ナナと教授 | ナノ

8 触れたくなるの




スネイプ教授との、最後の補習はあっけないものだった。
いつものように調合を行い、後片付け。そして教授の淹れてくれた紅茶を飲みながら、調合の復習。
いつもと同じの時が流れ……そうしてタイムリミットになってしまった。
私はそっと席を立った。心臓は激しくドキドキしている。
これを逃したら最後…。私が、スネイプ教授…あなたのことを好きだと言う事ができる、最後の瞬間…。

言ってはいけない……。けれど、言いたい……。

教授を見つめながら、切なく揺れ動く気持ちに決心がつかない。
教授が尋ねてくる。

「Ms,カミジョウ、どうしたのだ…?」


その、声。
眼差し。
綺麗な指先。
皮肉げに笑うその笑い方…。


私は、あなたの全てが好き。あなたという人が好き。


そう、言う事ができたら、私はどんなにか……。


私は口を開いた。

「今まで、ありがとうございます。スネイプ教授…。それでは、これで……」

ぺこりとお辞儀をして、扉へと向かう。



違うの…本当は違うの……。

本当は教授、あなたの胸へ飛び込んで、ただ一言こう言いたい。

「あなたが好きよ…」

それなのにどうして私は部屋から出て行こうとしているの?この部屋を出たら、私はもう二度と、教授とは接点がなくなってしまう。
私は教授が嫌いなグリフィンドール生。教授はスリザリン寮監で教師。
私のことなんて見てもくれなくなってしまう。

心は、教授、あなたを求めているけれど…言う事が出来ない。
だって、拒否されるのが目に見えているもの。私のことなんて、教授は何とも思っていないはずだし…。
だからこれでいいんだ……。
私は自分にそう言い聞かせると扉を開けた―――。




「はぁ〜……」

溜め息しか出ない。告白する前から失恋するってどういうことかしら。こういうのはきっと前代未聞っていうのかもしれない。
スネイプ教授との最後の補習で、想いを告げられなかったあの時から、私は元気がない。何をしても楽しくないし、食欲はないし、夜だってよく眠れないのだった。
これって間違いなく恋の病、なのよね……。大好きになった魔法薬学の教科書を見るだけでつらいんだもの。
スネイプ教授、今、何してるのかしら…?
私の補習がなくなって、少しは、寂しく思ってくれてるかな?そんなわけないか。

「はぁ〜……」

私はまた、溜め息をついた。
そんな思考の堂々巡りを繰り返していると、突然、ジェニーが私に抱きついてきた。

「ちょっとナナったらどうしたのよ?陰気くさいわねぇ。明日から休暇だっていうのに…何かあったの?」

ええ、そうよ、大有りなの。
教授のことを考えて夜も眠れないし、食欲もないの。何をしても楽しくないの。
友達にそう言えたら……。
私は苦笑すると首を振った。そんなこと、誰にも言えるわけないわ。

「何もないわよ……何もね……」

そう、はっきり言うと何もない。教授に想いを伝えたわけじゃないし。私が勝手に想って勝手に振られたと思ってるだけなのだもの。
ジェニーは明らかにおかしいってわかってるんだと思うけど、それ以上はつっこんで来なかった。ジェニーは私をぎゅっと抱きしめると言ってきた。

「それじゃあ、明日からまたしばらく会えなくなるからさ、美味しいスイーツを手に入れたから、お茶にしましょ!ほら、ナナこっちよ!!」

ジェニーが私の手を引っ張って談話室へと行こうと言ってきた。
私って駄目ね。友人にまで気を使わせちゃって。私は苦笑すると言った。

「わかったわ、ジェニー…。美味しいスイーツは実際魅力的よね?頂くわ」

「そうこなくっちゃ!私の母が今日送って来たのよ?美味しいパイなんだから!」


談話室でジェニーのお母さん手作りのパイを食べながら、お話をする私達。普段なら美味しいお菓子を食べながら友人と楽しい一時を過ごしているはず、なのだけれど。やっぱり私は何故か心から楽しめないのだった。
だって、紅茶を飲むと思い出してしまう。


教授が淹れてくれた紅茶はもっと美味しかった…。
教授との会話はもっと心がほんのりと温かくなって、胸がきゅうんとなった…。
優雅にカップを持つ、その手つきだけで胸がときめいて…。
教授の、あの授業からは到底考えられないくらい、穏やかなその眼差しに恥ずかしくなった…。


あの夢のような一時はもう味わえないのね……。
私はジェニーの話を聞きながら心で溜め息をついたのだった。




こんな状態じゃあ家に帰ったってどうにもならない。
思い出すのは、教授とのあの夢のような補習。あの時、スネイプ教授がこう言った、とか私の言葉に真剣に耳を傾けてくれた、とか…。
昨日なんて切なすぎて魔法薬学の教科書を抱きしめて眠ってしまった私だった。

