「何度聞かれたって答えは変わらないわ!私は一般市民よ。何も、隠すことなんてないわ……それに、どこの組織にも属してない…」
何度も何度も同じ質問をされる。答える度、男は私のブラウスのボタンを飛ばしていった。そして、ついに最後のボタンが飛ばされ……私のブラウスははだけられてしまった。私は震えた。
寒さに。そして――これから起こることを想像して。
「このナイフは、ボタンを飛ばす以外にも活躍するのだが?Ms,シノハラ……」
ナイフを見つめながら男がつぶやく。そ、そんなこと言ったって!さっきから訳が分からない。
「だ、だって贈り物をしただけでどうしてこんな目に遭わなきゃならないの?気絶させられて、攫われて、こんな場所に監禁されて…しかも“どこの組織だ”なんて馬鹿の一つ覚えみたいに同じ質問ばっかり…!」
なんか腹立ってきた。恐怖に慣れてきたのかしら。
私の反論に男は、私に向かってナイフを突き付けてくる。
「今時の女性はチョコの中に毒を仕込むのか?」
「ちょっとした贈り物を贈るくらい、罪になんてならないはずよ―――って…今、なんて言ったの?」
聞き捨てならない台詞を聞いたのだけど。聞き返した私に、男は肩を竦めてきた。
「だから、君は贈り物に毒を仕込むのか?と聞いている」
はぁ?!ど、毒ってなにそれ。
そんなことする訳ないじゃない。それは犯罪でしょ。しかも…私には貴方を殺す理由なんてないし。
私は反論した。それ、何かの間違いでしょ……?
「そんなことしてないわ!普通に、お店で買ったし――」
「嘘を付くな」
男が睨んでくる。だって、そんな事言われたって…。
「第一私がそんなことする訳ないじゃない!貴方を殺したいなんて思うなら、チョコなんて贈ろうとは思わないでしょ?」
「それはどうだろうな。……何故私に贈り物を?」
………そうきたか。
どうしよう。どうしても、言わないと駄目?
それを言ったら、激しくマズいような気がするんだけど。第一信用してくれるかどうか………。
「どうした、何故答えない……?」
恥ずかしいの!だから答えられないの!!
そう言えたらどんなに楽か……ああ、神様助けてください……。
タイムってないのかしらこの場合。頭の中で必死に考える。し、仕方ない……取りあえずよ取りあえず。私は男に言った。
「手が痺れて痛いわ……それに、それに……トイレに行かせて!」
「……………」
男が私をじいっと見つめてくる。
怖いんだけどドキドキする。なんか変かもこの感情。私…どうしちゃったのかな……。
ここで垂れ流せ、なんて言わないでしょうね。そんなこと言ったら噛みついてやるから。拉致被害者にもトイレに行く権利くらいある筈よ!
沈黙は長かった。男は何かを考えているみたい。め、面倒だから殺しちまえとか思ってないでしょうね……。
「わかった。だが5分だけだ。それ以上経過したらドアを蹴破るぞ」
「わ、わかったわ……」
良かった許可が下りたわ。これでこの部屋の造りが解るし、逃げ出すために色々と調べられるはず。
男は後ろ手に縛られていた縄をほどいてくれた。とたんに手がじーんとしてくる。血行不良だったんだ、無理もない。私、何時間も縛られていたんだものね。
私は手を握ったり開いたりした。感覚が徐々に戻ってきたみたい。良かった―――って思ったら。
そうは甘くなかった。
男は無言で、今度は私の両手を前にクロスさせて縛った。簡単には逃がしてくれそうもない。当たり前か。
「立て」
いつの間にかウエストあたりに縛られていた縄もほどかれていた。私は立ち上がり、歩き出す。靴は脱がされていた。2、3歩歩いたところで、激しいめまいに襲われ、私は倒れそうになった。必死で両手を地面に付き、無様に転ぶのを避けた。酷くクラクラする。きっと急に立ち上がったからだ。
少しだけ身体を休めると、私は立ち上がった。今度は大丈夫みたい。この間、男は無言で側に立っていた。急き立てることも出来たはずなのに…。
私は縛られた両手で、できる範囲内でブラウスをかきよせた。そのままでは胸が丸見えなのだ。下着を付けているとはいえ、恥ずかしいことに変わりはない。
「後ろだ」
促されて後ろを振り返ったら、椅子の向こう側――背もたれ側にドアがもう一つあった。どうやらあそこがトイレらしい。ドアへと若干ふらつきながら向かった私に、男が後ろから声をかけてくる。
「いいか、5分だぞ?変なことは考えるな。私から、逃げられはしない……」
「わかったったら!」
絶対に何か方法はあるはずよ。トイレの窓とか……探してみよう。私は深呼吸をすると、ドアを開けた――。
(H23,12,06)
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