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▼ 祝福の仕方

 

誕生日(たんじょうび)は、人の生まれた日、あるいは、毎年迎える誕生の記念日のこと。(Byウィキペディア)


薬学教授の朝は早い。
日が昇る前から、スネイプは起き出して活動しているのだ。無理もない。一つの教科に対し、教授は一名だけである。七学年あるのだ。授業にレポートの評価、試験づくりに寮の寮監の仕事、夜の見回りなども含め、ホグワーツでの教師の仕事は多岐に亘る。
忙しい教師の仕事故、稀に、ごく稀に寝坊をすることが、スネイプにはあった。とはいっても、杖で一振りすれば大抵の準備はできてしまうのが魔法の良い所である。熟練した魔法使いであるスネイプは、寝坊をしたとしても授業に穴を空けたことはなく、誰も、スネイプが寝坊したことを知らなかった。

さて、今日も今日とて、スネイプは寝坊をしていた。
前日、レポートの採点をしている際、〇時を過ぎた時点でスネイプのもとへは沢山のフクロウがやってきたのである。
そのほとんどが、スリザリン生徒の親から来る、お祝いメッセージカードであった。
スネイプはウンザリしながら、それらを読み、返事が必要なものを選り分ける。誕生日を公言したことはないのだが、何故か、どこかから情報を仕入れたらしく、毎年沢山のメッセージカードやら、お祝いの品やらがスネイプの所へ届くのである。前日、それらの処理に追われたスネイプは、レポートの採点を諦めざるを得なかった。予定の就寝時間を大幅に超えていたスネイプは、倒れ込むようにベッドへと向かう。着衣のまま風呂にも入らず、そのまま眠ってしまったスネイプは、寝坊していることに気づかず、朝を迎えた。

静かに、そーっと扉が開かれたのはそんな朝の事だった。
普段ならば、既に起床している時間帯である。私室への侵入者などスネイプが許すはずもない。だが、スネイプは疲れ果て眠っていた。侵入者にとって、それは願ってもないチャンスだったのである。
そおっと、抜き足差し足で部屋へと侵入したレイは、ベッドに突っ伏して眠るスネイプの後頭部を見て、眉を顰めた。

「…?(スネイプ先生って、眠る時も着衣のままなの?)」

ストイックすぎるよね。
そんな訳があるはずがないのだが、普段のスネイプの言動や行動、装いなどを見ているとスネイプが着衣のまま眠るというのも頷けるものであった。
スネイプの側まであと少し、という場所まで近づいたレイは、部屋を見回した。さすが、薬学教授なだけある。部屋の中には沢山の本と、乾燥した薬草が飾られてあった。瓶に詰めてある物、天井から吊るされている物など、様々である。
だからなんだ、とレイは思った。やっと合点がいったのである。
スネイプの身体から匂う香りは、授業だけではなく、私室にも保管してある薬草の香りだったのだ。
実は、私は嫌いじゃないし、とても落ち着くんだけれどね。
そんな事を胸の中で呟くと、レイは笑う。床の上に散乱しているメッセージカードを横目に見たレイは、フン、と鼻息を荒くした。私だって、負けないんだから。
持ってきたトレイを一度机の上に置いたレイは、スネイプに向かって声をかけた。

「スネイプせんせー、起きて〜」

「……」

起きない。
スネイプ先生って、ものすごく寝起きが悪いのかな?
そう考えたレイは、スネイプを揺さぶることにした。通常ならあり得ない事だが、今はレイにとって緊急事態である。なにせ、自分が一番に声をかけなければならないのだ。
今日だけは。
ごくり、と唾を飲み込むと、勇気を奮い起こし、レイはスネイプの肩に触れる。結構しっかりしてる…などと感触を確かめつつ、レイはスネイプの肩を揺さぶった。

「せんせー、スネイプ先生…起きて……」

「…ぐー」

寝息が可愛い。
レイは自分の頬が緩むのを感じた。普段はあんなに陰険でおっかないのに、寝息が子供みたいに可愛いのだ。スネイプが可愛らしいなどという印象を抱く娘は、ここ、ホグワーツにはレイしかいないだろうが。
止せばいいのに、我慢できなくなってしまった。
後にレイは激しく後悔することになるのだが、勇猛果敢が服を着て歩いているかのようだと言われているのがグリフィンドール生である。レイは、誘惑にも抗えなかった。普段は出来ないような事を、この、陰険教授にしてみたい、といういたずら心も働いたのだ。
レイはニンマリと笑うと、スネイプの耳元へ口を寄せ、囁いた。

