ、なたは…だれ……?」

「しゃべるな、傷が開く」


彼はそう言うと、何処かへと向かいだした。何だか視界がゆらゆらすると思ったら、私は彼に抱き上げられているらしかった。温かい、胸の鼓動を感じたのだ。とても速く打っていた。



どき、どき、どき、どき……



そんなに慌てないで。心配しないで……私は大丈夫。だってこんなに心地良い。この腕の中は、とても心地よいのだもの。


思った言葉が口に出ていたらしかった。私を抱き上げている腕が、ビクリ、と震えるのを感じた。


「お前……」


なんだかとても戸惑っているような声だった。それがなんだか、とてもおかしくて……私はクスクスと笑ってしまう。
だって……、


「あなたって…とても…やさしいひと……なのね…」




*****




気が付くと、医務室に寝かされていた。
私の怪我は本当に酷くて、聖マンゴに搬送されて、治療を受けたらしい。勿論その間意識がまるでなかったので、そんなことを言われてもピンと来なかったのだけど。

私を助けてくれたあの男の人が誰なのか、一目瞭然だった。けれどあの後も、彼の態度は全く変わらなかった。
治癒した後、お礼を言いたかったので彼の部屋へと行き、何かを言おうとしようものなら、貴方は私を部屋から追い出してしまうのだから、本当に困ってしまう。


「そんな事は知らん、夢でも見ていたのだろう」


いつもの嫌味な声と態度を崩さない貴方に、私はおかしくて堪らないの。


だってその態度は、もう無意味なんですよ、プロフェッサー・スネイプ。

私は知ってしまいました。その貴方の黒衣の中には、私と同じ熱い血が流れているって事。
あの時貴方は動揺し、その胸の鼓動を速めていた。心配そうな、あの言葉が、私への気遣いに満ちていたのに。
抱き上げられた時に嗅いだ薬草の香りは、間違いなく、貴方の香りでした。


今度は私が鼓動を速める番です。
こっそりと貴方を眺めては、ドキドキしています。

どんなに否定しても、認めさせてみせますので、覚悟してくださいね?スネイプ教授。
その胸の、鼓動の意味を…。



(H24,11,17)

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