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家からはちょっと遠い、ネットで見たおしゃれな美容院まで足を伸ばしてみた日のこと。
流行りの髪型っぽく切り、仕上げにワックスで整えてもらった。この後何か用事があるわけでもないのにばっちりきまったスタイルだ。
でも久しぶりにヘアスタイルに気を遣ったから、女子力が上がった気がする。女の子で良かった、なんて柄にもなく思ったりして。
うきうき気分で美容院を出て大通りのバス停へ向かう。今日は風がないから、バスを待つ間髪型が崩れる心配はなさそうだ。
数分待って来たバスに乗り、一番後ろの左の窓際に座った。ガラスに映る自分の髪型を横目で見て自己満足に浸る。
そういえば家にワックスとかなかった気がする。ついでに買って帰ろうかな。景色を眺めつつそんなことを考える。
いい天気でみんなドライブしたくなるのか、しばらくして渋滞に巻き込まれた。赤信号の長い信号に引っ掛かったようで動かない。
特に急いでもないし、のんびりと座席に身を預けていると、前の路地から知っている人が姿を現すのが見えた。
カラ松とバイクを押しているチビ太だ。
へえ、チビ太ってバイク持ってたんだ。あ、あれバイクっていうかスクーターかな?どっちにしろ意外かも。
ハーフヘルメットを頭に乗せたチビ太といつも通りのツナギのカラ松は、角のところに立ち止まってお喋りをしている。
表情を見る限り、カラ松がまたよく分かんないことを言ってチビ太がツッコミを入れてるみたい。チビ太、完全に呆れてる顔だよ。何言ったのかなあカラ松。
信号が変わったらしくバスが動き始めた。それでも歩道を歩く人に追い越されるぐらいの鈍い動きだ。ここの信号を越えるまでは多分こんな状態なんだろうな。
二人のいる路地をぴったり過ぎたところでバスは止まった。さっきよりも近くで二人を見ることが出来る。
あのスクーターチビ太の自前なのかな、なんて考えながら見ていると、チビ太の視線がこっちを向いた。目を凝らしている。気付いたかな?
軽く手を振ると私だと気付いてくれたらしく、カラ松に何か言っている。「おい、杏里がいるぞ」かな、口の動きとしては。
「えっ?」て感じのカラ松が振り向いた。見つけられないらしく視線をさまよわせてる。
チビ太がこっちを指して何か言い、ようやくカラ松の目とばっちり合った。カラ松にも手を振る。
カラ松は一瞬ぱあっと嬉しそうになった後、すぐに顔が強張った。
あれ、どうしたんだろう。髪型変だったかな…崩れて、はないよね。
ガラスでちらりと確認している間に、カラ松は焦ったようにこっちに近付いてきていた。
と同時に信号が変わったようで、バスがゆっくりと走り出す。一応ばいばい、と手を振っておいた。
今回は信号を過ぎれそうだ。さっきよりもスムーズに走り出したバスに揺られる。景色の流れも早い。
さて、ドラッグストアってこの辺にあったかな。スマホで検索すると、だいぶ先のバス停で降りないとないことが分かった。
まあいっか。しばらくドライブ気分でいよう。
ウォークマンのイヤホンを付けて音楽を再生すれば、青空に似合うそよ風のような優しい声のボーカルが流れてくる。
窓に軽く頭をもたれさせて、変わりゆく遠くの景色をぼんやり眺めているうち、音楽の他に何か別の声がうっすらと聞こえ始めた。
前の席に座っている小さな男の子が、窓の外、バスの後方を指差して隣のお母さんに何か言っている。
つられて視線を移した私は、思わず「うわ」とこぼしてしまった。
カラ松がさっき見たチビ太のスクーターに乗って追って来ている。

「えええ…」

イヤホンを外してよく見ればチビ太は乗っていなかった。えー、置いてきたの…?
カラ松はちゃんとチビ太がしていたヘルメットを被っていて、こっちに向かって必死そうに叫んでいる。風の抵抗とかあるだろうに。
私が見ていることに気付いたカラ松は、私のいる窓の側ぎりぎりまで近付いてきた。「待ってくれ」って言ってる…?

