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『杏里ちゃん、怒ってる?』

そんなトド松のメッセージに『怒ってる』の一言のみを返した。
それからは既読が付いただけで、トド松はおろか他のみんなからも連絡はない。ここしばらく顔を合わせてもいない。

「やっちゃったなぁ…」

全く動きのないトーク画面を見ながら、私は後悔に苛まれていた。

この間、ちょっとしたことで六つ子と喧嘩別れみたいになってしまった。
六人のイタズラを見抜けなくて恥ずかしい思いをした私が拗ねて帰った、というのが簡単な事の顛末だ。
恥ずかしさのあまり、きっと謝るために連絡してきただろうトド松にも、勢いで怒ってるなんて言ってしまった。
そこから音沙汰なしになってしまって後悔している。
いや、今も顔合わせるの恥ずかしいは恥ずかしいんだけど、こうずっと会えないと寂しさも募る。
私がもう怒ってないよって言えば解決するのかもしれないけど…『怒ってる』って返したことで今度はあっちが怒ってたりして。こんなことで拗ねてんじゃねーよって。そう思い自分から連絡するという勇気は出なかった。
こんなの初めてでどうしたらいいのか分からない。あっちだってゲームとしてのノリでやったことなのに、つまんないことで意地になっちゃったな。
どうしよう。

「はぁ…」

気分転換に最近見つけたおしゃれなカフェに入ってみたはいいものの、途切れてしまったやり取りがどうしても気になる。
テーブルの上には注文したホットサンドとコーヒーと一緒にスマホが並んでいる。自分からは六つ子の誰にも連絡してないのに、何か反応はないかってスマホばかりちらちらと見てしまう。
もう、気になるんだったら自分から何か送っちゃえばいいのに。このままだとらちがあかないし、あっちはもしかしたら私のことなんか全く気にしてない可能性だってある。
……よし…メッセージを送ってみよう…!
この単純な決断をするのに何日かかったことか。
大きく息を吐いて背筋を正して、アプリを開く。
何を送ろう…ハイテンションで『久しぶり〜!今話題のカフェに来てるよ!』って感じで、さりげなくもう気にしてないよアピールをする?
でもあっちが怒ってたら「何だこいつ」ってなるよね。情緒不安定かよって思うよね。
第一こないだも何も言わずに勝手に帰っちゃったし、気分屋でめんどくさいって思われたらやだな。
じゃあ『この間はごめんね』とか?
ああでもあっちがもう全然気にしてなかったら「何のこと?」ってなるよね自意識過剰な感じになるよね…!
『何が?』とか返ってきたら本当に一人でずっと恥ずかしい思いしてただけみたいになっちゃう。
そしたらこの話を兄弟で共有されて、「まだ気にしてたのかよ〜」っておそ松がへらへら笑いながら言ってきそう…
いやいやだめだ、仲直りの連絡がしたいのに想像で心折れそうになってどうすんの。
冷静になるために、一旦スマホを置いてホットサンドにかぶりつく。
あ、おいしい。とろけたチーズとハムの塩味が絶妙。
シンプルな具材しか入ってないのに話題になるだけのことはある。
トド松はここのカフェのこと、もう知ってるかな。来たことあるかな。トド松のことだから既に知ってそうではあるけど。
さっきメニューを見た時に、トド松の好きそうなものがあるなと思ったことも思い出した。知らなかったら教えてあげたい…
その時私はひらめいた。
そうだ!写真送ろう!
メッセージなしで、画像だけを送ってみよう。
もしいい反応もらえたらそのまま会話続けて、流れでもう気にしてないって伝えよう。
あんまり良くない反応だったら…別の子に送ろうとして間違えた、って言い訳しよう。
我ながら卑怯なやり方かもしれない。でも今の私のメンタル的には、これが一番の方法だ。
よし、それじゃこの食べかけじゃない方のホットサンドを撮ろう。
見栄えがいいようにお皿を回して、カメラを起動させる。トド松は写真撮るの上手いから、私もなるべく上手に撮ろう。
カシャ、とシャッター音がして、黄色とピンクの中身が綺麗に写った写真が撮れた。明度と彩度を少し上げてからトド松に送ろう。
しかし画像編集アプリを開いた時、なんと当のトド松から新規のメッセージが来た。

