短編 | ナノ


▼ 夢でもし逢えたら Side-S


まただ。また、この夢か。

気が付くと我輩は、何もない暗い空間に一人で立っている。本当に暗く、何もない侘しい所だ。そして我輩の前には黒い、池のような物がある。
いつもいつも同じ。このような気のめいる空間に、我輩ただ一人きり。誰も居ない。目が覚めるまで、すっとこのままである。

最初にこの夢を見たのは何時からか……。リリーが死んで、眠れなくなった時期があったが、その後、かもしれぬ。もう何時からかなど忘れてしまった。
何もすることがない。我輩は池に佇み、目が覚めるのを待つしかないのだ。
今日もまたそうするしかないのかと思い、虚ろな目で池を覗き込んでいた時であった、レイがやってきたのは。

「セブルス、こんな所で何をしているんです?」

本当に突然、唐突に話かけられた。驚いて振り返るとそこにはレイがいた。
我輩の夢になぜお前が出てくるのだ…。

「お前は……レイではないか」

このような所に何故お前が居るのだ。我輩が驚いて尋ねると、気づいたら何もない空間にいて、歩いたら我輩が居たというのだ…どうなっているのだ?
我輩の夢に何故レイが?まるでわからぬ。
話しているとレイが、黒い池を見ながらこれは何かと尋ねて来た。やはり、気になるのであろう。我輩もこの夢を見始めた時はかなり気になり、覗き込んでしまったが……覗くべきではなかった。
この池は、自分の一番嫌な、見たくない記憶を呼び起こす。自らの心の深淵を。…まさに“深淵”と呼ぶにふさわしい。
我輩はためらったが、言ってしまった。

「これは……“深淵”だ」

我輩がそう言うと、レイはそれ以上この池について尋ねては来なかった。
…不思議だ。こやつならすぐに興味をもって、もっと聞いて来るかと思ったのだが。
レイはそして、ここにいてはいけないと言う。我輩もこんなところ居たくは無いが、ほかに行く所が無い故、仕方が無いのだ。しかしこやつは、自分がさっきまでいた空間に行こうと言う。
驚いていると我輩の手を引き、歩き出してしまった。我輩は躊躇っていたが、ふとため息をつき、ついていくことにした。
レイを一人にしては心配なのでな。

歩きながらレイは、我輩に逢えて良かった、不安だったのだと言った。
素直だな、我輩もそう言えれば良いのだが…。レイの笑顔を見ていると、つい本音が出てしまった。

「ああ、我輩もレイに逢えて……嬉しい」

我輩がそう言うと、うろたえて照れておったが……我輩はクスリと笑ってしまった。夢でも愛らしいな。我輩の願望かも知れぬが。



しばらく歩くと、徐々に空間が明るくなり、真っ白な空間になった。何故か雰囲気が暖かい。レイの微笑みのような……我輩は何を考えているのだ。
周りをきょろきょろと見廻す。奥の方に花畑があった。レイはさっきはなかったと言っている。怪しい。どういうことだ?我輩は警戒した。
しかしレイは繋いでいた手を外してしまい、花畑へ行ってしまう。危ないではないか!

「きれーですねえ。それにいい香り…」

レイはそう言うと我輩にも花畑に来るように言った。警戒心がないのかこ。我輩は辺りを見廻しながら花畑に入る。しかし、特に何も起こらなかった。我輩の気のせいなのか?

「ふむ…よい香りだな……これは薬草の一種だ」

こんな所でもつい癖がでるらしい。我輩の悪い癖だ。薬草にばかり興味がいってしまう。
レイはクスクスと笑うと、こんな所でも授業ですか、と言ってきおった。おい、笑いすぎだ。我輩はレイをちょっとからかってやりたくなった。

「レイ、笑いすぎだぞ。…これは何の花だか解るかね?もちろん解るのでしょうな?我輩の授業で出てきたもの故、解って当然」

そう言うと、我輩の触れている花を一生懸命見ながら答えようとしている…可愛らしいな。

「……解りません、教授」

とレイは言ってきた。
また我輩を“教授”と呼んだな!…仕方ない、解らないのは懲罰が必要だが、ペナルティは一度くらい見逃してやろう。我輩がせっかく珍しくそう思い、懲罰だけにしてやろうと思ったのに、こやつはまたもや、我輩を“教授”と呼ぶのだ。

「教授酷いです!今は授業中ではないでしょう?解らないのは仕方ないにしても、懲罰なんて……あ」

気づいてももう遅いのだ。しっかりと取り立ててやらねば。
我輩はニヤリと笑うとレイにキスを迫った…レイは顔を赤く染めて、我輩を縋るように見つめてくる。
そんな風に我輩を見るな。そんな目で見つめたら…。

「……そんな目で我輩を見るな…襲うぞ」

注意を促す為に言ってやったのに、

「なななな、何を言っているのですかセブルス。冗談は顔だけにして下さいよ」

レイはそう言うと目線を少し我輩から逸らして恥ずかしそうに後ずさる…。それが誘っていると言うのだ!我輩はフンと笑うと、レイを押し倒した。ちゃんと下は花畑であるからして、怪我などしないのは計算済みだ。
これは夢だとわかっている故、我輩も大胆に行動してしまった。

「さあ、ペナルティを頂こうか…」

我輩はニヤリと笑うと、レイを見つめた。レイの目は潤み、頬は赤く染まっている……何て、愛らしいのだ。もっと泣かせてみたくなる。
レイは覚悟を決めると、キスをしようとしてきた。我輩がキスをして欲しい所は一箇所であった故、“前回と違う所”をわざと指定した。
レイは不服そうにしていた。すまぬな、大人は狡猾なのだよ。目を閉じるよう指示してきたので、我輩は目を閉じた……すると瞼にキスをしてきたではないか!意外とやるな。
それでは我輩も次の手を打つとしよう。

「懲罰分も加算せねばな…瞼は却下だ」

そう言うと、レイは唇を尖らせてきた。きっと面白くないのだろう。
しかしこの状況でそれは挑発行為だな。その隙を攻めない我輩ではない。

「誘っているのか?」

ニヤリと笑いながらそう言うと、覚悟を決めたようだ。我輩が目を閉じると、唇にキスをしてきた。唇が少し震えている。
本当はこれで開放してやろうとしたのだが、震える唇を感じでしまったら、自分を止められなかった。思わずキスを返す。抗議しようとしたのだろう、レイが口を開けた。
狼にそんなことをしてはいけない。
我輩は胸の奥でクツリと笑うと、舌を入れ思う存分レイの唇を味わった。

「……っはあ……セブルスの嘘つき…キスをし返すなんて…」

はあはあ息をつきながら我輩に抗議をしておったが、聞こえんな。

「懲罰分だ…お前が授業を憶えていないのが悪いのだ」

我輩はニヤリと笑うと言い返した。
レイよ、襲われないようにするには、隙を見せないようにしたまえ。
もちろん、いつも隙をつこうとしている我輩ゆえ、そのような事をわざわざレイに教えてやるつもりはない。
しばらく休んだ後、授業をきちんと憶えていない生徒のために、薬草の講義をした。
…今の時期に咲くはずのない花なども咲いているが、これは夢である故、そこに突っ込んではいけないのだろう。ジギタリスがなぜこんな所に咲いているかなどは、疑問に思ってはいけない。
次からは忘れぬように、という思いを込めてジギタリスの花を一輪渡したが……レイはわかっているのだろうか?
 

 

その後しばらくは、この花畑で花を眺めたり、薬草を探したり、レイがつくった花輪を我輩の頭に載せて冠にしたり(我輩は抵抗したが、レイの「お願い」にあえなく陥落した)と楽しい時を過ごした。

なんて穏やかなのだろう。この夢を見始めてから、このような展開が待っているとは、思いもしなかった。
我輩にとっては、とても幸せで、満ち足りたひと時であった。
我輩がそう思っていると、レイは大きな伸びをした後、我輩に幸せだと言った。
我輩と同じ気持ちでいてくれたとは…!我輩は思わず驚きの表情で、もう一度幸せなのかと言うと、

「だって大好きなセブルスと一緒だもん!ここなら誰にも邪魔されないしさ。とっても嬉しくって幸せだよ?」


大好きだと…?


我輩を?我輩のことを嫌ってはいまいとは思っていたが、そんな言葉を言ってくれるとは。これが夢で、我輩の願望であったとしても嬉しい言葉であった。
しかしつい確認してみたくなってしまった。もう一度、言って欲しくて。

「レイは…我輩のことを好きだと言って……くれるのか?」

そう言うと、レイは迷惑ではなかったかと気遣ってくれた。
そんな訳はないに決まっておる!
我輩は好きでもない相手にキスを強要したりせぬ。行為ではっきりと伝えたはずであったが、もしやこやつは気づいていないのか…?

「いや、そうではない!迷惑とか、そんなことは思っていない…ただ驚いただけだ。我輩も、同じ気持ちであった故…」

夢とはいえ恥ずかしいが、気持ちははっきりさせておきたい。
我輩がそういった時、急に辺りの空間が歪んで来た……ああ、目覚める合図だな。
いつもはこの瞬間が来るのを今か、今かと待っていたが、今日は目覚めるのが名残惜しい。もっと一緒に居たかった。
急激な空間の変化に怖くなったのだろう、レイは我輩に縋り付いて来た。我輩はしっかりと抱きしめた。

もう、二度と離したくは無い。このぬくもりを知ってしまったら、もう、一人には戻れない。あの世界は、淋しすぎる……。

「おそらく目覚めるのだろう」

我輩の声が淋しそうだったのだろう。レイは気遣うように視線を我輩に向けると、にこりと笑い、

「やっぱり夢だったんだ。……でも夢でもセブルスに逢えて嬉しかった!今度は現実の世界で、セブルスに、さっきの台詞を言って欲しいな」

とそう言ってきた。我輩は驚いてしまった。レイはエヘヘ、と笑うと、

「セブルス、大好きだよ!」

そう言って笑いかけてきた。やがて、レイの顔もわからないほど空間が歪んで来た…。

「我輩も……………」

我輩もお前が大好きだ、そう言いたかったのに、もうお互いの声さえも聞こえん。

ああ、我輩は…。





我輩ががばっと起き上がると、ベットの上だった。
ここは我輩の部屋だ。もちろん近くにはレイはいない。

「やはり……夢であったか。あんなこと現実には起こるわけが…ん?これは…」


ふと枕元を見ると、花びらが落ちている。夢で見た花畑の花だ。花輪を冠にした時に我輩の髪についたのだろうか。しかし夢の出来事のはず……。

我輩はそれから悩みに悩み、その日の朝食を食べ損ねてしまったのだった。




(あれは……我輩の夢…であったはず…?)


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