どうしてこのような注文が来るのかは尋ねてはならない。これは、校長から依頼があるときの鉄則だ。


それはある日のこと。我輩の私室に一羽のフクロウが降り立った。手紙を咥えている。このフクロウは校長のだな…。
嫌な予感を感じながら手紙を読むと、我輩は溜め息をついた。くだらん。大体、何故我輩の所に依頼して来る?このくらいの調合、一流の魔法使いであればさほど難しいものではないはずなのだ。

“媚薬”の調合は…。




媚薬とは、恋の媚薬だ。

飲ませると、相手はたちまち恋に落ちるという…アレだ。我輩は気に食わん、あのような薬に頼るなど…!
しかも効果は一時的なものなのだ。永遠には続かん。しかし、飲ませた相手は相手のことが好きでたまらなくなり、その、なんというか…色々と積極的になるのだ。

我輩は以前この薬を調合した際、ネズミで実験したが、それは凄まじいものであった。もしアレを人が摂取したら……理性をどれだけ抑えられるか解らぬな。
飲ませられる相手がある意味不憫だ。
しかし校長の命令とあらば、止むを得ない。実際、報酬も魅力だった。これだけの臨時収入があれば、恋人との休暇を、もっと甘いものにできる…。
我輩は溜め息をつくと、薬品庫へと向かった。


調合すること2日、ついに媚薬ができた。

我輩の媚薬はそんじょそこらの媚薬とは違う。怪しまれないよう、食品に似せて作ってあるのだ。
そう、我輩は媚薬を、外見も、匂いも、風味も全く同じに作る事が可能なのだ。この薬を依頼してきた輩は、校長を介してこの情報を得たのに違いない。我輩は薬を瓶に詰めると、フクロウの足首にくくりつけた。そして後片付けをしている時、気がついた。

鍋の底に、少量の媚薬が残っているのを。

「少し、残ったか……。捨てるには忍びない。採っておくか」

我輩はそうつぶやき、残った薬を瓶に採取したのだが……。ここから、我輩の葛藤が始まったのであった。




(いつか、何かに使うこともあるかも知れない。うむ、我輩の恋人に飲ませたりなどすることがあるかも知れん)

(いや駄目だ!そのようなことをしてはならん!それは倫理に反することだぞセブルス・スネイプ!年若い恋人に飲ませるなど!)

(恋人に飲ませるとは限らん!いつか、使う事があるかもしれないからとって置くだけだ!)

(どうだか?甘い蜜が待ちきれないお前が、いつか暴走して飲ませるかも知れんぞ?)

(さすがにそのようなことはしないぞ!我輩は教師だ!!)

(ほお?ではお聞きしますぞ?もう少ししたら、お前の愛しい愛しい恋人が此処に来るであろう?いつものようにお前は紅茶を振舞う。お前ならその際、“うっかり”紅茶の中にこの媚薬を入れるかも知れないではないか?)

(なっ!いくら我輩でも……恋人の意思を無視するような真似はせん!)

(フ…どの口が言っておるのだ?それに…素晴らしい偶然ですな。本日は金曜日だ。これから、週末に入る。これがどういうことか解らないお前ではあるまい?)

(…そ…れ…は……。媚薬を飲ませた後、何があっても週末なら隠蔽が可能…ですな……)

(さよう。我慢の限界にあるお前が、“うっかり”飲ませた媚薬で恋人とナニがあっても、お前のせいではないな)

(……ほんの数滴で―――)

(そうだ…ほんの数滴、この媚薬を紅茶に入れるだけで、お前の夢が叶う……)

(しかし……我輩は教師…恋人の意思を尊重せねばならんし…いくら可愛くても…我慢の限界であっても……その“時”がくるまでは待たねば…っ…!)

(なに、嫌われている訳ではないのだ。奇跡のようではあるが、お前のことを好いてくれている恋人なのだろう?ならば、そのような“マチガイ”があっても…きっと、許してくれる…)

(許してくれる…か…?)

(愛があるのだ…愛し合っている二人がすることならば…許してくれる…)

(そう…なのか……?)

(そうだ…。だからセブルス・スネイプよ、この媚薬を、今日は恋人の…紅茶に入れるのだ……)




我輩は震える手で、媚薬の瓶をキッチンへ持っていく。
恋人が来たら、何気なく話しをして、そして紅茶を淹れに行く。
そして、この媚薬を数滴――――それで我輩の夢は叶う。めくるめくような夢の世界が、我輩を待っているのだ。
たった数滴のこの媚薬さえあれば……恋人との超えられない一線を、涙ぐましいほどの努力で押さえ込んできた我輩の苦労が報われるのだ。
我輩は媚薬の瓶を見つめた。見かけは普通のミルク。我輩がそう調合したのだから味も、匂いも、風味もミルクのそれに完璧なまでに似せてある。

このような事をするために調合した訳ではないが、許せ……我輩はこの誘惑に耐えられそうも無い……。

我輩が心で詫びた時、ふいに扉をノックする音が響いた。
まずい!我輩は媚薬の瓶を棚にしまうと、急いで机に向かう。

「入りたまえ……」




ノックの主は恋人ではなかった。レポートの提出に来た学生であった。良かった、色々な意味で…。

生徒を帰し、仕事をしていると、我輩は次第に冷静さを取り戻してきた。
やはり、あのようなことはすべきでない。恋人の意思を無視するようなことは、我輩はしたくない。

お前との初めての時は、大事にしたいのだ…。

だからあの媚薬を使うのは止めよう。後で捨ててしまおう。そう思いながらレポートの添削を再開したのであった。




邪な気持ちでとって置いた媚薬のせいで、あのような目に遭うとは、その時の我輩は考えてはいなかった。すぐ捨てて置けば良かったものを…。我輩は仕事の忙しさのあまり、処理を怠ったのだ。
図らずも、自分で調合した薬を気づかずに飲んでしまうというような失態をしてしまった。
やはり、我輩の調合する薬は完璧だった。凄まじいほどの焦燥感。そして恋情と押し寄せる獣のような衝動は、とても抑えられるものではなかった。


未遂で良かった………。我輩が媚薬から醒めて最初に思ったことは、そのことであった。




このような失態、誰にも話すことはできぬ。自分が調合した薬を知らずに飲んでしまうなど、間抜けにも程がある。
なんとか誤魔化したが、恋人は気づいていないに違いない。そうであってくれ…。


我輩はこの祈りが、神に聞き届けられるのを切に願ったのであった。

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