「えっ、えっ、うそ…!」

思わず声を出してしまった。
今写真送ろうとしてた相手から連絡来るなんてある!?何この偶然…!
あ、でも送られてきたのは画像…?
気になって編集アプリを閉じ、その画像を見てみる。
するとそこには、どこかの家の塀の上に丸まって寝ている茶色と白のまだらの猫の写真が貼られていた。ちょうど顔がこっちを向いていて、気持ち良さそうにふにゃんと閉じた口が可愛い。
この写真だけでメッセージは何もない。何だろこれ…?
でも既読付いちゃったし、何か反応しないと。
ドキドキしながら考えた末、『可愛い』という一言しか送れなかった。ただし無愛想だと思われないように、ハートの絵文字を添えて。
ありがたいことに返事はすぐに来た。

『だよね〜!しかも白の部分と塀の割れ目でハートに見えない?』

あ、ほんとだ…!
猫の白い模様とその下の塀のひび割れが、どちらもハートの片割れのような輪郭を作っていて、その二つがちょうど絶妙な位置で隣り合っている。

『見える!ほんとだすごい!』
『ジョギングしてて見つけたんだ。すごい偶然だよね!』
『奇跡だね!トド松ついてるねー』
『えへへでしょ〜?杏里ちゃんにも奇跡のおすそわけだよ!』
『やったね!ありがとう』
『どういたしまして〜』

普通に会話が続けられてる。トド松もいつも通りだ!
嬉しくなってにやけるのをスマホで隠しつつ、私もホットサンドの写真を送る。加工なんてしてる間も惜しいので撮ったままを送った。

『今赤塚二丁目にあるカフェに来てるんだけど、トド松知ってる?これめっちゃおいしいよ』
『あー!僕も今度行こうと思ってたとこ!花屋の隣でしょ?』
『そうそこ!やっぱ知ってたかぁ』
『え今杏里ちゃんそこいるの?』
『いるよー』
『僕も今から行っていい?』

願ってもない久しぶりにトド松に会えるチャンスだ。
『待ってる!』とスタンプと共に返すと、『すぐいく』と秒速で返ってきた。
ああ良かった。何もなかった感じでまた元通りにできそう。少なくともトド松とは。
トド松が来たら他のみんながどうしてるか聞いてみよう。
憂鬱はすっかりどこかへ行ってしまって、嬉しさのあまりケーキを追加注文した。
二十分ほど心の中で鼻歌を歌いながら待っていると、『杏里ちゃんまだいる?』とトド松からメッセージが来た。
『いるよ!』とメッセージを打ち込み、店の真ん中辺りの席に…と続けて書こうとしたら、不意に肩を叩かれる。
反射的に振り返ると、ふに、とほっぺたに何か食い込む感触。

「えへへ、来たよ〜」

連絡が途切れる前と全然変わらない、にこにこしたトド松の柔らかい指が私のほっぺたをつついていた。子供みたいなイタズラに、私も抑えていた笑みがこぼれる。

「トド松!」
「お待たせ〜。あ、ケーキ食べてる」

僕も何か食べよ、なんて言いながら私の向かいの席に座るトド松。しばらく連絡取ってなかったのが嘘みたいに自然な再会だ。

「さっきメニューにね、トド松の好きそうなやつ見つけたよ。えーと、これ」
「うわおいしそう〜!僕がアボカド好きって覚えててくれたんだ」
「えへへ、うん。これ絶対おいしいよね」
「じゃあこれにしよっと。すいません、これと…ローズヒップティー」

メニューを閉じたトド松は頬杖を付いて店の中を見回した。

「初めて来たけど雰囲気いいとこだね〜」
「ねー。味もいいよ、ホットサンドめっちゃおいしい」
「今度来た時はそれにする。また来ようよ杏里ちゃん」
「うん来よう来よう。それにしても久しぶりだねトド松」

