リクエスト企画

おいしくない言葉

「名前さん!」

元気のいい大きな声に振り返らなくても分かる相手を思い自然と頬が緩む。
「竈門くん、こんにちは」
赤の混じった髪を靡かせてこちらへ駆けてくる彼は師範である冨岡さんの弟弟子だ。同じ育てのもとで鍛えられた竈門君も水柱の冨岡さんの背を追う様にメキメキと頭角を現してきている。

「こんにちは。あれ、義勇さんはいないんですか?」
「よく分かるね、いつもながらすごいや。今ちょっと蟲柱様の所にお薬取りに行ってるの。もう帰ってくると思うけど、、待ってる?」
「えっと、でもご迷惑では?」
「全然、試範いないから刀の手入れしてたけどほらもうピカピカだから」
お茶出すから座ってて、と自身が座っていた縁側の隣に座布団を敷くと彼は礼儀正しくお礼を述べてから妹が入っているという箱とともに腰掛けた。

まだ玉露の葉っぱがあったはず、とお茶っぱを確認して急須に入れる。火鉢の上にかけたままのやかんからお湯を注いでしばらく待つ間に戸棚を探すと金平糖を発見したので一緒にお盆に載せて、玄関口に面した日当たりの良い縁側に戻る。
師範の家に住まわせてもらっているので任務期間以外はなるべく家事もするようにしていて良かった。隠がいないと師範はこの家のことがほとんどわからないので、初めは二人して何をするにも大捜索だったなと思い返す。夜中にお茶を入れたくなって急須を探していると、寝ていた師範まで起こしてしまって一緒に探してくれたっけ。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!良い香りですね」
「よかった」
竈門くんの隣に腰を下ろして並んでお茶を飲む。柔らかな日差しと温かいお茶にほっこりするなぁと思いながらお茶請けの金平糖を舐める。甘くてしゃりとすぐに溶けてしまうお菓子は師範のお土産だった。

「名前さんこの前手合わせありがとうございました!義勇さんの技と全く同じ匂いでした…本当に水の呼吸を最大限活かしてて、俺はやっぱりまだまだですね」
最近彼は水の呼吸が合っていないかもしれないと悩んでいるようで、先日手合わせを頼まれたのだった。師範は任務で不在の場合が多いので私も剣技を高められる機会だと二つ返事で了承した。確かに彼の日輪刀は黒色で、極めるべき呼吸の見極めがとても難しいのだ。
「水の呼吸は他の呼吸の基礎としても使えるし…出来てないわけじゃないから大丈夫だと思うよ。これからたくさんの隊士と共闘したり稽古をつけてもらう機会も増えるだろうから、竈門くんならきっと」
「ありがとうございます。名前さんはいつから義勇さんの継子なんですか?」
「んー…まだ柱になる前の師範と組んで任務に当たったことが何度かあって…その度になんて理想的な太刀筋だろうって憧れた。それからずっと師範の背中追いかけてて水柱就任と同時に継子にしてもらえたよ」
「そうだったんですね!前から義勇さんと名前さんの闘い方がすごく息があっていてすごいと思ってました。そっか、そんなに前から一緒に戦っていたんですね」
「師範が合わせるの上手いからだよ。それに私の技は全体的に軽いんだよね、筋力も体格も劣るから…」
一撃でいとも簡単に頸を落とせる師範の動きを真似ても同じ威力は出せない。
でも今更違う人を師と仰ぐことも出来ない。
それは師弟関係だけでなく男と女という意味でも、共に過ごした年月が二人の間に確かな絆を作っていた。
「確かに義勇さんは人の動きに合わせて戦うのも上手ですけど…でも名前さんとの共闘はもっと別の次元でした。二人とも目も合わさずとも、お互いのこと分かってますよね!」
俺にとっては二人とも憧れですよ!と屈託なく笑顔を向けてくれる竈門くんにありがとう、とお礼を言いながらふと疑問が浮かぶ。
人の嘘や隠し事まで分かるという勘の良い彼は、私と師範がどんな関係なのかももしかして知っているのだろうかと。
隠しているわけではないけれど、表立って報告することでもないのでなんとなく黙っている。こちらが知らないだけで実は知ってました、というのも恥ずかしいなぁと思いじぃっと赤みがかった丸い瞳を覗き込む。

