アラン・映画夢 | ナノ

4 逃げてはいけない




「いりません…」

「食べなければ、駄目だよマリア…。身体がもたないだろう」

「……もたなくたって、いいの…」

「何という事を言うんだ。そんな事を言ってはいけない」

「どうしてですか?大佐、無理なさらないで…。私、何て言われているか知ってます。
“穢れた娘”ですよ?私……。貴方も、私と一緒にいたら悪く言われてしまいます。だから…」

「他人が何だというのだ。そんな風に自分を卑下するのは止めなさい」

「だって………」

「………………」




私は頭を悩ませていた。


マリアは最愛の女性。だが、手を出すことは出来ない。

傷ついている彼女を、もっと傷つけることは出来ない。したくない。
何故ならば、愛しているから。深く、君を愛しているから。


エマ、君は今の私を見たら何と言うだろうな。
笑って言ってくれるだろうか。

「馬鹿ね…でも、貴方らしいわ…」

そう言って、抱きしめてくれないか?私を―――。


時々、堪らなくなる時がある。

朝起きて、愛する人のぬくもりを探し、無意識に手が手繰り寄せる。何もないシーツを…。
エマ……君の微笑みと笑い声を聞いて、幸せな気持ちになったその後、目が覚めれば現実が待っている。
もう君は存在しないという現実が。

最近はこれにマリアだ。

彼女の微笑みはめったに見ることはないが、とても哀しげだ。
エマの面影は強いが、やはりすべてが一緒というわけではない。それは、再び一緒に暮らすようになって解ったことだった。

そうやって母親と彼女を比較し、さらに自己嫌悪に陥る。


私は………一体何をしているのだろう………。




マリアには、もう一度生きる意味を見出して欲しいのだ。だが、どうしたら良いのか、方法が解らない。


私の屋敷に引き取ってはみたものの、彼女はふさぎ込むばかり。
数年前に見た、生き生きとした命の輝きは見る影もない。

そこには、人生に絶望した、一人の女性がいるのに……ああ、私の最愛の人なのに、救ってあげることができない。
私は一人、溜息を付いた。まさか、私がこのような目に遭うとは………。




屋敷全体が暗い雰囲気に包まれていた。心なしか執事も元気がない。何とかしなければならないがどうにもならないような気もする。私が内心頭を抱えていたら、救いの手は思わぬ場所からもたらされることとなる。


「お久しゅうございます、ブランドン大佐」

「元気そうで何よりだね、エリノア。エドワードはお元気かな?」

「ええ、元気にしておりますわ」


結婚したエリノアが私の屋敷を訪ねてきたのだ。ひょっとしたら誰かから何かを聞いたのかもしれない。彼女は優しい人だから…。

二人で紅茶を飲みながらとりとめのない話をする。
エリノアは不思議な人だ。彼女と話していると、何故だか落ち着く。異性なのに、そういうことは全く意識することがない。ただ、穏やかな空間が流れるだけだ。
しばらく、世間話をした後、エリノアが静かな声で言ってきた。


「大佐…、何か、お悩みな事でも?」

私は飲んでいた紅茶のカップを置くと彼女を見た。
彼女はすべてを見透かすような目をしていた。

「悩んでいるように見えるだろうか……」

私の問いに、彼女が笑ってきた。

「私、自分のことはよく解らないですけれど、悩んでいる方を見つけるのは得意なんですの」

私は苦笑してしまった。

「君にそんな特技があったとは…知らなかったよ」

「能あるレディーは爪を隠すんですわ、大佐」

「どうやらそのようだ」

ひとしきり笑いあった後、彼女は真面目な顔で言ってきた。

「さぁ、おっしゃって、大佐。私と貴方の仲ではありませんか…」

「君には全く、驚かされることばかりだ……」


彼女の不思議な魅力のなせる業か、それとも私がただ単に耐えられなくなったからなのか……私は言ってしまった。心に秘めてきた想いを。

エマへの、今も変わらぬ愛と、そして……マリアのことを……。




私が全てを話した時、紅茶は既に冷めてしまっていた。
エリノアは私を責めなかった。ただ、淡々と、話を聞いてくれた。

「私はもう、後ろを振り返ることはできない。だがもう、前に進むことも…出来そうもない……」

「大佐……」

「歪んでいるんだ、私のこの想いは…。おそらく、純粋な気持ちではないのだろう。それがますます、彼女を傷つけるような気がして……言えないのだ…」

頭を抱える私に、エリノアは立ち上がると私の隣にやってきた。そうして私を抱きしめてくれる。

「大佐、歪んだ愛なんてありませんわ。貴方の想い……それも愛ですもの…」

「本当にそう思えるのかい?私には……無理だ……」

「私だって、彼がそうやって亡くなって、違う相手との間に子供が生まれていて、男の子だったら…しかも彼の面影があったら……愛してしまうでしょう…貴方は何も悪くなんてない、自然な流れだと思います…」

「……………」

「辛くても、受け入れるしかありませんわ、大佐。そうすればきっと…新しい道が開けます」

「そうだろうか……」

「ええ、きっとそうです。大佐、そんな顔なさらないで…。愛は素晴らしいものですわ」

「愛は素晴らしいものだと知ってはいるが……失った悲しみは計り知れないのだ。もう一度愛したら、二度も、失う辛さに耐えられない。私は、強くはないのだ……」

「大佐………」

「ありがとうエリノア。話を聞いてくれたおかげで、少し、整理がついたようだ。もう少し、向き直ってみよう…自分の気持ちに」


私は彼女を抱きしめ返すと、立ち上がった。
執事に、新しい紅茶を頼みに行くために………。





逃げてはいけないのだ。
マリアを愛している。あの子を幸せにするためにも、私自身が、自分の気持ちにケリを付けなければ。

私は決意した。マリアと話し合う必要がある。明日、話をしようと。


エマ、どうか私に力を貸してほしい………。




(H23,08,06)
(H24,1,7移転)

prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -