花と獅子

ご機嫌な兄上と千寿郎の夢


嵐の夜が明けると、兄上は約束通りゆきさんと一緒に帰ってきてくれた。

久しぶりにお会いできたことが嬉しくて、玄関先で丁寧に頭を下げてくれるゆきさんの手を引いて客間まで案内する。相変わらずとてもお綺麗で、ふわふわと裾の揺れる洋装と相待ってお姫様のようである。兄上は見るからにご機嫌であり、もう一人ゆきさんの付き人だという鈴音さんと四人で部屋に入ると急にいつもの自宅が違う人の家のように賑やかになる。

いつものしんとした静寂のやるせなさを打ち消すような、朗らかな春の日のような空間に呆けてしまう。

「千寿郎さん、今日はお土産を持って来ました
クッキーとキャラメルと、あとチョコレートです」
ゆきさんの言葉を追うように鈴音さんが手提げのカバンから次々に色とりどりの包み顔を机に並べていく。見慣れない洋風の包み紙の中は甘いお菓子だと言う。
本当に貰っても良いのだろうかと隣に座る兄上を見上げるとにこりと笑みを向けて頷いてくれた。
「ありがとうございます!
とても嬉しいです」
「千寿郎さんにお会い出来るかもしれない思ってたくさん持って来てしまいました…
食べ過ぎにはお気をつけてくださいね?」
ゆきさんの大きな黒目でじっと見つめられると嬉しくてたまらない気持ちになる。はい、と返事をしてもう一度兄上を見上げて今日はなんてす素敵な日なのだろうかと思う。お正月でもなければ、特別な日でもなかったのに、どうしてこんな嬉しいことばかり起こるのだろうか。今日だけで幸運を使い切ってしまうのではないかと思うほどだ。

兄上の大きな手に頭を撫でてもらいながらその横顔を見上げると、ゆきさんと話しながら何度も目元に薄く皺が寄り自分と同じ陽光の瞳が緩な眼差しを彼女に向けていた。その目を見て千寿郎はゆきさんが兄の好いた相手なのだと唐突に理解した。
だからこんなにご機嫌なのだと分かるとはっとしてしゆきさんに目を向ける。
以前に煉獄家に来てくれた時も思ったが、所作や仕草が上品で美しいゆきさんはきっといいお家のお嬢さんなのだろう。兄上のことを好きになってくれるだろうかと少し心配になり、ここは僕が兄上の良いところを伝えなければいけないのではないだろうかと閃く。そうだ、兄上は素敵な人だからたくさんいいところがあるもの。

「あ、あの!ゆきさん
兄上はとても優しいです!」
ゆきさんはそうですね、と穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれた。
「はい、煉獄様はとても思いやりのある方です」
「そ、それから、この前買って来てくれ髪紐も綺麗な色で、とても気に入っています!」
鶯色の髪紐を指先で撫でてそれからあとは何を言えば良いのだろうかと必死で考える。ご飯をたくさん食べてくれるところや、任務から帰ったら必ず顔を見せに来てくれること、手紙をまめに書いてくれるところ、いつだって自分を導いてくれること。
なんとかそれだけ話切ると兄上は嬉しそうに笑っていたが、ゆきさんと鈴音さんはきょとんとした驚いた顔でこちらを見ていた。僕は何か間違ったのだろうか、と慌てるとくすくすとゆきさんから鈴のような笑い声が漏れる。

「笑ってしまってすみません、ふふっ…
千寿郎さんはお兄様が大好きなのですね」
「千寿郎、ありがとう!俺も大事に思っているぞ」
兄上の満面の笑みを向けられて、胸の奥が日向のようにほかほかと暖かくなった。僕の方が兄上のこと大好きだと思うけれど、言葉として聞かせてもらうと頬が勝手に緩んでしまう。

「では私もお嬢様のお話を少し」
コホン、と小さく咳払いした鈴音さんは居住まいを正して涼しげな顔で語り始める。
「お嬢様は容姿はこの通り花も恥じらうほどの可憐さをお持ちです。しかし本当に美しいのはその心の在り方です。
どんな逆境にも下を向かない強さと高潔さには憧憬の念を抱いています。
身分を問わず目につく人々全ての幸福を祈っていらっしゃる…
優しく聡明なお嬢様をこの世に遣わしてくださった天に感謝しています」
すらすらと表情を変えずにゆきさんを褒める鈴音さんはツンとしたどちらかというと冷たい印象の女性だったけれど、今のお話でそれが間違いだと気づく。彼女は表情に出ないだけで感情豊かで優しい人なのだろう。
「もう、鈴音ったら…身内贔屓だわ」
白い頬を染めて恥ずかしがるゆきさんはいつもの綺麗な雰囲気とは違って可愛い女の子だった。

「かわいい…」

ぽつりと呟いた言葉は、思いの外大きかったようで、三人にじっと見つめられてしまった。

「あ、あの、ゆきさんが可愛かったので!それで、その…」
「まぁ…ありがとうございます。千寿郎さんも今日もとても素敵です」

花のような笑顔を向けられて浮かれていた僕は、隣で兄上がぼやいている言葉が聞こえていなかった。
兄上がゆきさんを好きなように、ゆきさんも兄上を好きになってくれればもしかしたらゆきさんがお姉さんになる日もくるのかもしれない。
そう思うと千寿郎は本当に楽しみで二人が目を合わすだけで、そこに見えない絆のようなもがあるように見えるのだった。



(よもや…弟に先に言われてしまった…)