リクエスト企画

眠っているあいだに終末論

二人では少し狭いベッドは名前とくっつきあって眠るにはちょうどいい理由になった。

向き合ってお互いの体の位置をうまい具合にフィットさせて柔らかい寝具に包まれると、幸福感で体の端から溶けて形を無くしていくような心地がした。

炭治郎は自分よりも一回り小さな名前の体を腕に抱えるように眠りについたが、朝の薄白い明かりがカーテンの隙間から二人の目元に白い筋となって現れる頃にはそれぞれの寝心地のいい姿勢でシーツに沈んでいた。

まだ完全に意識が覚醒していないぼんやりした頭で、もぞもぞと腕の中に名前の熱を取り戻そうと隣に腕を伸ばす。指先に柔らかくすべすべとした感触が伝わりゆっくりと目を瞬く。まだぼんやりと輪郭線が曖昧な早朝の寝室で、名前の白い肌が浮き上がるように光って見える。
そうだ、昨日は戯れているうちに熱が灯って名前と抱き合ってそのまま寝てしまったんだ。
パジャマも着ずに寝てしまって寒くなかっただろうかと、少し乱れた寝具を名前の上に掛け直して柔らかい体を抱き寄せる。肩から背中を撫でるとしっとりと手に吸い付くように滑らかな肌が温かくて、安心した。

「ん…」
「起きた?」

ぎゅうと目を瞑ったあとに長い睫毛がふるふると震えて、黒い瞳が俺の顔を映す。瞳の虹彩や瞳孔の収縮まで見えるような距離の近さで寝起きの愛おしい彼女の様子を見守る。名前はぼんやりとまだ眠りの中に半分いるような顔で俺を見つめて、「たんじろう」と乾いた喉の奥で少しハスキーな声を出す。

「なにか怖い夢を見てた」

もぞりと名前が二人の隙間を埋めるように身を寄せるので、彼女の柔らかな胸がふにゃりと押し付けられる。きっと名前は押し付けてるなんて思ってないんだろうけど、男の硬い胸とは違うふわふわした彼女の胸は少し力を入れれば指が沈む柔らかさだ。
変に意識しないように目線を名前の顔から動かさずにいようと決意して、それでね、と夢の話を続ける彼女の声に耳を澄ます。

「よく分からないんだけど、何かひどいことがあって…世界が滅んじゃってるの」
「うーん、それは嫌だね」
「でしょ?…どこにも誰もいなくってひとりぼっちで、暗い街を歩き回ってる夢だった」
「俺もいなかったの?」
「炭治郎?うん、いなかったよ」

名前はそこで一つ小さな欠伸をすると、腕枕をしていた俺の左腕につう、と生温い涙が垂れて来た。

「大丈夫、本当にそんなことになったら俺が名前のそばにいるはずだよ」
「そうかなぁ…炭治郎は優しいから、そういう時は世界を救いに行っちゃいそう」
「そ、そんなことない…ちゃんと俺は名前と一緒にいるよ」

慌てて否定すると名前は可笑しそうに目を細めて笑う。
世界の危機に立ち上がって戦うなんて、そんなヒーローみたいなことを自分がするだろうかと想像する。確かに大事な人を傷つけられたりすれば話は別だし、他人であっても理不尽な暴力を見過ごせないところはあると思う。それでも、名前を置いていったりはしないだろう。

「ふふふ、夢の話なのに、炭治郎ってば必死なんだもん」
「いや、だって俺はいつだって名前を守るつもりだよ!」

くすくすと笑う彼女の体が小刻みに震える振動が触れ合った肌を通して伝わる。名前の笑った顔を見ていると、幸せな気持ちになってくるから不思議だ。

「そうだと嬉しいな…ね、炭治郎」

名前の指が顔に触れる。頬から目元を撫ぜるように動く指先が唇にたどり着くとふにふにと感触を確かめるように好き勝手に動く。きっと「おはようのちゅう」をしていないから、して欲しいんだろうなと分かっていたけど、可愛らしいのでこのまま様子を見ようと決めて目を瞑る。

「こそばいよ」
「起きてよ…」

目を開けると照れた顔で唇を突き出すようにしてキスをねだる名前が可愛くて頬が緩む。元々近かった距離をゼロにして、少しかさついた唇を食むように口付ける。柔らかい唇に角度を変えて何度か押し当てると薄らと名前の唇が開く。名前は猫みたいに小さな舌でぺろりと唇を舐めてから口を離す。

「そうやって朝から可愛いことするのやめてくれ」
「やめていいの?」

今度はきっと、いや絶対に意図的に、押し当てられた名前の胸の感触に言葉をつまらせていると、すりすりと柔らかい脚が脛を撫でていく。
ここまであきらかなお誘いを断る理由はない。

せっかく早起きできたけれど、休日なんだからたまには寝坊したって構わないだろう。
二人のベッドに入り込んだ朝日を遮るように、カーテンを引き直す。

この部屋はもうしばらく、世界からは隔絶された長い夜が続いていることにしておこう。