waltz in the moonlight

四分の三拍子



「名前、足元にばかり気を取られずに」
「う、うん。あっ、また間違った…ごめんねガウェイン」

 名前はどうしても下がってしまう視線を上に向ける。青い瞳を柔らかく滲ませ、円卓お得意のロイヤルスマイルを浮かべるガウェインに、名前はどきどきと緊張してしまっていた。普段は大剣・エクスカリバー・ガラティーンを握る無骨な手も、今は名前の右手を包み込み、王子様さながら優雅にダンスをリードする。

「右、左、左…そう、お上手です」

正面から向き合い、ましてや体が触れた状態で太陽の騎士から素直に褒められるのは心臓に悪いと、名前は羞恥から赤くなる頬を隠したくてぱっとガウェインから視線を外すのだった。




 ロストルーム発見の翌日、訓練後にロストルームに呼び出されたマスター二人は、得意げなダヴィンチと並ぶにこやかなセイバーたちの姿にきょとんと首を傾げる。

「えっと……、アルトリア、ガウェイン?」
「ダヴィンチちゃんどういうこと?」
「いやいや、君たちがワルツなんて踊れないと言うから考えたのだよ。ここはカルデア、ロイヤルな英霊もいらっしゃるからね!二人が君たちの先生になってくれるってさ。じゃあよろしくね」

「立香、貴方には私が教えましょう」
「名前にはこのガウェインが」

言いたいことだけ言ってさっさと部屋を後にする天才に返事をする間も無く、アルトリアが藤丸の手を取ると、その隣でガウェインは名前の指先を握り片膝をつく。
慣れないレディ扱いにあたふたとガウェインと握られた手を交互に見つめる。隣のアルトリア、藤丸ペアも同じくマスターの方が赤面して固まっていた。

「ガウェイン立っていいから…そんな私なんかに膝つかないで」

未だに膝をついたままのガウェインに立つようにお願いしながら、名前が握られた手を引こうとすると思ったよりもしっかりと掴まれており、ガウェインの白い手袋に包まれた手の中から抜け出せそうにない。

にこりと笑みを浮かべる騎士はそんな名前の動揺に気づいているのかいないのか。

「はい、名前。では早速練習致しましょう」


 キャメロットの騎士様に教えてもらうなんて想像もしていない事態に、反論する言葉も見つけられず勢いに流されてボールルームに足を踏み入れる。握った手を離さずに背中にも逞しい腕を回されて背筋がぴくりと反応する。対角線上で同じようにアルトリアに促されてダンスの基本姿勢を取る藤丸たちのことを気にしている余裕もない。有無を言わさない笑顔で引き寄せられた体はかつてないほど密着しており、慣れない状況にとくとくと名前の心臓はその鼓動を速らせていた。




 右手はガウェインの左手に包まれて、左手は逞しい彼の肩に乗せる。ガウェインの右手が名前の背中に添えられ、右へ、左へとリードを伝えてくる。
身長や体格の差があるせいで、名前の視界はガウェインでいっぱいだった。そのうえ、体が触れ合っているからか、この男の腕の中に囚われたような奇妙な感覚に陥り、そわそわと落ち着かない気持ちにさせるのだ。

「名前、力を抜いてください」
「う、うん。ごめんなさい」

戦闘でもないのにこんなに異性と密着するなんて、小学生以来じゃないかと名前はサーヴァントを男性と意識している自分が恥ずかしく、疾しいことを考えているようで罪悪感すら芽生えていた。

「…私では貴方を緊張させてしまってますか?」
「違うの。ガウェイン格好いいし、こんなに近い距離で男の人に触れることないから…って変なこと言ってごめんなさい」
「名前、そんな可愛らしいことはあまり言わないようにしてください…喜んでしまいますよ」

僅かに頬を染めたガウェインの顔が笑ったような怒ったようななんとも言えない顔をしており、名前もつられて顔に熱が灯るのだった。



 それから時間を見つけては何度か小一時間ほどの練習会を繰り返していた。
四人一緒のこともあれば、ガウェインと二人きりの時もあり、初めは緊張していた名前もいつも穏やかで優しい騎士との時間がだんだんと楽しいものになってきていた。

