▼ スネイプ先生のモテモテお誕生日祝い?
誰にでも、誕生日というものがある。
死ぬ日があるように、生まれる日があるのは当然だ。しかし…何故、なのだろう。
生まれた日を祝うという習慣のない我輩は、困惑を隠せない。
最初の異変は、朝起きた時から既にあった。
我輩は今朝、あり得ない違和感で目覚めたのだ。
寝室いっぱいに香る、摩訶不思議なこの香りはなんだ?!鼻が曲がりそうなのだが…。杖を掴み、清めの呪文を唱える。双子のイタズラかと思ったのだ。
しかし、それは違った。ベッドから起き上がった我輩は、すぐに匂いの原因を理解した。
寝室中に、花が溢れかえっている。
百合やらスズランやら、バラやらポピーやらマーガレットやら…ありとあらゆる花が、足の踏み場もないくらい、置いてあったのだ。
「な、なんだこれは…!」
いつの間に、このような物が我輩の寝室に?
全く気付かなかったのだが。元死喰い人なのに…他人の気配も感じなかったとは。これを持ってきた奴は、よほどの手練れと見える。
我輩は鼻を押さえながら寝室から逃げ出した。酷い悪臭だ。一つ一つは美しく、芳しい香りをしていたとしても、ありとあらゆる花が藪から棒に集まっているのだ。あれは香りの暴力だ。新しい攻撃方法だな……。そんなことを考えながら、書斎へと進んだ。
そこで我輩は更なる驚愕の現状と向き合うことになる。
書斎じゅう、足の踏み場もないくらいに色とりどりの箱が散乱していた。
あるものは派手なラッピングがついていたり、スリザリンカラーだったり。有名店の包装紙も見える。一体なんなのだ。クリスマスはとうに過ぎたはずだし、我輩の部屋がこのような有様になるなど有り得ない。
フクロウ便の配達ミスにしても凄すぎた。
我輩は額に手をつきながら溜め息を付いた。何故、このような事になっているのか、原因について思い当たったのだ。
そう、今日は我輩の誕生日だった。
それにしてもこの数は異常だろう。一体、ホグワーツで何が起きているのだ?
我輩は足の踏み場もないほどの箱で溢れかえっている書斎の中を、なんとかかんとか歩きつつ、イライラと考える。
絶対に、嫌がらせなのだと確信しながら。
*
やっと着替え、食事をするために大広間へと向かった。
部屋に入るとざわめきが一斉に収まる。一体どうしたというのだ…。我輩はさりげなさを装い、生徒達を見まわす。
何故か、目の合う率が異常に高い。しかも皆、何故か非常に……そう、非常にキラキラとした目つきで、我輩を見ているではないか。
いつもは我輩と目でも合おうものなら、慌てて逸らす生徒がほとんどなのにかかわらず、だ。
なにかがおかしい。
疑惑は大きくなっていく。
教員席に座り、食事を始めた。その間もいくつもの視線が自分に注がれるのを感じる。とてもいたたまれない。まるでアイドルになったかのような気分にさせられている。一部の女生徒など、頬を赤く染めている者までいる始末だ。しかもあれは……グリフィンドールではないか!絶対におかしいだろう。
校長は、何か知っているのか?そう思い教員席を見たが、何故か校長が席に着いていなかった。何故だろうか。今日は、特になにもなかった筈だが…。そんなことを考えていた時だった。
バサッ
バサバサッ
朝のフクロウ便がやってきたのだ。
沢山の梟たちが大広間を滑空している。何故か今日は、いつもより数が多いようだ。まるでクリスマスシーズンかのような……いや、クリスマスはもう終わったではないか。
なんとなく、フクロウ達を見ていた我輩の目は信じられない光景を目撃した。
フクロウ達が、我輩の元へ一斉に向かってきた。
いや待て。ちょっと待て。
そんなに沢山のフクロウ……まさか、我輩の所に?
今日が誕生日だからか?だからなのか?!
あっという間で、逃げる暇などなかった。
我輩は杖をとり出し盾の呪文を唱えるのが精いっぱいだったのだ。
気がつくと、我輩の周囲には、沢山の手紙が散乱していた。
いや、散乱というよりは、その中に我輩が埋もれていた、という方が正しいのかも知れん。
「……セブルス、無事、ですか?」
マクゴナガルが気遣わしげに聞いてきた。
「一体……どういう事になっているのだ……?」
途方に暮れながら、手紙の宛先をなんとなく見た。
To, マイラバーセブルス(はぁと)
寒気がした。
何なのだ、はぁとって。
フクロウ便もそのような気色の悪い手紙を送るでない!!
我輩の眉間のシワが確実に深くなったであろう瞬間だった。
*
それでもなんとか手紙の山から這い出し、授業へと向かった。
我輩は教師だ。授業をせねばならん。仕事はいつも通り、行いたかった。
しかし――。
授業を1コマやってみて、不可能であることを我輩は嫌というほど理解してしまった。
何故なら、生徒達は皆恍惚とした表情をしている。
明らかに、我輩の授業など上の空のようだし、おまけに皆が気色悪い台詞を連発してくるのだ。
「あ〜んスネイプ先生素敵…」
「あの腰つき…悩ましい」
「魅惑のボイスよね……」
「抱かれたい……」
「いやむしろ犬にして欲しい…」
「罵られたい……」
こんな言葉しか聞こえてこない。
調合など、誰ひとりとして出来る状況になかった。なので我輩は授業をすることを諦めた。
縋りついてくる生徒達を振り切り、別室で薬を調合した。
あれは明らかに、何か強力な魔法にかかっているに違いない。我輩の調合する薬が効けば良いのだが……。
何故我輩が、このような目に遭わねばならんのだ?