「てか並走危ないから…!」

思わず出てきた大きい独り言が前の男の子に聞こえたのか、後ろを振り向かれた。ちょっと恥ずかしい。すぐさま降車ボタンを押した。
次の停留所が近付き、バスがだんだん減速していく。
停留所を指しながら「次で降りるから」と口パクすると、伝わったのか真剣な顔のままこくこくと頷いた。てか前見て!前!もう…!
アナウンスが流れてバスが緩やかに停車する。カラ松も少し後ろの方に止まったみたいだ。
急いで鞄を持って降車口へ。バスを降りるとふわっとアスファルトのにおいがした。

「カラ松…!」

スクーターを降りてきたカラ松の元へ行けば、「杏里!」とヘルメットを取るやいなや流れで綺麗な土下座をされた。

「えっ、ちょっ」
「すみませんでしたァッ…!!」
「や、やめてやめて!何!?え!?」

大の大人が路上で頭を地面に打ちつけている光景はあまりよろしくない。しかも昼間の往来、通行人もたくさんいる。
慌ててカラ松の頭の前に膝を付く。

「どうしたの?ねえ頭上げて…!」

肩に手をかければ、若干潤んだ目のカラ松が恐る恐る見上げてきた。

「…怒ってない…のか?」
「何を怒るのさ、もう…顔も服も汚れちゃうよ、ほら立って」

腕を優しく引き上げると、情けなさそうな顔をしてのろのろと立ち上がった。
ヘルメットを小脇に抱えてしょんぼりと佇むカラ松は、私より背が高いはずなのに小さく見える。とりあえずハンカチでおでこを拭いてあげた。

「びっくりしたよ、それチビ太のだよね」
「ああ…」
「勝手に乗ってきたの?」
「一応借りるとは言った」
「ならいいけど、わざわざ今追って来なくてもいつでも会えるのに」
「し、しかし…時が経てば経つ程取り返しのつかないことになってしまうだろう?」
「えっと…私何かしたかな?」

カラ松に疑問を投げかけたすぐ後で思い出した。
そうだこの間六つ子とケンカ別れ?みたいなことがあったんだった…!
あれからトド松だけには会えて、みんな怒ってないよって聞いたものだからそれですっかり安心しちゃってた。
トド松以外には、まだ私に許されてないことになってたんだ…

「あー、えーと、ごめん思い出した…私もう怒ってないよ?というか、怒ってるっていうよりは恥ずかしかっただけっていうか…」
「そう、なのか?」
「うん。こっちこそ意地張っちゃってごめんね?」
「いや、それはもう気にしないでくれ。しかしトド松からは相当キレていると聞いていたんだが…」
「そんなことないって」
「直接顔を見せて謝らなければ一生会ってくれないと聞いた…」
「トド松め…」

前回会った時に「兄さんたちなんか困らせとけばいい」みたいなこと言ってたなそういえば!
そのせいでカラ松はあんな必死になって私を追ってきてたのか。ちょっとどころではなく同情する。

「とにかく、私はもう何とも思ってないからね!大丈夫!」
「そうか…!」

ぱっと晴れやかな顔つきになったカラ松は、もったいぶって前髪をかき上げた。

「フッ…それでお前は、こんな所で何をしていたんだ…?」
「いやここに用はないけどね。カラ松が来てたから急いでバス降りただけで」
「ふふん、やがて二人は惹かれ合うデスティニー…!」
「意味分かんない」

さっきのしおらしい態度はどこに行ったんだ。片手でくるくると前髪を弄ぶカラ松を見てたらおかしくなってきて笑ってしまった。

「カラ松ってバイク乗れたんだねー」
「まあ、な…乗ってみるか?」
「バイクの免許持ってないから…」
「なら乗せてやる」

カラ松がシートを開けると、もう一つヘルメットが出てきた。これ二人乗りのバイクだったんだ。チビ太がこういうの選ぶのって意外かも。
え、まさか彼女できたとか!?

「杏里」
「わわ」

自分の想像に衝撃を受けていたら、カラ松にヘルメットを被せられた。あー、せっかくセットした髪が…まあいいか。
顎の下でベルトを締めて、「カモン、カラ松ガール」と示された後ろのシートにまたがる。
前一度おそ松と自転車二人乗りしたことがあったけど、バイクもバイクでちょっと怖いな。

「用意はいいか?」
「うん、あんまりスピード出さないでね」
「オーケー、しっかり掴まってなハニー」

腰に手を回してカラ松に体をくっつけると、すぐにエンジンがかかってゆっくりと走り出した。徐々にスピードが上がっていく。
速い。当然だけど自転車の比じゃない。
バスに乗ってる時よりも遅いけど、風が生身の体に当たるから臨場感がすごい。掴まっているカラ松だけが頼りだ。肩甲骨の辺りに顔を寄せて、あまり風が顔に当たらないようにした。

