「そろそろ、3月14日じゃのぉ〜」
ダンブルドア校長の何気ない一言に、我輩は考える。3月14日に何かあったか…?
誰かの誕生日?
それとも、学校関係で何かの記念日か?
考え込む我輩に、校長は呆れた奴、という顔を隠しもせずに言ってきた。
「セブルスよ……3月14日はホワイトデーじゃよ」
ホワイトデーとは………なんだ?
*****
校長に聞いた話によると、ホワイトデーは、バレンタインのお返しとして、贈られた相手が贈った相手にお返しをする日らしい。
我輩はそのような習慣を知らなかったので、今まで一度も怜にホワイトデーを祝ってやっておらんな。レイもレイだ。一言言ってくれれば良いではないか。
我輩としても、今まではバレンタインなど縁のなかった行事であったゆえ、そのようなものがあるとは知らなかったのだ。
我輩は考える。レイに渡すプレゼントを何にすべきか……悩みどころであった。
何故ならレイは、普段から欲しいものなど言ってこんからな。口を開けば我輩が欲しい、とか抱きしめてほしい、とかそんな可愛い事しか言わぬし。
勿論、嬉しいのだが。
しかし、校長に聞くところによると、ホワイトデーに贈るものとしてベターなものは、キャンディーかクッキーだとか。
校長のことだから、嘘の情報である可能性もある。我輩をからかうことに生きがいを見出しているような年寄りだ。可哀想な趣味である。
仕方がないので、マクゴナガル教授に確認を取ることにする。なに、彼女は大丈夫……レイとのことも、黙認してくれているからな……。
「セブルス…貴方、まさか知らずに4年も過ごしてきたのですか?!」
マクゴナガルの顔が、心底呆れていた。馬鹿かお前、という顔をして我輩を見てくる。
し、仕方あるまい!我輩とは縁のない行事なのだ。レイはレイでアレだし……。
我輩の言い訳に、盛大に溜息を付くと頭を押さえるマクゴナガル。
「レイもレイですね……まったく、恋人に遠慮しすぎなのです……!!」
「それは同感ですな」
思わず同調した我輩だった。
マクゴナガルの言葉では、確かにホワイトデーは存在すること、お返しの贈り物としても、ポピュラーなものはクッキーかキャンディーである、ということも聞いた。
ダンブルドアの言葉は嘘ではなかったか。
それから、我輩は考えることにした。レイが喜んでくれそうな物にしなければなるまい。
*****
「セブルス〜来ちゃった!」
久しぶりに教授に逢うんだもん、すっごく嬉しいッ!!
やけに目つきの悪いふくろうが届けてくれた手紙は、嬉しい知らせだった。教授が「逢いたい」だって!
矢も楯もたまらず、夕ご飯が済んだら速攻で教授の元に馳せ参じた私だった。おまけに抱き着いちゃった。
「おいおい、いきなり抱き着くな。驚くだろうが…」
手元が危険な事もあるのだぞ、と教授に窘められちゃったけれど、そんなに嬉しそうな顔をしてたら、説得力0ですよ教授さん?
「えへ…ごめんなさい。えっと…用ってなぁに?」
教授に抱き着きながら聞いたその言葉に、教授は、ああ、と話しながらソファーへと移動しだした。私をくっつけたまま。
ソファーに着くと私を前抱きにして、教授は言ってきた。
「その前にな……まずは挨拶くらいさせたまえ」
そう言うと、教授は私の顎に手をかけて、濃厚なキスをしてきた――。
身も心もうっとりとしてしまい、ぐったりと身体を預けた私を見て、教授はやりすぎたと思ったみたい。
「すまん、やりすぎたか……」
「セブルス、激しいんだもん……」
「すまない…」
我輩としても久しぶりだったのでな、なんて恥ずかしそうに言う教授に、さらに胸をときめかせる私だった。ああ、可愛いなぁ。教授大好き!!
