ナナと教授 | ナノ

7 すがりつきたくて Side-S




夢のような一時は過ぎ去るのが早いもの。


気がつくと、今年ももう終わりという年になった。ナナのとの補習は、相変わらず我輩の胸を騒がせていた。
あの子のふとした仕草、調合が上手くいった時のあの微笑を独り占めできる幸せ。ずっと、ずっとこのまま二人きりでいたいとさえ思った。
いつまでも……。

しかし、我輩は失念していた。
我輩が一生懸命調合を教えれば教えるほど、ナナの調合の腕は、魔法薬学の知識はぐんぐんついてくる。
落第生だったとは思えないくらいの熱心な態度。そして吸収の早さに我輩は目を見張った。
今ではクラスで1、2を争うくらいの腕にまで成長してしまった。

そうなると補習をしていること事態、怪しむ輩が出ないとも限らん。

我輩としては、永遠に補習をしていたいところであったが、夢から醒める時間が近づいてきたということであろう。
我輩は切ない溜め息をついた。この決心をするのは辛かった。しかし、我輩達のことを噂などされては色々と厄介だった。


次だ。次の補習で最後にしよう…。


我輩は自分にそう言い聞かせた。
この想いは、告げてはならない。気づかれてはならないのだから。




いつものように、あの子がやってくる。
金曜の午後16時は、我輩にとって特別な時間。甘い夢が見られる、素晴らしい一時…。
ナナがにこりと我輩に笑いかけてくる。
なんて可愛らしいのだ……。我輩は自分の感情を押し殺すのに必死だ。
閉心術を会得しておいて良かった、と心からそう思った。

「時間通りだな。結構…」

ナナはその愛らしい唇を開いて、言葉をつむぎだす。

「スネイプ教授、今日はどんな調合を…?」

我輩はナナの顔から何とか視線を逸らし、教科書を見つめる。補習だ。補習をせねばならん。ナナの可愛らしさに見とれている場合ではないぞ?セブルス・スネイプよ…。自分に喝を入れ、こう言った。

「本日は教科書132ページを開きたまえ……」




ナナが調合する姿を見つめる。
最初は危なっかしかったが、今では手馴れたものだ。手つきにも自信がみなぎっている。
こういう姿を見るのは嬉しい。教師として、生徒の成長を見る事ができるのはな…。
しかし、我輩の思いは複雑だ。

これほど上達してしまったら、我輩が補習する意味がなくなってしまうのだ。

我輩が、ナナと二人きりでいられる時間…。決して意図したわけではない。最初、調合の腕は酷いものであったからな。補習を行ったこと自体に、下心はないはず、なのに。

今では下心がちらりと見え隠れしそうで、我輩は自分の顔が赤くなっていないか心配になった。
大丈夫だとは思うが。

最初は、ただ、調合をするだけだった。我輩はただそれだけで満足だった…のだが。人間は、欲張りになる生き物だ。

もっと、ナナを見ていたい、声を聞きたい、くるくると変わる表情を、独占したいなどと思ってしまう。
それゆえ、普通の生徒にはしないことまでしてしまう始末。

お茶を振舞うなど…。

我輩の寮であるスリザリン生にもしたことがない、このようなことは。
我輩が淹れた紅茶を美味しそうに飲むナナを見つめる我輩の顔は、緩みきっているだろう。
紅茶を飲みながら、一応補習であるからして、調合のポイントなどを振り返り話すこともあるが、さりげなさを装ってナナのことを聞いてみたりする。
完全に職権乱用なのだろうが…止まらぬ。
ナナは何も気がついてないようだ。我輩の問いに素直に答えてくれる。軽く首を傾けながら。



