ナナと教授 | ナノ

4 抱きつきたくて、しょうがなかった




告げることができない切ない想いを抱えたまま、1年が過ぎた。

誰にも言えない切ない想いは、私の心を、甘く、まるで枷のように締め付ける。
私は耐えられなくて、我慢できなくて、誰もいない月の美しい夜に、そっと、囁くようにあの人への気持ちを零すだけ…。


告白する勇気もない私。そんな私がグリフィンドールだなんて、笑ってしまう。いっそ振られた方が楽かもしれない。
実るはずのない恋にしがみつくよりも、堅実な、私に釣り合うような人を好きになって、そして、あの人のことなんて、忘れてしまいたいとまで思うのに。

それなのに、今日もあなたはそんな私の儚い想いを砕くように…甘い、低い声で私を呼ぶのね。




「Ms,カミジョウ、調合がなっておらん。グリフィンドールから5点減点。Ms,カミジョウはこの後残りたまえ」

するとざわめく教室。あちこちから可哀相、という視線が私に集まる。
けれど私は違う。私の胸はどきどきとときめいている。心臓が、破裂しそうなほどに。

そんな…。教授と二人っきりで居残りだなんてそんなこと、耐えられない…。
切なくて、苦しくて…言ってしまうかもしれない、囁いてしまうかもしれない。


あなたが好きです…と。




生徒は皆教室から出て行ってしまった。今、この薬学教室にいるのは私と…そして教授だけ…。
そのことを考えるだけで、私の両足は震え、胸は切なくときめいた。ああ…こんなことって……。
しかも今、教授は私をしっかりと見つめて、私に向かって、私にだけ話をしてくれるのだ。いつもの、“沢山の生徒の中の一人”じゃない。
呆れているかもしれない。馬鹿にしているのかもしれない。

けれど…ああ…だけど……今だけは……。

今だけスネイプ教授は、“私”を見てくれている―――。


「なぜ残るように言われたか解かるかね?Ms,カミジョウ……」

教授の低く甘い言声が教室に響いた。
私はときめきながらも考えた。いや、考えるまでもない。居残りをさせられたのは、生徒の中で、私だけが調合に失敗したからだ。
あの、ネビルだってできた調合なのにだ。
私は情けなくなって俯いた。そして返事をする。

「はい…スネイプ教授……今日の授業で、私だけが調合を失敗したからです…」

「そうですな…。あの調合は、基本中の基本だ。ネビルだって出来たのだ。それを、君が間違えるとは。理由を言ってみたまえ…」

「き…緊張してしまって……」

私の答えに教授は眉を顰めてきた。

怖い…!怖いけど…格好良いよぉ……。私の胸は、おかしなくらいさらにときめいた。

「いくら緊張したとはいえ…メディアの薔薇を最後に入れずに途中で入れたり、3回掻き混ぜるところを6回掻き混ぜるかね?さらにクコの実の砕き方もなっておらん。我輩の解説を聞いていなかったからであろう」

はい、聞いていませんでした。私、ずっと教授の顔ばっかり見てました。声だけを聞いていました。内容は聞いていませんでした。
だって…格好良いんだもの…。

そんなことは言える訳がない。だから私はさらに小さくなって、俯いた。

「すみません…スネイプ教授……」

もうこの言葉しか言えない。
するとスネイプ教授は溜め息をついてきた。
大好きな人に呆れられるなんて…消えちゃいたいくらい悲しい。
私は悲しくて、情けなくて…泣くまいと思っても涙が出てくるのがわかった。感情が抑えられなかった。

俯いて涙を流す私を、教授はじっと見つめていた。そうしてもう一度溜め息をつくと、信じられないようなことを言ってきたのだった。

「Ms,カミジョウ、処罰だ。今週から毎週金曜日の放課後、我輩の部屋へ来るように。補習をしてもらおう。このままでは、君は2年から3年にはなれませんぞ?
時間は16時から。時間厳守だ。例外は認められぬゆえ、気をつけたまえ。それから我輩の授業で取ったノートは、毎回回収して我輩がチェックさせてもらう。苦情は聞かぬぞ?本日は金曜日ゆえ、放課後我輩の部屋へと来るように…」

教授はそう言うと、泣いている私の涙をそっと、その長い指で拭ってくれた。
そうしてフッと笑って言ってきた。

「君はグリフィンドールであろう?Ms,カミジョウ、君の勇気はこんなものかね?」

泣いている理由、ひょっとして教授を怖がってると思ったのかもしれない。
違うのに。そうじゃないのに…。
そう言いたいのに、言葉を発する前に、教授は教室から出て行ってしまった。ボーッとする私……ってええ?!
今のって…今のってひょっとしてひょっとしなくっても……

教授に触れられた?!