「お・き・て? ダーリン…」

そうして、耳元へ息を吹きかけてみる。
その行動が、恐ろしい結果になるとも知らずに……。





気がつけば、レイはベッドに寝ていた。
正確には、ベッドで組み敷かれていた。

「はえ?」

どういう状況なのか把握できず、間抜けな声をあげるレイの前には、襟元を崩したスネイプがいた。

「男の寝室に忍び込むだけでもとんでもないのに、ああまでされては男が廃るというものだ」
「え?」

何がどうしてこうなったのか…全く分かっていないレイを見て、スネイプは唇を歪ませ、笑った。
ゾクリ、とレイの背中が妖しざわめく。いつもは見ることのない、スネイプの首元からなんともいえない色香が漂っている。全て脱いでしまうよりも、何倍も、いや、何億倍もアブナイ光景であった。

「いやちょっとま」「待つと思うかね」

慌てて言い訳をしようとするレイの言葉を遮ると、スネイプはレイの首元に唇を押し当て――

「んぎゃー! ギブ! ギブギブーーー!!」

顔を真っ赤に紅潮させ、大声で叫ぶレイ。なんとも色気のないその反応に、スネイプは呆れた。
もう少しなんとかならんのか。喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、スネイプは拘束を解く。ベッドから離れると、あくびをひとつ。

「起きろ馬鹿者」

いつもの口調でそう言うと、スネイプは杖を振る。すると、いい匂いをさせた紅茶がレイの目の前に出現した。
そろそろと起き上がったレイはティーカップを掴んだ。

「あ、ありがとうございます……」
「フン」


数口紅茶を飲んだレイがパニックから回復しだしていた頃。机の上に置いてあるトレイを見たスネイプは眉を顰めた。
まさか、この生徒は……?

「さて…Ms, カンザキ、落ち着いたかね」

「は、はい…すみません……」

スネイプのベッドで小さくなっているレイを横目に見つつ、溜め息をひとつつく。今まで、スネイプが教師になってから、寝室へとやって来るような生徒は誰一人として居なかった。その外見と歪んだ言動、可愛くない性格ゆえにそのような邪な目的を持つような生徒が居なかったのである。
スネイプは腕を組む。この生徒の返事によっては、ダンブルドアへ報告せねばらなかった。彼は喜びそうだ。果てしなくしんどい。スネイプはげんなりした。面倒事はご免こうむりたい。それが正直なスネイプの思いだった。

「我輩のプライベートルームに侵入した理由を、正直に言いたまえ。さもないと――」

「さ、さもないと…?」

両目をこれでもかと見開き、怯えるレイを見て、スネイプは猫なで声で言った。

「新しい魔法薬の実験台にしてやる」「ひぃぃっ!!」


怯えきったレイは、どもり、つっかえながらだがあっさりと白状した。
その理由にスネイプはぽかんと口を開いて固まる。まさか、そんな理由で……?
衝撃から立ち直ったスネイプは、咳払いをした。沈黙が、部屋を満たしてゆく。

「あー、おほん…Ms,カンザキ、それではこの、トレイの中身は…」

「はい、私が作りました」

冷めかけている、朝食の数々を眺めながら、スネイプは顎を撫でる。
まさか、自分に食事を作ろうなどと…しかも、それを誕生日プレゼントにしようなどという輩がいようとは、今の今まで思いもしなかったスネイプである。

「スウェーデンでは、お誕生日は起き抜けに祝うんですって!」

「…我輩は、スウェーデン人ではないのだが」

「そうですけど、ちょっと変わっていていいかなって。起き抜けにお祝いするから、朝食はベッドで食べるんですって!」

寮の子に聞いて、やってみたくなって。
そう言って無邪気に笑うレイに、スネイプは脱力するしかない。

「それに、一番最初に言いたかったんです。誰よりも早く……」

両手を合わせ、そんな破壊力抜群の台詞を、自分のベッドの上で生徒がしている。
信じられん。これは夢か幻か。スネイプは静かに自分の頬をつねった。

「わ、何やってるんですかスネイプ先生」

「…夢ではないようだ」

「夢じゃないですよ! スネイプ先生…お誕生日、おめでとうございます!」

笑顔で言われ、思わずスネイプは言った。

「ありがとう……」


その後、レイは何故かスネイプに叱られなかったし、減点も懲罰もされなかった。
勿論ダンブルドアに報告もされなかった。

「食事に免じ、今回のことは不問に処す。但し……誰にも言うな」

ベッドの上でレイが作った食事をモグモグ食べながら、スネイプはレイにそう言ったのであった。
威厳を持って言ったはずが、スネイプの口の端におかずが付いていたので、可愛さが大爆発していた事は、レイだけが知っている秘密だったりする。


(H31.01.09)


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