出身が日本であること。
両親は日本人であること。今はイギリスにいること。
ひとりっ子であり、本当は妹か弟が欲しかった事。
動物が大好きで、ホグワーツの入学祝いに黒猫を買ってもらった事。
その猫はジジ、という名前で、クリスマスには真っ赤なリボンを買ってつけてあげたこと。
一番大好きな科目は、飛行術だったこと。
“だった”?では、今の大好きな科目は何かと聞いたら、何故か頬を真っ赤に染めてモジモジとしていたな。あれは可愛らしかった…。
イギリスにやってきたばかりの頃は、色々と馴染めず、つらかった事。
好きな食べ物は“タコヤキ”なるものだとか…?我輩にはわからぬが、非常に美味であるらしい。
嫌いな食べ物は“アンコ”。…これも、我輩にはわかりかねる食べ物であった。
甘いデザートは全般的に好きらしい。
将来の夢は、昔は医者だったそうだが、今は迷っていると言っておったな。教師にも興味があると言っておった。

その言葉を言った時、ナナは何故か頬を染めて我輩をじっと見つめてきたので、我輩も何故か恥ずかしかったことを憶えている。


少しずつ知っていくナナの事。
止せばいいのに、抜けられなくなると解っているのに、誘惑に負けた我輩は色々と聞いてしまったのだった。

そして案の定……嵌ってしまった。

毎週金曜日になるのを心待ちにし、ナナが来る前は部屋を綺麗に片付け、身だしなみを整えるようになった。
ナナが気に入るだろうか…などと考え、茶葉を買い求めるようになった。
もっと解りやすく教えよう、と調合の手順を復習するようになった。薬学教授の我輩がだ。

自分ではもう、どうにもならぬ…。




いつの間にかぼんやりしていたようだ。

「…スネイプ教授、どうかされましたか?」

我輩はナナの言葉にハッと我に返った。

「いや…なんでもない」

いかん、ナナを目の前にして、ぼんやりと物思いにふけるなど、そのような勿体無い事…。
だが、これは言わねばならん。そうだ、今日言おうと思い、悩みに悩んだ末の結論なのだ。
しかし…。
我輩がためらっていたら、ナナはためらいながらも言ってきた。

「あ…の…スネイプ教授?どうか、されましたか…?」

言わねばならん。言わねばならんのだ……どんなにつらくとも。
我輩は沈黙の後、こう切り出した。

「Ms,カミジョウ…。我輩が思うに、君の調合の技術は格段に上がった」

我輩がそう言うと、ナナの頬はほころび、赤く染まった。

ああ…なんて愛らしいんだ…。
本当はもっと一緒にいたい。ずっと、一緒に補習をしたい。我輩の傍にいてほしい。

「あ…ありがとうございます…教授のおかげです…。感謝しています」

ナナの恥ずかしそうな声に、我輩の胸の鼓動は、おかしな音を立てだした。
不整脈が出ているのかも知れん。
我輩の顔色は少し良くなっていたのかも知れぬ。面と向かってあのようなことを言われると照れるではないか…。咳払いをすると、我輩は言った。本当は言いたくはないこの言葉を。

「う…む…仕事であるゆえ…気にするな。それで…だな、我輩としては、次回をもって、補習を終了しようと、考えているのだが…」

我輩の言った言葉にナナは目を見開いて驚いているようだった。
???本来ならば、我輩のような嫌われている教師の、面白くも何ともないような補習から開放されて、喜ぶと思っていたのだが。どうしてそのように驚いているのだろうか?
唐突だったからなのか?我輩はナナを見つめた。
ひょっとして……このようなこと考えるのは馬鹿らしいのかも知れぬが…。
調合の補習が楽しかったので、まだしたいという事なのか?もしもそうなのであれば我輩は非常に嬉しいし、ナナがしたいと言うのであれば、我輩としては金曜と言わずいつでも来てくれて構わぬのだが…などと脳内で思っていたら。
しばしの沈黙の後、ナナはそっと言ってきた。

「わかりました…教授……」

と。




その言葉を言ってきた時、ナナの顔が悲しそうだったのはきっと……我輩の希望的観測というヤツにちがいない。


その後、ナナは挨拶をして部屋から出て行った。
我輩は肘掛をぎゅっと掴み、耐えた。
ナナ、お前を追いかけ、縋り付きたいという思いを。


この胸の苦しみに、我輩は耐えられるのだろうか…。


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