どうしよう…どうしよう…どうしたらいい?
密かに憧れていた男に攫われ、囚われた私。
両手は縛られ、ブラウスのボタンは飛ばされ……この後に何をされるのか、想像するだけでも恐ろしい。
私のことを、スパイか何かと思っているのかしら。
私は、この人は一体、どんな職業に就いているのかしらって前から興味を持っていたのだけど。
ミステリアスな印象のある人だけれど、スーツを着ていることが多かったから、どこかの企業のエンジニアか何かだと思ったりしていたのだ。
まさか、私を攫うなんて。
監禁して、ナイフで脅すような人には到底思えない。物腰柔らかな印象のある人だったから。暴力とは、無縁な、そんな勝手な印象を持っていた。
だから、私は驚いてしまう。
右手にナイフを持ちながら、私を見つめているあの男が、私のすぐ上のマンションに住む住人だなんて。
扱いなれた様子のナイフさばき。さらに、手首を縛るその手際の良さといったら………。
私は考える。
この人、犯罪者だったの?
私のことを、「どこの組織の者だ」って聞いてきたということは、彼は、どこかの組織に入っているのではないか、という推測ができる。
そしてその組織というのは、どう考えても、どこかの趣味サークルやなにかではなさそうだった。
普通、サークル活動では人を攫ったり、監禁したり、尋問したりしないだろうし。
しかも、殺そうとした、だなんて物騒な事を言ってくるということは……この人はどこか頭がいかれているのか、それとも…。
か、考えたくないけど、どこかのテロ組織とか、そういうアブナイ人なのかも…!
どうみてもアラブ系には見えないけれど、白人でもそっち系に傾倒しちゃう人だっているんだから、本当のことはわからない。
でも、もう随分長い時間監禁されているけど、彼が祈ったりしている姿は見ていなかった。
ということは…テロ系ではない……?
椅子へと向かいながらそんなことを考えていたら、男がふいに言ってきた。
「時間通りだな。律儀なことだ」
「あなたが言ったんでしょ。5分を過ぎたら、ドアを蹴破るって」
「そうだな。あれは脅しではなかった」
本気でドアを蹴破る気だったの!本当に変な人…。私は口をあんぐりと開けてしまう。呆れて言葉が出なかった。
一般市民に対して、一体何をするつもりなの。
「あなた、絶対にオカシイわ!」
「オカシイ?この、私が…?」
ちらっと私に視線を向けてくる、その目つきが怖かった。
「そうよ。一般市民を監禁して、あることないこと聞いてきて!聞きたいことがあるんなら、普通に訪ねてくれば良かったのに―――」
「私が、君の家へ?」
「そうよ!こんな、まわりくどいことしなくても良いじゃない―――」
「どこの世界に、正直に聞く馬鹿がいる。仮に、私が君の家に行って、『やぁ、こんばんは。君が私にくれたプレゼントの中に、どうやら毒が入っていたみたいなんだけど、君が入れたのか?』などと言ったら正直に答えるか?ばからしい…」
……それは、そうかもだけど。
でも、それは絶対におかしいのよ。そうよ、絶対に変よ!
「私はあなたを殺そうとなんてしてない!ただ、プレゼントを渡したかっただけ……」
「何故?」
「そ、それは………」
男が私を見つめてくる。その眼差しは鋭くて、私の胸はどんどんドキドキしてくる。
何故か、なんて聞かないで。
本当のことを言いそうになってしまうから。
「理由を言わないのは……嘘だから、だろう?君はスパイとしては失格だな。全然なっちゃいない」
「だからスパイなんかじゃないったら!第一そんな映画の観すぎよ…スパイなんてそう簡単にいるわけないじゃない…」
映画じゃないんだから。そう言ったとたん、男の瞳がキラリと光った…ように私には見えた。
「それはどうかな?闇の世界は……案外近くにあるものなんだよ、ヨウコ……。君が、知らないだけ…知らないふりをしているだけだ」
男の声がやけに艶めいて聞こえる。なんだか……なんだか、危険な感じ。私は後ろに後ずさる。呼吸が、荒くなっていく。
「いくら知らないといっても、事実は事実……。言わないのなら、言わせてみせるまで」
「や、やめて……」
「Ms,シノハラ……、君はどこまで耐えられるだろう?せいぜい私を愉しませてくれ」
ニヤリと笑うと、男はナイフを突きつけながら、私に迫ってきた。
――――刺されるッ!!
とっさに後ろに逃げたその背中に、堅い衝撃。私、壁にぶつかったみたい。けれどもナイフで身を切り裂かれたというような痛みは、一切襲ってはこなかった。どういうことなの…?
恐怖のあまり閉じてしまっていた目を開くと、私の目の前には男がいて、私を壁に押し付けいた。そうして…しげしげと、何かを見つめている。
なに…?
男の視線は、私の胸元あたり――――ってああっ!!
なんと、あの一瞬で男は、私のジャケットのボタンを飛ばし、さらに、ブラの紐を切っていた。私の胸は男の目に晒されてしまう。緊張と衝撃でブラを切られたことに気が付かなかった…!
なんて……なんてことするのこの変態!!このブラ、高かったのに!!
「な、なにするのよぉ!!」
「ヨウコ…君が素直にならないからだろう?それに、私は見てみたかったんだ……」
「このブラ高いのよ?!いくらすると思ってるの――――って、な…何してるの…ッ」
怒鳴りつけてやろうと思ったら、男はもはや機能を果たさなくなったブラに手をかけると、それをずらしてしまった。
そ、そんなことしたらもっと見えちゃうじゃないの…!
男が囁くように言った。
「ああ、やはり…なかなか、良いカタチをしている……」
恐怖と、そして恥ずかしさで爆発しそうになっている私をちらりと見ると、男は、自然な動きで、私の胸に触れてきたのだった―――。
(H23,12,17)
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