アラン・映画夢 | ナノ

5 素直な気持ちで




黄昏の景色を眺めるマリア。その後ろ姿は儚げて、まるであの夕日が君を照らさなくなれば消えてしまいそうなほど。

マリア、何をそんなに悲しむ?
君のその、悲しみを取り除いてあげられるのなら、私はどんなことでもするのに。

マリア……私の愛する人―――。




「綺麗だろう?ここから見る夕日は、格別なんだ」

私の声で、初めて気が付いたのだろう。自分以外の者が部屋にいることを。ビクリ、と反応したマリアが私を見た。
マリアは、たとえやつれていても美しかった。悲しげな瞳が気になる。マリアは何も返事をせず、俯いた。
目尻に涙の後。泣いていたのだろう。嘆きの海に沈んだ者を、助ける手立てなど私にはない。

ああ、だが………。

誰にも愛されないと思っているこの、不幸な愛し子に、お前は愛されてるのだと教えなくてはならない。
誰でもない、この私が。この想いが何なのか、はっきりと結論が出たわけではない。非難されるような、非道徳的な想いかもしれない。
だが……言わなければならないような気がした。マリア、それでお前を、この世界に繋ぎ止めていられるのなら。


「泣いていたのだね……。マリア、何をそんなに悲しむ?」

「解っているでしょう?私は、取り返しのつかないことをしてしまいました……」

悲しそうに言い、涙を流すマリア。ああ、泣かせたいんじゃない。君を、愛したいんだ。
私は指先で、マリアの涙を拭う。すると、青かったマリアの頬が、薔薇色に染まるのがわかった。なんて綺麗なんだ…。

「泣かないで…。間違うことは誰にでもある。それに……マリア、君によかれと思って私がしたことは、間違っていた。淋しい思いをさせたね……すまない。謝って、許されることではないが……」

「大佐……」

私はマリアを抱き寄せた。これが正しいことかどうかは、誰にも解らないことだ。エマ……私に力を……!

私は囁いた。マリアの心臓の音が、早鐘のように打っているのを感じる。私の心臓だって、同じくらいの早さで打っているだろう。

「マリア……よく聞きなさい」

「は…はい……」

「私は……マリア、君を愛している。穢れたなんてとんでもない。君は、君だろう?可愛いマリア……愛しているんだ……だから…そんな顔をしないでくれ…」

「!う、嘘…です」

喘ぐようなマリアの声に、私の心は痛んだ。信じてもらえないほど、マリアの心は傷ついてしまったのか。

「こんな時に嘘なんて付くはずはない。私のような年寄りに告白されるとは…君も驚くだろうが、本当の気持ちだ。
愛されない人なんていない。マリア、私は、君を愛している…」

「……私、夢を見てるんだわ。黄昏時が見せた夢なのね、きっと……」

………やはり、信じてもらえないのだろうか。私が内心がっくりきていたら、突然マリアが私をぎゅっと抱きしめてきた。

「マリア……?」

「これが夢なら…素直にならせて…。私、貴方が好き。ずうっと前から、小さな頃から、貴方だけを愛しています。貴方が、私の母のことを今でも想っていたとしても…それでも私は、貴方を諦めることが出来ないの。
いつまでも、永遠に貴方だけを愛しています……大佐……」


私の心臓は止まるかと思った。


君が……私を好き、だと言ってくれたのか?

小さな頃から愛していたと、言ってくれたのか?

そんなこと……あるはずがない。


「う、嘘…だろう?」

思わず出てしまった私の言葉に、マリアはムッとした顔をしてきた。

「私の愛を疑うのですか?大佐………」

「あ……いや、突然のことで―――」

何故かペースが完全に乱されてしまった。拒絶されるだろうと思っていたのだ、私は。それでも、君のことを愛する者がいるのだということを、知ってほしかったのだ。
そのはずだったのだが…こ、これではまるで、恋人同士の睦事のようではないか。

ど、どうすれば――?

固まった私を不満そうに見つめたマリアは、さらに私へ畳みかけきた。そんなところなど、エマに似なくても良いのに…。


「私が物心付くころ、大佐…貴方は私におっしゃいましたよ?“私を花嫁にする”、って」

「あれは君が泣き止まないから仕方なく――」

「指輪の交換もしましたわ」

「オモチャの指輪だろう――」

「誓いのキスだってしました!」

「そうだったかな―――」


………そういえばそんなことをしたような気がする。駄々をこねるマリアに困り果て、しかし愛しくてたまらず、つい、真似事を――。

マリアは生き生きとしていた。なんて綺麗なんだろう。それでこそ、私の愛した君だ。

マリアは囁いてくる。甘い言葉で。


「大佐……諦めて下さい。私、貴方から離れませんわよ?だって子供の頃から貴方の虜なんですもの……」


なんて可愛らしいんだろう。愛しさが突き上げ、私は肩を震わせて笑ってしまった。マリアが訝しげな顔をしてくる。

ああ、こんな事になるなんて。なんて、人生は意外性に満ちているのだろう。



随分、遠回りをしてしまった。私の青い鳥は、随分近くにあったのだな。近すぎて、気が付けないくらいに。


「マリア……熱烈な告白ありがとう。ということは私達は晴れて両想いということになるね?」

「そうですね…?」

「ということは……こんなことをしても良いということだろうね……」

私はそう囁くと、マリアの顔を上向かせ、キスをした。勿論、子供の頃にしてあげたキスではない。大人のキスを、ね……。


「ンッ………は……ぁ……っ…」

マリアの目が見開かれるのがわかった。

「夢じゃないって気が付いたかな?マリア……」

「あ…あの……その………ッ」


私はニヤリと笑うとマリアを抱き上げた。


「それでは行こうか」

「行くって…何処へ?」

顔を真っ赤にさせて恥らうマリアは酷く魅力的だった。私はもう一度キスをすると甘く囁いた。

「恋人同士が行うことは勿論、一つだけだろう?マリア。私達は遥か昔に、式を挙げてしまっているから、合法ということになるね」

「た、大佐さっきと言ってる事が違う―――」

「クリストファーだ…マリア……私の名前は、クリストファー…。これからは、そう呼んでくれるね?」

「……クリストファー……ほんとにほんとなの?」

「まだ疑うのかい?仕方ないな……レディにも解りやすく、私が教えて差し上げよう。“愛”というものがなんなのか、を……」

私はそう言うと、足で扉を蹴って、寝室へと向かったのだった。





マリア、君を愛している。私達の関係が正しいことがどうかが解るのは、きっと私達が死ぬ時だ。

その時まで、私はマリア、君を愛すると誓おう。そう、永遠にね――――。




(H23,08,30)
(H24,1,7移転)

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