※04おはよう の続きです。




なんてことはない、朝の挨拶。
でもそれは私にとって、特別な事だった。


毎朝、スネイプ教授が朝食を食べる時間は決まっていた。まるで、彼の洋服に全くの隙がないように。正確すぎるのは性分なのか……彼の行動には、一切の無駄がなかった。
精巧な時計のように、ぴったりの時間になると、スネイプ教授はこの、大広間の前の廊下を通る。


そんな事実に気が付いているのは、私だけかもしれない。

彼だけを見ている、私だけかもしれない。




*****




朝起きると、まず最初に鏡を見る。
今日の自分は、昨日と何も変わっていない。どうみても、スネイプ教授が一目惚れをしてくれるような、魅力的な容姿には見えなかった。

軽く溜息を付くと、洗面を済ませる。
その後に、ああでもない、こうでもない、と時間をかけ、髪の毛をまとめる。
スネイプ教授は、どんな髪型が好きなのかしら。彼の好みなど、一切わからない私は、途方にくれるばかり。
少しでも、気に入られたいのに……。


洋服は制服だもの、可愛く見せようがない。
仕方ないので、せめて少しでも印象を良くするために、いつも清潔にするように心がけている。杖を振ってしわ伸ばしの魔法をかけた。これも、スネイプ教授を好きになってから、必死で憶えた魔法だった。人間というものは、目標がある方が成長するらしい。特に、私のようなずぼらな性格の人は。

苦笑しながら、鏡にうつった自分をもう一度確認し最終チェックをする。
いつまでも満足することはないのだけれど、他の子だって身だしなみを整えたいと思っているに違いないので、私は見切りをつけた。洗面所は共有なのだ。



今日はいつもより早く目が覚めたので、中庭を見てまわった。
朝の空気が心地良い。風が少し強かった。せっかく整えた髪が、風になびくのを感じる。
ふと見ると、咲いたばかりのジャスミンが一輪、地面に落ちていた。
とても綺麗な花だったので、あとで栞にしようと思い拾った。

そろそろ、大広間へ向かわなければ。彼に逢うために……。




*****




大広間の前の廊下に着くと、丁度、スネイプ教授が向かいから歩いてくるのが見えた。
なんてことはない、いつもの朝を装い、私は彼に微笑みかけた。


「おはようございます、スネイプ教授……」


いつもなら、彼は少しぶっきらぼうに、けれど挨拶を返してくれるのだけれど。
今日は何故か、いつもと違っていた。返事をくれるまで、少しの間があった。


「ああ……おはよう」


そうして何故か、スネイプ教授は私の方へ手を延ばしてきた。
ふいに、空気が動く。



ふわり、と温かい感触。



そうして私の目は、信じられない光景を目撃した。

教授の右手が、私の頭に触れたのだ。そっと―――けれども微かに。


「葉が付いていた……朝から散歩かね?」


滑らかな声が、私の耳をくすぐる。気が付けば、私とスネイプ教授の距離は、とても近づいていた。
うるさく鳴り響く心臓の音を必死で落ち着かせながら、私は答える。

「は、はい……」

「春になったとはいえ、朝はまだ冷える。次回からは何か羽織るように」

「はい、すみません……」

信じられない。スネイプ教授に気遣われた!
驚きのあまり、持っていたジャスミンをぽとり、と落としてしまう。するとその音に反応したスネイプ教授が、拾ってくれた。


「ジャスミンか……その花言葉は……」

「え?」

今、なんて?

聞き返したのに、スネイプ教授は、私の手のひらにジャスミンを置くと行ってしまった。
微かな微笑みを残して―――。




そんな不意打ちはないと思った。

髪に触れるだけでも信じられないのに……なのにあの言葉と、そして……。

「先生………微笑んでた……」



朝食を食べるどころではなかった。速攻で図書室に向かい、「ジャスミン」について調べた私は、その後卒倒し、医務室行きになるのだった。




(H25,06,05)

*****
*お題…「確かに恋だった」様“それは甘い20題”より。
*ジャスミンの花言葉…『愛らしさ』

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