抱き上げた時に、ほのかに香った香りは、あの香水のものか。
それとも、この娘の匂いか………。
ひどく華奢な身体のつくりに、私は考えてしまう。この娘がもしもスパイなら、もっと機敏に行動するはずだ、と。
身体も鍛えているだろう。抵抗だってできたはずだった。
そう、この娘が本当にスパイならば。
規則的に呼吸をしている娘を見下ろす。形の良い唇は少し開いていて、まるで私を誘っているようだった。
あの誘惑の唇はどんな感触がするのだろう。是非、味わってみたいものだが、今はまだ、その時ではない。手順を踏まねば、な。
私はニヤリと笑うと、娘を椅子へと座らせた。思わず、流れるような黒髪に触れてしまう。美しい、なにもかもが。
「Ms,シノハラ……君は魅力的だ」
娘は眠っている。瞳を閉じたまま、規則的な呼吸をしながら。
私はロープを取り出した。もうそろそろ、目覚める頃だ。いつまでも眺めていたいが、逃げられると困る。私は娘の両手を後ろに廻し、ロープで固定した。ウェストも。
さて、これでこの娘は私に囚われた。籠の中に入れられた美しい娘は、どのように鳴くのか………酷く、楽しみで仕方ない。私は考える。
銃を使うなど、ロマンの欠片もない。私は好かん。あのような武器は、拷問には不向きだ。
やはり、コレでないとな…。私は懐からナイフを取り出した。
鈍く光る美しい刃を見つめる。
接近戦では、ナイフが断然有利だ。私のような者が住む世界では、それは常識だ。
無論飛び道具の中では、という意味だが。
一番は格闘術だが。今回はそちらを使うつもりはない。この、ナイフがあれば十分…。
ヨウコのカラダを傷つけないようにしなければ。美しい鳥は、美しいままで私の籠の中にいて欲しい。
暗がりに隠れていると、娘が目を覚ました。
自分の置かれている状況を見た娘は驚き、逃げようとした。無論、逃げられないが。私の気配に気が付きもしない。
やはり、スパイではない―――?
いや、まだ解らない。演技である可能性もあるのだ。慎重に見極めなくては。
ナイフを見た瞬間、娘の顔色が一気に青ざめた。とても演技とは思えない。
ブラウスに沿わせるだけで震えるほど怖がる。怯えた声で否定する。自分は一般市民だと。
少しずつボタンを飛ばすと、娘の胸が露わになった。華奢な身体からは想像もつかないほどの豊な胸。いつか見た下着を身につけていた。
なかなか良いものだな。素敵にフィットしている。
そんなことを考えながらボタンを全て飛ばす。泣きながらも、私の問いに答える娘………私の心臓の鼓動は早まる。
ああ、可哀想に。私に関わるから、虜になるんだよ。
娘をトイレに行かせるためにロープを解いた。普通の娘ならばここで泣き崩れるか、懇願するのだろう。私も、ヨウコがそうすると思っていた。
だが、そうではなかった。
ヨウコは媚もせず、毅然と顔を上げ、背筋を伸ばし歩き出したのだ。途中でふらつき、転びそうになったが、自力で立ち上がった。意外とガッツがあるらしい。その点も私には好ましく映った。
哀れな囚われの鳥にすぎない者に対し、私は一体何を考えているのだ。
何度もそう考えるが、思考は止まらない。
あの、セクシーなランジェリーの中にあるモノを見てみたい。ボタンだけを飛ばすのではなく、あの服をはぎ取ってみたい。そうして、娘の敏感な場所にキスをしたら…そうしたら娘はどうする?
妖艶に微笑み、もっとねだってくるのか?スパイならそうするだろう。
泣き叫び、逃げようとするのか?一般市民ならばそうするだろう。
それとも―――?
この先に起こるであろうことが楽しみで仕方ない。
私を殺そうとした娘であるはずなのに…私にこんな感情が芽生えるなどとは。
私は、ドアを見つめる。そろそろ5分が経過する。あの娘のことだ、しっかりと約束を守り、あのドアから出てくるだろう。
気合の入った表情で、な。私は一人、苦笑した。
(H23,12,13)
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