waltz in the moonlight

招待状



 月の光の舞踏会にお越し下さいーーーーー

 そんなメールがカルデアのマスターである名前の元に届いたのはとある新月の晩のことだった。何気なしに読み終わり、名前は何のことだろうかと首を傾げる。明日、同じマスターの藤丸くんにも同じものが来ているか聞いてみよう、その時はそう思って端末を放り投げて眠りについた。


「俺にも来てたよ、そのメール」

 翌朝、シミュレータ訓練で一緒になった藤丸立香も不思議だよね、と笑っていた。

「悪戯じゃなかったら、訓練とか?」
「名前は真面目だな〜、サーヴァントの誰かがまた勝手に施設作ったんじゃない?ダンスルームなんて作るの誰だろうね」

ネロ皇帝、それともメルトリリスとか、と二人で思いつく名前を挙げてどれもありそうだと笑い合う。

 訓練後、招待状のような形式のメールを二人で見せ合い、添付されていた簡易なカルデア内部の地図上にLost roomと書かれた場所にこっそりと二人で向かう。

「ねぇ…藤丸くんは踊れる?」
「いや、無理でしょ。そんな育ちよさそうに見える?」
「だよね。私も踊れないよ…でももし本当に、本当にボールルームがあったとしたら、マシュと踊るよね?」
「えっ!うーん、まぁマシュに声かけるかな。そういう名前だって決まってるでしょ?」
「まぁ……でもこういうの好きじゃないと思う…」

名前にも藤丸にとってのマシュのように、他の誰とも違う特別なサーヴァントがいる。
幾たびもの危機を乗り越え、正しい道を選べと厳しくも決して見捨てることなく導いてくれるギルガメッシュだ。彼は最初に名前の召喚に応じてくれたサーヴァントだった。しかしギルガメッシュはなかなか気難しく、その上かなり辛辣だ。それでも特別に思ってくれていると、言葉よりもその行動で示してくれている、と名前は思うことにしている。

 名前と藤丸はレイシフトや訓練でお互いボロボロの情けない姿を見られている間柄だが、こういった甘酸っぱい話ほどどうしていいのか分からなくなる。二人して少し赤くなった頬を見なかったことにして、気分を変えるべく地図をもう一度覗きこむ。だいたい今いる辺りのはずなのだが、それらしい部屋はなく他の部屋と変わらない無機質な扉があるだけだ。スタッフやサーヴァントの居室区画からも遠く、用事がなければ踏み入れないような奥まった廊下の先は薄暗く、プレートにも何も書かれていない。

「ここだよね…?」
「…やっぱり悪戯かなぁ?とりあえず開けてみよっか」

 二人してタブレットを片手に首を傾げる。藤丸が認証機に手をかざすとプシュっと機械音とともに扉は開いた。光源のない暗がりに恐る恐る足を踏み入れると、二人が入った途端に後ろの扉が閉まり、ぱっと明かりが灯る。柔らかな光に目を瞬くと、無機質に思えた床や壁が煌びやかなボールルームへと変わる。まるで魔法のようだ、と素直にはしゃぎながら、クラシックな作りの室内を見回してほうっと溜息が漏れる。

「…すてき。シミュレーターの技術の応用だろうけど、童話に出てくる魔法みたい」
「本当だ、月明かりの舞踏会だなんてロマンチックだね」
「ちょっとやりすぎなくらいだよ」

本物の月の光と区別がつかない厳かな空間に一歩踏み入れると、どこからか音楽が流れ出す。クラシックの音を聞きながら、どちらともなく手を取って適当に踊ってみる。くるんと回って目を合わせると、ぷっと同じタイミングで吹き出してしまった。

「だめだ、名前のことは大好きだけどロマンチックな雰囲気にはならないね」
「そうだね、一番なんでも話せるけどこういうのはこそばゆいね」


 その時プシュッと機械音と同時に複数の足音が、大きな声とともに響く。

「名前ちゃん!藤丸くん!無事かい?」
「ダヴィンチちゃん?」
「どしたの」

血相を変えて駆け寄ってきた麗しい天才は二人の腕を掴むなり脈や顔色を確認し始める。

「無事なようだね。安心したよ。君たちの生体反応がカルデア内から急に消えたんだ。何事かと焦って管制室から駆け付けたんだ。この部屋は何かしらの細工があるようだね」

心配をかけたことを詫びて、名前は端末に届いたメッセージを彼女に見せる。瞳を僅かに揺らしたダヴィンチはそう、と何かを飲み込むように一拍おいた。

「こんな素晴らしい施設があるのなら、衣装は私に任せたまえ。2人にぴったりの一着を仕立てようじゃないか」
「ありがとう!ダヴィンチちゃん」
「まぁそれよりも名前も俺もダンスの方が問題だよね」

 
困ったと頭を掻く藤丸の言葉にダヴィンチはきょとんと青い目を瞬いた。すぐににやりと悪戯を思いついたように笑う万能の天才に、今度は名前と藤丸が目を合わせる番だった。