そんな風にきゅんきゅんしてたら、教授は杖を取り出すと、呪文を唱えた。すると私の目に前には――なんだ?これ……。
目を丸くしてそれを見ていたら、教授は咳払いをしてきた。おほん、とか言ってるよ教授。耳、赤いし。
「あー……今日は何の日か、知っているかね?」
へ?今日って3月14日だよね。何の日だったっけ。3月14日…3月14日……目の前のクッキーを見ていたら、ふいに思い出した。
「あ、ホワイトデーだ…」
「さよう。レイ…何故今まで我輩に言わなかったのだ?」
教授、面白くないって顔してる。だってそんなの……、
「そんなの、僕には関係ないんだもん」
「は?」
教授、目が点になってる。意味がわかんなかったよね。私は補足した。
「だって、お返しが欲しくてセブルスにチョコあげたりしてる訳じゃないもん。ただね、僕の大好きの気持ちを、セブルスに知ってほしいだけだったから。だから…何も貰えなくたって、僕は良かったんだ……だから、ゴメンね?」
そう言ったら、教授が固まってしまった。
「セブルス……どうかしたの?」
「う……いや……その……」
「?セブルス…?」
「レイ、お前という奴は…ッ」
「?」
「いや………いい……」
今なんか教授の中で自己完結したよね?!なんなんだよぉ〜気になるじゃんか!
聞き出したかったのに、教授は話を変えてしまった。
「せっかく準備したのだ。食べてくれると嬉しいのだが……」
教授は何故か苦笑しながらそんなことを言ってきた。
テーブルに並べられたお菓子は、とても美味しそう。どうやらクッキーみたいだね。それにドリンクもある。
クッキーには可愛らしく白いアイシングがしてある。“eat me”だって!可愛いなぁ。
「可愛いね、美味しそう……」
ありがとう!教授に満面の笑みでそう答えたら、教授はフイ、と横を向いてしまった。
「我輩の料理の腕は知っておろう?成功したのはこれ1個だったのだ…」
「そ、そうなんだ……」
心で冷や汗を出す私。大丈夫なのか、このクッキー…ってかマフィンかこれ?
「本当に、大変だったのだぞ?鍋をいくつ、駄目にしたか……」
どうやって作ったんですか!クッキーを作るのに、鍋は必要ないのでは……?
「貴重な薬草を、随分と駄目にしてしまった……。料理は苦手だ……」
そんなに苦労して作ってくれたんだ。食べるのは、勿体ないような気もする…。クッキーの横には、小さな小瓶と“drink me”のタグが。これって、もしかして…?
「“アリス”みたい…」
私の言葉に、教授はニヤリと笑ってくる。
「そう、“アリス”だ。マグルの童話らしいな」
どうして教授が知ってる訳?マグルの童話を。
「まさか、このクッキーを食べたら身体が小さくなるとか……無いよね?」
「それはどうでしょうなぁ?気になるなら食べてみるがよかろう」
何でニヤニヤするの〜?
「も、勿体ないから部屋に持って帰って飾っておくね!食べるのはそれからにするよ――」
「湿気るぞ。今すぐ食べろ」
「いやだってそんなことしたら――」
「そんなことしたら?」
「ちっちゃくなっちゃうんでしょ?身体が…」
すると教授は何故か艶めいた目線で私を見ながら囁いてきた。妖しく。
「そうしたらまた……可愛がってやろう……」
ドキーンと甘い刺激が身体を駆け巡った。頬は真っ赤だろう。そんな…前のアクシデントみたいに、本当に小さくなっちゃうの?(作者注:短編、“S君の恋人”を参照)
ドキドキしちゃって完全に固まった私を見て、教授は笑ってきた。そうしてその長い手でクッキーを掴んでしまうと、ときめきで真っ赤になっている私の口元に運んでくる。
「さぁ、レイ…その可愛らしい口を開いて…」
ん?という顔をしつつ、すっごく嬉しそうな教授に、私、全然太刀打ちできそうもありません。
甘い香りをさせて、クッキーが私の口に近づいて来るのを感じながら、私は切実に思った。
ホント、ホワイトデーのお返しなんて何もいらないよ、って。
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