花と獅子

荘厳なる反逆


あまね様と煉獄様との夕食は話も弾み、久方ぶりに時間を忘れて楽しむことができた。道中のこと、御館様のこと、ご息女のこと、煉獄様のご趣味や仲間の隊士のこと、お二人から聞く話はどれも非日常的で新鮮だった。それに同じ志を持って、むしろ自分よりも危険な前線で刃を払う煉獄様の話を聞くことは、弱音を吐く自身に対しての戒めになった。あまね様の慈悲深い思いは、心を清く保たねばならないと思い出させてくれる。

 わたしは鬼殺隊に深く関わりながら、一番鬼から遠いのだ。こうやって鬼殺隊の方々と話している間は鬼を幻想ではなく、実在する厄災として感じられた。しかしそう感じる度に口では鬼殺隊の為にと大仰に言っておきながら、結局私はその程度なのだと、諦めにも似た感情が去来する。

 余計なことを考えるのはやめよう、と思考を止めて煉獄様とあまね様の会話に耳を傾ける。

「そろそろ煉獄様も柱に就任されるのではないですか?」
「はい、炎の呼吸も最後の型までやっと物にできそうです」
煉獄様は誇らしげに右手を握って笑みを深くされた。

「では炎柱様におなりになるのですね」
剣技に関しては全く知識がないが、歴代の様々な呼吸の使い手がいたことは聞き及んでいる。炎の呼吸の剣士だと、資料では知っていたがその剣は私の前で抜かれることはなかった。

「えぇ、父が引退してからは空席なので…早く埋めなくては、と思っています」
「煉獄家は代々柱を輩出されているお武家の家柄なんですよ」

 あまね様の言葉で、皆が皆、鬼への憎しみから剣を持ったわけではないのだと思い出す。家業としての鬼狩りがいるとは聞いていたが、煉獄様がそうだったのか。

「それはとても素晴らしいことですね。志を継いで下さってお父上もさぞ喜びでしょう」

 私の言葉に煉獄様は何も言わず頷かれたが、朗らかだったお顔が曇ってしまった。人の機微には敏感な方だと思っていたが、今日は少し浮かれてしまったのか言葉を誤ったようだ。

「・・・すみません、お気に触ることを申しましたか?」
「いや、そんなことはない!ただ、貴方が言ったように、、そうであればいいと思っただけで・・・とにかく、そうやって落ち込むようなことではない!」
さぁ食事がまだ残っているから頂こう、と朗らかに笑みを向けて下さる煉獄様は本当にお優しい。
「珍しい、、煉獄様の慌てるお姿など、あまり見れません」
あまね様のからかいを含んだ声に、煉獄様はいまいちどこを見ているのかわからない目を瞬いた。
「ご内儀、あまり虐めないで頂きたい!これでも緊張しています」
ふふふ、と上品に笑みをうかべるあまね様は、大人の笑み一つで抗議の声もすべてを包んでしまった。明るいお顔に戻った煉獄様とあまね様にほっとして、食後の暖かいお茶の準備を目線で頼む。

 鈴音をはじめみんな私の目線だけで言いたいことの半分をわかってくれるようになった。私の周りのメイドたちは隠でありながら、松方家専属で働いてくれている。もともとは皆、鬼のなんらかの被害に会い行き場のなかった者たちだ。貴族社会などとも縁がなかった鈴音たちは、当初はうまく行かないことが多く、家族からも側仕えに慣れたものに仕事をさせるように勧められたが断固として拒否した。私は彼らが隠をやめても生きていくすべを持ってほしいのだ。松方の家で働いていたといえば、どこのお屋敷でもおいてもらえるだろう。最近流行りのカフェで給仕もできるだろう。言葉遣いや仕草は、一朝一夕では身につかない。そうやって身を立てるすべを持っていれば、今後、この鬼との戦いが終われば晴れやかに自身の人生を歩んでいけるだろう。
そんな小さな願いをこめて私は彼女たちを可能な限り引き取った。

「ゆき様、どうぞ」
鈴音は慣れた手つきでティーポットから紅茶を注いでくれた。
セイロンの香りが部屋に広がって、夜の気配が少し和らいだ気がする。
「セイロン、とっても上手に淹れられているわ。美味しい・・・」
感想を言うと、鈴音のそつのないツンとした顔に照れた笑みが浮かぶ。

「美味しかったです・・・洋食もいいものですね」
「お口に合いましたか?最近我が家の料理人は洋食に凝っているようで、お二人が気に入ってくださったとお話しすればきっと喜びます」
「うむ、どれもよかったが特にコロッケは本当にうまい!!」
煉獄様はまるで力士のようなとんでもない量を召し上がるので、初めは見ているだけでこちらが食べれなくなってしまったし、料理長も卒倒していた。だが彼は今ではそんな煉獄様を満足させることに情熱と喜びを見出しているようだ。

「わずかな時間ですが、こうしてお二人を直接おもてなしできてよかったです。明朝は私は見送りに立てませんが、日が昇ったらすぐにご出立できるよう家のものには伝えております」
「こちらこそ・・・それにゆきの元気な声が聞けて私も安心しました」
あまね様は大きな瞳を細めてそっとその白魚のような美しい手で私の手を包んでくださった。
「あまね様・・・ご心配をおかけしてしまいましたか?」
人前にあっては決して仮面を脱がない自分自身を振り返る。公爵家の娘として求められる役を演じるのは慣れれば簡単なことだった。
「貴方はかわいい妹のようなもの・・・いつだって姉は年下のものが心配なのですよ」
そういって微笑むあまね様は天女のようだった。女学校で先輩をお姉様、とお慕いする女学生の気持ちがよくわかる。

「私も、いつも御館様とあまね様のことを祈っています。どうかいつまでもお健やかにお過ごしください」

 私もあまね様の手を両手で包み返す。その手の中にある柔らかく温かいものが幾久しく光り続けるように。それを守ることができるなら喜んでこの身をさし出そう。剣も握れない私は盾にもならないだろうが、この立場と私の人生の全てを掛けてお仕えしよう。

ゆっくりとあまね様の手を解いて側で見守っていた煉獄様に体をむけて、頭を下げる。
「煉獄様・・・毎度、人の目を欺くためとはいえ、あのような席に出席していただき申し訳ありません。あまね様を御館様の元へお帰しするまでどうかお守りくださいませ。どうか、ご無事で・・ご武運をお祈りしています」

顔を上げて背の高い煉獄様に目線を合わせると、お日様のような瞳が爛々と輝いていた。
「ありがとう。貴方もどうか御身を大切に」
優しい声は低く、心の奥まで染み渡るようだった。

「ではおやすみなさいませ。良い夜を」



 鬼殺隊の剣士達は決して次に会うことを約束しない。また、という言葉ほど嘘になるから。言葉が見つからないから、いつも見送りには立てない。

 早朝の屋敷に響くドアが閉まる音と、人力車の音を聴きながら、もう一度生きた彼に会うことはあるのだろうかと考える。ぎゅっと目を閉じると、昨夜の煉獄様の燃えるような光が瞼の裏に浮かんだ。