「カラ松ー!」
「んん?どうした?」
「速いよー!」
「そうは言っても、これ以上速度を下げると周りに迷惑だからな」
「そっか、それもそうだ」
「杏里、どこか行きたいところはあるか?このままランデブーと洒落こもうじゃないか」
「えー、そうだなー…とりあえずチビ太んとこ行かない?」
「ゴールを他の男にするなんてお前もなかなか罪作りな女じゃあないか、んん?」
「いや、チビ太だよ?」
「フッ…それもそうだな」
「カラ松もなかなかひどいよね」

自分の笑い声が景色と共にさっと風に流れていく。こういう感覚は気持ちいいかも。
でもこの状況、カラ松を頼りがいのある男かのように錯覚させるからちょっとドキドキする。カラ松の背中って思ってたより広いんだな、なんて少女漫画に出てきそうな台詞をカラ松に対して思うことになるなんて予想外だ。
カラ松は私のことなど気にしてないみたいに、有名な曲を口ずさんでいる。
多分バイクに乗ってる俺かっこいいとか、そんなことしか考えてないんだろうなこいつ。ちょっとしゃくなのでもっと体を密着させてやった。

Uターンをしてチビ太を探しながら走っていると、ほどなくして歩道を歩くチビ太を見つけた。
名前を呼んで手を振れば、おでこに手を当ててため息をついている。
チビ太の側にバイクを止めると何だか疲れた顔。

「お前なぁ…急にバイク持ってくんじゃねーよ」
「え、借りたんじゃなかったの?」

肩越しに聞くと「ああ、借りると言ったぜ?」と自信たっぷりな返事が返ってきた。

「いや完全に走り出してからだろそりゃ!杏里見つけたと思ったら焦った顔してあっという間にバイク引ったくって行きやがって、ったく何事かと思ったぜバーロー」
「そうだったんだ、それはなんかごめん」
「何で杏里が謝んだよ。原因はこいつだろ、こいつ」

親指で指されたカラ松はなぜか得意げに、指で音を鳴らすような仕草でヘルメットのベルトを外した。かっこつけられるチャンスを逃さないのは、まあすごいと思う。
私もベルトを緩めながら、「そういえば」と口を開く。

「チビ太、彼女できた?」
「は?んな暇ねーよ。おいらはおでん一筋だからな」
「そうなの?何でこんなの持ってんのかなって思ってさ、二人乗りのスクーターなんて」
「…店で一番いいやつがたまたまそれだっただけだ」
「そうなんだ。いいね、たまに乗せてよ」
「おお、いつでも乗りに来な」
「杏里…わざわざチビ太に頼まなくとも、俺がいつだってオールウェイズ乗せてやるぜ?」
「あはは、でもこれチビ太のでしょ」

言いながらバイクを降りた途端、チビ太が吹き出した。

「お前今あからさまに残念そうな顔したなぁ」
「え?」
「カラ松だよカラ松」

振り返ると少し眉の下がったカラ松が素早く表情を元に戻したところだった。
また私をバイクに乗せようと思ってくれてたってことかな。だったらちょっと嬉しい。

「後ろ乗せてくれてありがとね、カラ松。楽しかったよ」

声を掛けるとカラ松の表情が一瞬で緩む。こういうとこ素直なのにな。

「またバイクでどっか連れてってよ」
「!…フッ、次はもっと忘れられないメモリーオブカラ松をお前のハートに刻むぜ…!」
「わけ分かんねぇかっこつけ方すんなっての…お、杏里髪型変えたか?」
「えっ、あ、分かる?」
「おう、ずいぶん雰囲気変わったじゃねぇか。いい感じだぜ」
「えへへ、ありがと」

ヘルメットで崩れちゃってても分かるもんだなぁ!
照れて前髪を撫で付けると、バイクから「え?」という意外そうな声。

「杏里、髪切ったのか?」
「………やっぱりカラ松とはもう二人乗りしない」

ヘルメットをチビ太に返して、ちょっとむくれて早足で歩き始める。
すると一拍おいて、後ろからエンジン音と焦る声。

「ま、待ってくれ!ウェイト!違うんだ杏里!これはそう!あれだ!お前が眩しすぎて!」
「おいカラ松!バイクは置いてけバーロー!」

すぐに隣にエンジン音が並び、後ろからは怒る声。英単語混じりのむずがゆい誉め言葉を浴びせ続けられるのに耐えられなくなり、結局足を止めてしまった。
けど痛さもナルシスト感もない心底ほっとした顔のカラ松を見るともういいかって思えちゃう辺り、なかなかカラ松に甘い気がする、私。



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