事実に気がついた私は全身真っ赤になってしまった。恥ずかしさと嬉しさで……。



ぼおっとなりながらも何とか寮に戻った私は、友人のジェニーに補習のことを話した。するととたんに信じられない!という顔をして私を抱きしめてきたのだった。

「ナナ!そんな…私の可愛いナナが陰険教授の餌食になるなんてっ!!身の危険を感じたら、股間を蹴るのよ?」

「違うからジェニー…。スネイプ教授にはそんなつもりないってば。魔法薬学の成績が悪いのは事実だもん…補習…受けるよ……」

「…仕方ないわね、頑張って!応援してる」

「ありがとう…ジェニー…」

ジェニーは私と同室の女の子で、私の一番の友達だった。心配そうなジェニーをもっと心配させちゃわないように、私は笑っておいた。
ぎこちない笑みだったかもしれないけれど。




「時間通りに来たのだな、結構…」

今時間は16時。初めて教授のお部屋を訪れた私は、教授の部屋の凄さに驚いているところです。
壁一面に専門書がずらり。部屋の中には薬草が吊ってある。瓶の中にはなにかの薬が入っているのだろうか?とにかく…教授の部屋って感じだった。

普通の女の子は、気持ち悪がるかもしれない。けれど私は、教授の部屋のこの独特の雰囲気、薬草の香りが不思議と嫌ではなかった。むしろ心地良いだなんて…思ってしまう。
沢山の初めての経験に、私の心臓は破裂しそうなくらいどきどきとときめいていた。だって、大好きな人のお部屋だよ?教授が普段生活している空間に入れたのだ。
グリフィンドール生が教授の部屋に入れることなんてレポートを提出に来る時か、懲罰を受ける時ぐらいだものね。

「はい、よろしくお願いします。スネイプ教授…」

ああ、緊張する…っ。

教授と、部屋に、二人きり。
この状況が私の胸をときめかせるの。教授…あなたは私がそんなことを考えているだなんて全くわからないでしょうけど。
教授は沈黙の後、そっと言ってきた。信じられないことを。

「では、これからこの部屋で今日授業で教えた薬の調合をしていただこう。我輩と一緒にな。材料はここにある。では、始めたまえ…」

そう言って教授は私の間近に近づいてきた。こんなに接近したことはめったにないのでは、というくらいの超間近に、教授がいる。

私の、大好きな人が……その息遣いが聞こえるくらい近くに、いる……。

私は逃げ出したくなった。だって、凄く恥ずかしい。教授の強い視線を感じる。教授はただ監視してるだけだろうと思うのだけど…私は嫌いな寮生の小娘で、調合に失敗ばかりする問題児に過ぎないだろうと思うのだけれど…そんなに強く見つめられると、ひどく緊張してしまう。

そんなに、見つめないで……。私、何もできなくなりそう…。

怖い…。何か、後悔するようなことをしそうになってしまう。本当に逃げ出したい…。
けれど、逃げるわけにはいかない。仕方ない。私は覚悟を決めると、調合を始めた。


「その材料はそのように刻んでは駄目だ。効果が薄れる…」

「す、すみません…。こう、ですか…?」

「嫌、違う…もっと、等間隔に…」

「等間隔…。こんな、感じです、か…?」

「……ナイフを貸したまえ……」

私って本当に不器用かも。教授が口で説明してくれても、上手に刻めないのだ。しびれを切らした教授にナイフを奪われてしまった。
教授が見本を見せてくれるのね…私はそう考えていたのだけれど。次の瞬間、信じられないようなことが起こったのだった。
!!!!
え?!え?!これって…これって――――

教授に…抱きしめられてる?!


「このように…等間隔に刻むのだ。ナイフの動かし方は…こう……解かったかね?」

「は……は…い……」

信じられない、こんなこと…。

教授は私の後ろに立つと、左手で私の左手を包み、右手で私の右手にナイフを握らせると、その上からナイフごと握ってきた。そして薬草をナイフで刻みながら説明してくる。
耳元に、低く響く、甘い声。教授の吐息が、耳を掠める。
私は身体全体が心臓になってしまったのではないかってくらいどきどきし、頭の中はパンク寸前だ。教授の説明なんて頭の中に入っていかない。

教授の手の感触、身体の温かさ、息遣い、その甘い声…そして、そして薬草の香り。一気に五感を刺激された私は、その衝撃に、ただ硬直するばかり。
ああ…どうしたらいいの?教授、あなたをこんなに近くに感じる。
私、気絶しそうよ……。

!!そんなことじゃ駄目でしょ?!

教授は、そういう意味でこういうことをしてるんじゃないの!愚図な私に何とか解らせるためにこういうことをしてくれてるんだから、頑張って、憶えないと。

ああ…だけど…私、蕩けそうなの……。

私の顔は真っ赤になっていると思う。恥ずかしくてどうしようもない。
そして、嬉しくてどうしようもない。
永遠に、この時が続いてほしい……。そんなことまで考えてしまう。

勿論永遠にこんなことが起こるわけも無く、薬草を刻み終えた教授は、私から身体を離してしまった。
とたんに、あんなに感じられた教授の温もりが消えてしまい、私はとても寂しくなってしまった。

「Ms,カミジョウ、解かったかね?ム…次に砕くクコの実が足りんな…。ちょっと待っていたまえ」

教授はそう言うと、私から離れ、後ろを向いて薬草を探し始めた。
私はそんな教授の後姿をそっと見つめた。
身体が凄く火照っている。胸が切なくときめき、張り裂けそう……。教授、あなたへの想いで。


こんなに近い距離にいるのに…私の想いは届かない。



言ってしまいたい…。あなたに、ただ一言を。
けれど、言ってはいけない。


私は突き上げる衝動を必死になって抑えつけた。教授、あなたに抱きつきたくてしょうがないという、いけない衝動を……。


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