あなたは、強くしなやかで黒豹みたいに美しいけれど、その反面触れたら壊れてしまいそうだから。
そしてたぶん私も、壊れてしまうから。
だから私はあなたに触れずにいるのだ。これ以上触れてはいけないと。心を明け渡してはいけないと。
「名前」
だから。呼ぶ声に振り返ることができないのだ。
「僕はたぶん君を許せない」
君が、今言ったことが本当なら。
彼はそう言った。静かな声だった。私は背中越しにいる男のことを思った。
強くて、儚いひと。
今ここであなたに触れてしまったら、あなたは壊れてしまうかもしれないでしょう?
それが怖い私は、沈黙する。
もっと違うかたちで出逢っていたら、なんて。ありきたりなことを考えながら。
けれどきっと、違うかたちでなら出逢わなかった。私たちは。
「名前、」
何も答えない私に、苛立ったように彼が私を呼ぶ。
私はただ前を見据えていた。
ちゃきり、と無機質な音。ひやりとする首筋。押し当てられたトンファー。
彼が、息のかかるほど傍に。
この、美しい獣に咬み殺されるのならば本望かもしれない。
「……君がどうなっても、僕が君を愛している事実は変わらない。」
溜息にも似た呟きだった。
私は驚きを隠せない。こんなにストレートな言葉を言われたのは、これが初めてなのだ。彼に顔が見えなくてよかったと思う。
同時に嬉しさでおかしくなってしまいそうだった。雲雀恭弥に。私は愛されている、のだ。
不意に肩を掴まれ、視界がぐるりと回る。
次の瞬間には、唇にひやりとしたものが押し付けられた。
それが乱暴な口付けであることに、ようやく気付く。この人の唇はいつも、なんて冷たいのだろう。
「……ん…っ!」
反射的に逃げようと身をよじれば、彼の手が私の腰を引きよせ後頭部を抱き、逃げられなくなる。
攻撃的で、憎しみすら感じるような口付けに、私は涙を滲ませた。それは苦しさだったり悲しさだったり、一握りの幸福、だったり。
このまま。触れ合ったところからふたりで溶けて消えてしまいたい。
それが叶わないなら。どうかこのまま窒息させて、ころして。
けれどそれを望むことは許されない。私には。あの、真白い男に魂を引き渡した私には。
それがたとえ、愛しいひとを守るための自己犠牲だとしても。望まぬ運命だとしても。裏切り者の私は、生きて、苦しみ続ける。
名残惜しさを振り払って、抵抗しようともがいた。
あっさりと解放された私は、彼の瞳の黒と対峙する。
「名前」
駄目押しのように名前を呼ばれ揺らぐ自分を叱咤して、私は彼に背を向ける。一歩、二歩、ゆっくりと歩き出す。
ああどうかお願い、あなたの手で終わらせて。私を殺して。どうか。
裏切り者と罵って。君のことなんて大嫌いだと言って。そうすれば私は救われる。救いを求める資格などないのに。
「愛してる、」
願いは届かず、彼の吐き出した言葉に、ついに堪え切れない涙がこぼれた。
「私は、」
足を止める。背中で彼の気配を感じる。
私は。私も。あなたを愛してるわ。愛してる。けれどもう、どうしようもないの。
「私は、あなたを愛したことなんてないわ」
さいごの嘘に、私は願いを込めるだけ。
Because I love you, I don't love you.
(どうか私を許さないで)
riho様に捧げます。
(090926)
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