非常に理不尽なのだが。
イライラしつつも手際よく調合を進める我輩は、やはり根っからの教師なのだろうと思った。
そして、昼。
ホグワーツは正常な機能を完全に失っていた。
我輩の授業だけではない。他の教授の授業だとて、まともに出来る状況になかったようだ。皆、頬を赤く染めて我輩への愛を滔々と呟く始末だったとか。
廊下に出れば、大勢の生徒達に囲まれ、追いかけられる始末だ。
我輩はお世辞にも好感など欠片も持たれていない教師だと思っていたので、これほどの苦痛はなかった。正直、気味が悪い。
男も女もなのだぞ?鳥肌が立ってくる……。我輩は吐き気を堪えながら、大広間を目指した。
全速力で走る我輩を、大勢の生徒達が追いかける。
いつもなら、廊下を走ったりなどしたら大量に減点してやるところだが、今はそのような呑気な事を言っている場合ではない。
生徒達からは、殺気立つような切羽つまったような感情が見え隠れしていたからだ。
殺される方がまだマシだ。
その後、大広間に着いた我輩は杖を振り、生徒達のゴブレットに魔法薬をつぎ足した。そうして拡大呪文を唱え、大広間じゅうにこう宣言する。
「目の前のゴブレットを飲み干した者には、我輩からのご褒美をさずけよう」
それを聞いた生徒達が、我先に、とゴブレットに口を付け、そして倒れていった。
我輩は安堵の吐息をついた。良かった…薬はきちんと作用したらしい。やはり、これは何者かの悪趣味なイタズラだったのだということがわかったな。
一体誰なのだ?生徒達は皆、倒れてしまっている。当事者がイタズラにかかるわけがない。倒れていない者が、犯人だと思ったのだが……。
とその時。グリフィンドールのテーブルに、一人の女生徒が立っているのが見えた。
その女生徒は、まわりの生徒達を見廻して、今にも泣きそうになっている。
「え?どうして……皆、目を覚まして…!」
ゴブレットを放り捨て、友人であろう生徒を揺さぶっている。床に転がっていったゴブレットからは。何もこぼれていない。薬を飲みほしたはずなのに意識を失わないとは……ということは、アイツが犯人か?!
カツカツと、音をさせながら我輩はその女生徒の元へと近づいた。
するとその女生徒も我輩の存在に気付いたらしい。悪かった顔色が、一気に良くなる。良くなるというか……真っ赤だった。瞳も潤んでいるようだ。
おかしい……薬が効いていない?
「す、スネイプ先生…?」
「何故……薬が効かぬのだ?」
「え…薬……?」
フルフルと震えながら、生徒が答える。
この娘は……レイ・カンザキではないか。このようなイタズラをするような生徒とは思えん。至って真面目な、模範的な生徒であったはずだ。
「我輩がゴブレットに入れた薬を飲んだのであろう?」
少ない確率だが、飲まなかったということも考えられる。たずねた我輩に、頬を染めながらもカンザキは答えてきた。
「あ、はい…飲みました」
「では何故気絶しない。顔も赤いし、瞳もこんなに潤んで……身体も震えているではないか」
まるで、小さな兎のように。
思わず、守ってやりたいと思わせる…。
我輩のその言葉に、カンザキはさらに頬を染めてくる。
「だ、だってそれは…ッ」
「それは?」
口ごもるカンザキにしびれを切らせた我輩は、彼女を抱き寄せた。もったいぶらずにさっさと話せ、と言おうとしたその時。
我輩を見つめてきた、その視線。
魔法にかかっている者とは違う、真っ直ぐなその想いを、感じてしまった。
も、もしや…もしやこの娘は…?
「スネイプ先生……貴方が…貴方がす――」
「やったぜ兄弟!」
「いたずら成功、だな!」
忌々しい双子の声が、彼女の言葉を遮ってしまう。双子め、良い所を邪魔しおって。
しかしこれで、犯人が誰かは一目瞭然だな。
我輩は悪魔的な笑みを双子達に向けると、攻撃魔法を最大で唱えた。
「「ギャ〜〜!!」」
双子はこんな時も一緒なのか。非常に興味深いな…。
黒焦げになりながらぶっ飛んで行く彼らを見ながら、少しだけ胸がスッとした我輩だった。
その後、事実を知った校長に痛いお灸を据えられた双子は、我輩を見るとコソコソと逃げるようになったことは言うまでもない。
そして、あの女生徒だが……。
「そろそろ、休憩にするかね?」
我輩の言葉に、彼女は振り返り照れたように笑う。
「はい、スネイプ先生」
「二人きりの時はセブルス、で良いと言ったはずだ」
そう言って抱き寄せると、レイは顔を真っ赤にして小さな声ではい、と言ってきた。
フム。
一点だけは双子に感謝ですな。
我輩はほんの少しだけ、双子に感謝したのだった。
我輩に、こんなに可愛らしい恋人を引き合わせてくれたことに。
誕生日を祝うという習慣は悪くないのかも…しれんな。
(H26,1,12)
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