花と獅子

清廉なる蹂躙


松方ゆきはあまねの女の目から見ても昔から可愛らしい女の子であった。初めて顔を合わせたのは結婚式の前、結納の時だったか。先代からの顔見知りである彼女の祖父に手を引かれ行儀よくお辞儀したゆきはあまねを見てぽうっと、綺麗、と感嘆の賛辞を述べてくれた。
振袖姿のゆきは今よりずっと幼く、けれど家名を背負ってしゃんと背筋を伸ばし口上を述べていたのが可愛らしく微笑ましかった。

「松方の家は古くから鬼殺隊のために尽くしてくれているんだよ」
耀哉はそう言って、いくつかの帳簿をあまねに差し出した。
神職のあまねにとって数字の列は見慣れなかったが、どれもこれも相当な桁数のものであった。

産屋敷がもつ先見の明を実際に形にし運営する。
実社会における事業の登記や、必要な物資の調達、隠や隊士を雇用した形で企業をつくるのだ。鬼殺隊という政府非公認の組織の資金源となり、見せかけの企業をでっちあげ資金や人、ものの流れを自然に見せる。その始まりはいったいいつからなのだろうか。
剣を持たず、ただの一般人としてできる限りの全てを任せられた<奥>という組織を、松方家は綿々と受け継いでいる。

「全ては御館様の先見の明あってこそです。私たちはただそれを維持しているだけですよ」
貴族院に名を連ねるゆきの祖父はその身分とは対照的に謙虚な人柄が窺い知れた。
「それができることが、どれほどのことか私はよく分かっているつもりだ」
耀哉が、ありがとう、と礼を言う。

それから暫くして耀哉はあまねに奥との連絡を任せてくれた。奥の者たちは様々な職種で屋敷の周りの町で暮らしていた。資金が必要であれば用向きを聞かずとも翌日にはあまねの前に揃い、隊士の弔いのために寺社仏閣へもすぐさま手配を入れてくれた。
人員の手配から鬼に襲われた身寄りのない子供たちの保護、柱の屋敷に必要な物資の手配などどんなことでも産屋敷が言えば手を回す彼らをあまねも頼りにするようになった。
隠と奥は互いに見分ける術があるようで、奥のものが直接あまねの前に現れることはなかったが、唯一奥を束ねる松方の家の者たちは定期的に会うようになった。

ゆきが奥のまとめ役になったのは彼女が十五の時だった。
祖父が亡くなって、一月も経たぬうちに真っ黒なベールを被り産屋敷の門を叩いた彼女は、鬼殺隊の手足となることを誓約し耀哉とあまねに頭を垂れた。

「若輩者のため、至らぬところもございますが誠心誠意お支えすると誓約いたします」
「よろしく頼むよ」

耀哉がそう言ってゆきの手を取ると、彼女は強い意志を持った目で一つ、小さく頷いた。


事業の業績と人員の増減、調達物資の相談など淀みなく話したゆきは一度言葉を切ったところで、タイミングよくメイドがお茶を運んできた。
杏寿郎とあまねにお茶を勧めたゆきは柔らかく笑いメイド姿の少女に礼を言う。

「いいお茶ですね」
「ありがとうございます、前回あまね様に褒めていただいたので同じ茶屋のものを探しました」
あまり流通量が多くないようです、と眉を下げた彼女は、隣に座る煉獄様にも如何ですか?と問いかけた。

「あぁ、うまい!もう一杯頂きたい」
「もちろんです」

先ほどまでは抑えていた彼本来の張りのある声に、ゆきは手元の急須に湯を足し煉獄様の湯のみに継ぎ足す。
それもごくりと飲み干した煉獄様は「うまい!うまいな!君が淹れるからうまいのか?」と褒めていた。
「ありがとうございます」と返すゆきは、視線をあまねに向けて面白い方ですね、小さく呟いた。

休憩を終えると、ゆきはいくつかの小切手や株式証券をあまねに説明し、全て封筒に入れて手渡す。
1人では使い切れないような金額のそれを、大事にうけとった。これも全て、戦う術を得られなくとも鬼に抗うものたちの成果である。こうやって何百人、何千人の人の絆が築いた歴史にのって鬼殺隊は目立たずひっそりと存続できるのだ。

ちょうど日が傾いてきたところで、彼女は時計に目をやると17時をまわったところだった。
そろそろ終わりだろうとこちらも肩の力を抜くと、ゆきが「最後にひとつ提案なのですが、」と切り出した。
「いま1番利益を出している、軍需分野なのですが、いくつか鬼に対しても実用可能ではないかと思っています。試薬と試作を隠の方を通じてお送りするので、一度しのぶ様に見ていただけないでしょうか」

きっとこれは今回彼女が一番気にしていることなのだろう。
従来鬼は日輪刃以外では殺すことができないとされてきた。
しかし開国以来の科学の進化はめざましい。銃器の精度も格段に上がったと聞く。

「分かりました、私から胡蝶様にお話ししておきます」

よろしくお願いします、と頭を下げたゆきに心苦しい思いになる。
日の当たる道を歩くために生まれたような彼女は、同年代や同じ階級の子女らのように蝶よ花よと育てられるはずの人だった。
銃器、化物を殺すこと、事業や商業のこと、世論のこと、そんなものばかりが彼女の前には並べられている。
本来なら美容や甘味、衣服を着飾ったり、そんな可愛らしく美しいもので人生を歩めたはず。それこそ憧れの男性だっていていいはずだ。神職として育ったあまねでさえ、憧れを持ったそれらを間近で見る彼女の気持ちは計り知れなかった。

「どうぞよろしくお願いします。お時間頂戴いたしまして、ありがとうございました。お二人とも昨日から移動続きでお疲れでございましょう。そろそろ客室の準備も終わったでしょうから、どうぞ一度お休みになって下さいませ。鈴音、あまね様と煉獄様をお部屋にご案内差し上げて」

鈴音は先ほどお茶を運んでいたゆきと同年代であろう、メイドの少女だ。
彼女も隠の一員だったはずである。

「はい、お荷物は我々でお運びいたしますのでお部屋にご案内します」

きっちり頭を下げた鈴音はあまねと杏寿郎の前を歩き、入ってきた時と同じ木製のドアを開いて廊下に出る。

「宜しければご夕食をご一緒できればと思っています。当家の料理人が腕を振るいますので、いかがでしょうか」

「えぇ、もちろんです」

毎回というわけではないが、ゆきは夕食を一緒にと誘ってくれた。早朝には鬼殺隊本部にとって返す私たちと、業務内容以外を話せる機会はほとんどないのだ。産屋敷のことも、鬼殺隊の知人のこともきっと彼女は気になっているのだろう。
多忙なゆきは本来夜も会食や兄との事業の相談、学業にも慌ただしかったが、できる限りあまねが訪ねてくれる日は空けるようにしていたようだ。
杏寿郎はこの任務中は一つも己の我を出さない。あまねが是といえば、何も言わず共にした。

用意された洋館の部屋は、一人で一晩寝るには十分すぎる部屋であった。
向かいの部屋に案内されていた杏寿郎はあまねが部屋に入る寸前に「あまね様、何かあればいつでも!」と、いつも通りはきはきと一声かけて部屋に入っていった。
「毎度のことだが、すごい部屋だな!」「よもやこれでも狭いほうだと?」「鈴音、案内ご苦労!」
ドアを閉めても聞こえる元気な声に、あまねは小さく笑った。