何気なく口にした瞬間、トド松は少しそわそわした風になって椅子の上に直った。

「…あ…あのね、僕杏里ちゃんに言わなきゃって思ってたことがあって…」
「何?」

ケーキを一口食べながら聞くと、トド松はテーブルの上に両手をぱしんと付いた。勢いよく下げた頭がごちんと音を立てて、食器がびりびり震える。

「ほんっっっ………とーにすいませんでしたっ!!」
「え…?……あ、こないだのこと!?いいよいいよ!私もう気にしてないって言うか…!」

普通に接してくれたのが嬉しくてもう気にしてないものと思っていた。トド松、私が思うよりずっと引きずってたのかもしれない。お皿を脇にどけて慌てて弁解する。

「私こそごめん、こないだは勝手に帰ったりして」
「ううん、杏里ちゃんが怒るのも無理ないもん。騙すような真似しちゃったし」
「う…まあ、慣れないことやって恥ずかしかったけど、あくまでゲームだったんだから私も普通に流せば良かったんだよ」
「いや、後で聞いたよ。おそ松兄さんがからかうようなこと言ったんでしょ?」
「ああ、まあ…」
「ほんっと空気読めないっていうか、デリカシーってもんがないんだから…」

呆れるような口調で言い捨てたトド松ははっとした顔になって、「でも乗っかった僕も僕だよね、ほんとごめんね」とばつが悪そうに謝る。

「ううん、いいよ。ほんとはそんなに怒ってないの。勢いでああ言っちゃって…」

自分も正直に胸の内を明かすと、「そうだったんだ、良かった」とほっとした顔になってくれた。

「あの…さ、この際だから言っちゃうけど、あの後兄さんたちと長い会議開いてさ、みんなで謝りに行こうって言ってたんだよ」
「そうなの?」
「そう。それで僕がまず杏里ちゃんに…言い方悪いけど、探りを入れたんだけど」
「あああれ、そうだったんだ」
「うん。そしたら返ってきたのが『怒ってる』の一言だけで、絵文字もスタンプもなかったでしょ?それ見て全員撃沈して」
「ははは」

六人で顔を寄せ合ってトド松のスマホを覗いている様子が目に浮かんで笑いがこぼれた。

「笑い事じゃないよ〜!もうほんと、杏里ちゃんに一生会えないと思ったんだから!」
「ごめんね」
「杏里ちゃんが謝ることじゃないからいいんだけどさぁ…」

運ばれてきたローズヒップティーに口を付けて、「でも良かった」とにっこり笑うトド松。

「こうやって杏里ちゃんとまた会えて」
「他のみんな、怒ってたりしてないんだ」
「してないよ〜。むしろ僕みたいにどうやって謝ろうか考えてると思う」
「そうなんだ…私から連絡取りに行った方がいいのかな」
「いや、待っててあげてよ。あの人たちにしちゃ珍しく真剣に考えてるみたいだからさ」
「そうなの?」
「そうそう。それに杏里ちゃんから連絡取られちゃったら、僕の勇気はどうなるの?ちょっとぐらい不安がらせといた方がいいよ、日頃の恨みもあるでしょ?」

そっちが本音か、とすました顔でティーカップを置くトド松を見て笑った。
うん、でもこの感じ。連絡が途切れている間、私が望んでいたものだ。
久しぶりのトド松とのお喋りは弾み、ずいぶん長居してからカフェを出た。帰り道、珍しくトド松が十四松のように大きく手をぶらつかせながら私の二歩先を歩く。

「帰ったら自慢するんだぁ〜」
「自慢?何を?」
「僕はもう杏里ちゃんと仲直りしたからねって。焦らせてやろ」
「トド松ってばトド松らしいね」
「何それ?」

トド松が一瞬笑いながら振り向いて、また前を向く。その後ろ姿にイタズラしたくなって、そっと後ろから近付いて肩を叩いた。

「ん?っ…んんん!」

私の指の形にほっぺたをへこませたトド松が目をぱちくりしながら声を上げる。

「えへへ、さっきのお返しだよ」

そう言うと、トド松は呆然としたようにつつかれたほっぺたに手を当て、「…ありがとう杏里ちゃん」と呟いた。

「何がありがとうなの?」
「女の子からされるのってすっごいリア充っぽい…」
「さっき自分もやってたじゃん」
「僕からやるのと女の子からされるのとじゃ全っ然違うよ!」
「あ、そうなの…?」
「感触が違う!」
「そりゃやる方とやられる方じゃ違うと思う…」
「そうじゃなくてっ、心の中の感触!」
「んー分かんない」
「ですよねー」

軽口を叩き合いながら歩く足取りは、カフェに来る前と違って軽い。
隣のトド松は写真の猫みたいなふにゃんと緩んだ口になって、「仲直り第一号の特権だな〜」と言った。



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