「やはり名前は覚えがいいですね。もうステップは頭に入ってるんじゃないですか」
「うん。でもガウェインがこっちだよって教えてくれるから足が動いてるんだと思う」
「それで良いのです。ダンスではレディは男性のリードに身を任せてください」

ガウェインは柔らかそうな巻き毛の金髪と穏やかな青い目のおかげで、体格は大きくとも優しげで大型犬のような雰囲気がある。名前の一番身近なサーヴァントであるギルガメッシュとはなにもかも違っている。苛烈で感情のはっきりとした、かの王とはまさに正反対だ。

「どうしました?」

ワルツのステップをなぞりながら、少しペースを落としたガウェインが黙り込んだ名前に不思議そうに問いかける。

「あ…うん、ガウェインのことあまり知らなかったなと思って」

キャメロットで出会って、召喚に応じてくれてからも日が経つのだが、そう言えば二人でレイシフトしたことはない。食堂でたわいない会話をしたり、イベントで一緒にクエストに励むことはあったけれどこうして二人だけの時間など初めてのことだ。

「それは…名前の王が貴方を普段から離されませんからな」
「そんなこと…」
「貴方からは見えないでしょうが、マスターは自分の物だと言わんばかりの顔ですよ?」

言葉を選ぶような仕草をするガウェインが紡いだ言葉に、側からはそんなふうに見られているのかときゅうと心が締め付けられた。こんなことが嬉しいと思ってしまうなんて末期だなと思うのだが、頬がゆるんでしまう。

「ギルガメッシュは私の最初のサーヴァントだから…でも、そんなに私に執着してないと思うよ?」

名前はギルガメッシュを特別に思っていたが、これまでの名前とギルガメッシュの関係は男女の接触など皆無であった。この関係性にマスターとサーヴァント以外で名前をつけるのならば、師弟が一番しっくりくるのではないだろうか。

「名前は聡い方ですが…ご自身のことは鈍いのですね」
「えぇ?そうかなぁ…」

じっと目を見て話を聞いてくれるガウェインがくすりと笑うので、今度は名前が首を傾げる。唇に笑みを浮かべたまま、ガウェインが真っ直ぐに名前を見つめる。

「…では次のレイシフトはこのガウェインがお供したいのですがよろしいですか?」
「うん!相性もあると思うけど…よっぽどじゃなかったら次のクエストはガウェインと行こう」

よろしくね、と言えば騎士は嬉しそうに承りましたと上品に微笑んだ。



「遅かったではないか」
「わっ!マイルームにいたんだ…びっくりした」
「我がどこでどう過ごそうが、我の勝手であろう。貴様のこの狭い部屋に長居はしたくないがな」
「王様の部屋が時空歪んでるだけですよ」

ワルツの練習を終えて居室に戻ってくると、急に声をかけられて思わず大きく反応してしまった。腕を組んで無表情に名前を見るギルガメッシュは実体化したまま、うろうろと部屋を歩き回る。カルデアの制服のボタンを緩めながら、なんの用なのだろうかと思いながらも、機嫌を損ねないようにすきにしてもらうことにする。部屋を検分し、名前の様子を上から下まで眺めたギルガメッシュは気が済んだのかベッドに腰を下ろす。

「何もないようだな」
「なにか探してたんですか?」
「…よい。一から百まで我に報告する必要もないしな」
「よく分からないけど…王様に隠してることなんてないと思う…」

名前の答えに満足したのかは定かではないが、ギルガメッシュは唇を片側だけ上げて笑い、幾分か態度を和らげた。

「秘密の一つ二つ持っていなくては暴く甲斐がないではないか」

名前はロストルームのことが脳裏を過ぎったが、どうせもうすぐ王様を誘うのだからこれも秘密ではなくなるなと思う。

だけど、誰と練習したかは言わない方がいい気がした。
言いたくないのかもしれないが、この時の名前はその違いにも気づかなかった。
初めての王様への秘密にそわそわと落ち着かない、そんな気持ちでいっぱいだったのだ。