※教授×生徒。07.“はちみつ”の続き




「あの……」

「…………」

彼女のその声に、我輩は平常心ではいられなくなる。
それはまるで、水面に小石が投げいれられるのに似ていた。波紋が広がるように、我輩の心はたやすく乱されてしまうのだ。

「………何かね」

努めていつもの声をつくりながら、心に出来た波紋はどんどん大きくなっていく。
大きくなって、限界に近づいたら……、そうなったら我輩は、一体どうしたら良いのだろう。

耐えられるのか?この感情に……本当に耐えられるのだろうか。

そんなことを内心思っていたら、背中に衝撃があった。柔らかな感触とその香りは、間違えるはずもない。愛しい少女のもの。


突然の行為に、反応が遅れた。
我輩は身体をこわばらせ、彼女へ言った。

「なんのつもりだ…?」

すると彼女は我輩のローブにすり寄った。布越しに感じる彼女の体温を感じ、我輩の身体は熱くなる。
ああ……なんと甘美なこの感覚…。

「私……私………貴方が……貴方のことが――――」


言うな。その先の言葉を言うな。


我輩は身体を反転させると、少女を抱きしめる。
そうして、驚いた顔の彼女に、赤い実のようなその唇に、自らのそれを重ねようと―――――






ビクン、と身体を震わせた。

目を開くとそこは自室で、我輩はうたた寝をしていたことに気づく。机の周辺にはレポートが散乱していた。どうやら、採点中に寝てしまっていたらしい。


「夢か………」


我輩は苦笑した。
あのような夢を見るなど……思春期の少年でもあるまいに。

だが、縋りつかれた時の感触や体温はあまりにも現実的だった。

そしてあの……あの唇。

まるで我輩にくちづけられるのを待っていたかのような、魅惑的な唇だった。
触れる寸前で目覚めてしまったのは、良かったのか…それとも悪かったのか?


「寸止め、とはな……」


思わず呟いたその言葉からは、悔しさが滲んでいた。
せめて夢の中でくらい、願望を叶えたかったのだ。我輩はそれほどまでに……それほどまでに君の事が………。


フ、と笑うと、我輩は杖を振り紅茶を淹れる。

夢など見ているいる暇はない。仕事をせねばならん。そう考えつつも、思わず、指先で自分の唇に触れてしまった。
名残惜しさからの行為からであったのかもしれなかったが、我輩は思った。


良かったのだ。寸止めで良かったのだ、と。


触れてしまったら、もっと欲しくなるだろう。それだけでは済まなくなるだろう。


そうしてはいけないのだ。たとえ夢のことであったとしても、そんなことをしてはならぬ。
我輩はそう結論づけ、採点を再開したのだった……。


(H25,10,02)
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