「はぁ〜……」

今日は月がとても綺麗な夜だった。
ホグワーツではいつも、夜、眠れない時に窓をそっと開けて、綺麗な月を見上げながら独り言を言うことがある。
傍から見ると怖い光景かもしれないけれど、切ないほどのこの想いを、いつまでも胸の中にしまっておくのはあまりにつらすぎた。
話しかけたって、勿論お月さまは返事なんてしてくれるはずないけれど…。
だけど、私は一人じゃないんだって、そんな感じになって、ちょっぴりだけ元気になれたのだけど。

今は何をしても駄目みたいね…。

私は月に向かってそっとつぶやいた。スネイプ教授のことを想いながら。

「あなたのことを考えて夜も眠れないの…。切なくて、胸が苦しいわ…。
教授、あなたも、私のことを考えてくれているかしら?少しは、想ってくれているかしら?
私、あなたへの想いで胸が焦がれそう……。狂ってしまいそうなくらい、あなたが好きよ……。
ああ…あなたに逢いたい……」


眠れない夜に、窓を開けて頬杖をつきながら月を見上げながら囁く。
教授、あなたも今、空を見上げてるかしら?月を眺めているかしら。


この想いが、あなたに届けばいいのに……。


私はまた、切ない吐息をついたのだった。




明日はホグワーツという休暇最後の日のこと。
窓辺に坐って、いつものように月を眺めては溜め息をついていた私だけれど、さすがに私の様子が変だと、両親も気づいたみたい。
夕食の後、お母さんがそっと部屋にやってきた。

「ねぇ…ナナ…。好きな人がいるのね?」

お母さんは私の手を握りながら言ってきた。
ど…どうしよう…。両親にだって言ってはいなかったのだった。スネイプ教授のことは。

「お母さんって鋭いね…。どうしてわかったの?」

私がうつむいてそう言うと、お母さんは笑ってきた。

「私はあなたの母親よ?気づかない訳ないでしょ?あなたの様子がおかしいことには、すぐに気づいたわ。……その人に、想いを告げたの?」

お母さん……。違うの。普通の恋じゃないの。言えるわけないの、私の場合は…。
それすら言う事ができず、目を伏せた私を見たお母さんは溜め息をついた。

「まったく!そんなことじゃ駄目よ?!勇気を出しなさいな」

「そう言う事じゃないの…私の場合は…」

「じゃあどういう場合なの?」

「そ…それは……」

言葉に詰まってしまった私を見て、お母さんはクスクスと笑ってきた。

「もう!笑い事じゃないの!!」

「ごめんごめん」

むくれる私に、お母さんはしばらく笑っていたけど、ふと真顔になって言ってきた。

「じゃあ今から大事な事を言うわよ?よーく聞いてね?」

な、なんだかお母さん、とっても真面目な顔してる。月の光に照らされたお母さんの表情はとても真剣だった。

「胸に大事に閉まっているその想い…、言わないまま時が過ぎたとして、あなたがそのうち一生を終えるとしたら…ナナ、後悔しないの?」

え…?どういうこと?

「極端だって言いたいかもしれないけど、人生、何があるのかわからないのものよ?あなたはまだ若いけれど…明日のことは誰にもわからないことだわ。
いくら健康でも、明日事故に遭って死ぬかもしれないし、病気になるかもしれない。人の一生なんて、わからないものなのよ?
母さんがあなたに言いたいのはね、“後悔しないように生きてほしい”ってこと。想っているだけじゃ伝わらないのよ、相手にその気持ちはね…。時には一歩踏み出して、勇気を出さなきゃいけない時があるはずよ。
母さんは強制はしないわ。あなたの人生ですものね。けれど、後の人生が素晴らしいものになるか、つまらないものになるかは、今ちょっぴりの勇気を出せるかどうかだと、母さんは思うの」

お母さん……。
私はお母さんのその言葉を聞いて、スネイプ教授のことを想った。


私がこのまま何もしなければ、私と、スネイプ教授の生きる道は、少しは触れ合ったけれどまた離れていくんだわ。それぞれ別の道へ……。
そのうち、スネイプ教授はどこかの可愛い女性と恋に落ちて、結婚して、子供が生まれたりして。
私は……きっと教授に告白できなかった後悔を抱えて、誰とも付き合えず、寂しく暮らしてしまうような気がする。

私は悲しくなった。


そんなの嫌…!!そんなこと、絶えられない。


未来の不吉なビジョンが見えてしまい、頭を振って嫌々を始めてしまった私を可笑しそうに見ていたお母さんは、突然、ガッツポーズをすると言ってきた。

「女は度胸よ!!今こそその勇気を、示す時だわっ!!母さんが、とっておきの方法を教えてあげるから…」

母さんがフフフ、といたずらな顔で笑いながら言ってきたその言葉を聞いた私は、真っ赤になってしまった。


だって、そんなことって…!!!


「ナナみたいに可愛い子にこんなことされたら、落ちない子はいないから大丈夫!母さんを信じなさい」

出発前に声をかけてくれた母さんの言葉を胸に、次の日、私はホグワーツへと向かったのだった。
ときめく気持ちを抑えながら…。



スネイプ教授……今度は、私からあなたへ、触れるために……。


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