「名前さん?どうかしましたか?」
「竈門くんって…本当はどう思ってるの?」
「へっ!?えっと…?名前さんのこと、ですか?そうですね、綺麗で強くて尊敬してます。あと時々義勇さんと名前さんを間違えちゃうくらい二人とも同じ匂いです!」
「へ…?」
「雰囲気も似ているせいですかね?今日も顔が見えるまでは、義勇さんがいるんだと思ってました」
「あ、えっとそうなんだ。そう、なんだ…」
じわりじわりと言葉が心に滲んでいくと指先がもぞもぞと痒いような羞恥が体を巡る。私は何を年下の男の子に聞いているのだろう。聞くんじゃなかった。嬉しいのにとても恥ずかしい。
真っ赤になった私の反応をぽかんと見ていた竈門くんは、何かを察知したかのように頬を染めた。
その時、水が岩を打つような涼やかな声が響いた。

「何をしている」

師範はいつも通りの心情の読めない無表情で、いつもなら分かるはずの気配を消して突然現れた。
男性ながらに冷え冷えとした美しい顔でじっと私を見たまま視線をピクリとも動かさない。
「師範、お帰りなさい。竈門くんが師範にご用事があるそうです」
立ち上がって荷物を預かろうと近寄ればぱしりと腕を掴まれる。どうしたのかと見上げても何も言わないのでじっと黒目がちの涼やかな目を見つめて言葉を待つ。
「師範?」
「っあああの!俺、日を改めます!ご馳走様でした!」
「へっ?せっかく待ってたのに?」
そんな沈黙を切り裂き妹さんの入った箱を抱えて脱兎のごとく走り去る竈門くんに声を掛けるも振り向きもしない。
なんだというのだろうか。

「何をしていたか、聞いたんだが」
少し圧がかかっているように感じる声に視線を戻すと眉間にうっすらと皺が寄っている。
痛くはないけれど決して振りほどけない力で握られた腕を引かれ、師範の後ろを突っかかりそうになりながら家の中に入る。
「えっと…」
「…随分と楽しそうにしていたな」
「そんなことは…師範に御用だと伺ったのでお待ちいただいたのですが……いけませんでしたか?」
なにか粗相をしていただろうかと思い返すがこれと言ったものもない気がする。師範はあまり人付き合いが得意ではないので、竈門くんは数少ない交流のある隊士だしもてなしたかったのだが、いけなかったのだろうか。
怒らせていることは分かるのでおろおろと言葉を探すも、元々口数が多くない師範は聞いてはいるようだが返事をくれない。
居間まで引っ張られて向かい合うように座らせられたが、目の前の男に何をいえば良いのだろう。

「義勇さん?」
二人きりなので思い切って名前を呼ぶと少し表情が和らいだ。
相変わらず掴まれたままの腕を握っている硬い指先をそっと撫でると、指を解いてくれた。その手を両手で握ってもう少し気持ちを表してくれないだろうかと反応を待つ。

「炭治郎と何を話していたんだ」
最後の会話の内容を思い出して、また頬に熱が戻る。急に顔を赤くして照れ始めた弟子の挙動不審にも無表情を貫かれると一人でもじもじと何をやっているのかと余計恥ずかしくなる。
「同じ匂いだって、言われました」
「匂い?」

「義勇さんと、区別がつかないくらい同じ匂いだって」

恥ずかしすぎて涙が出そうだ。
意味を理解したのか目を瞬いた後に顔を掌で覆ってしまった義勇さんと同じように私も義勇さんの片手を両手で握ったまま顔が見えないように俯く。
同じ家で生活して、同じ技を使い、同じ呼吸を使い、恋人になったのだ。
義勇さんみたいになりたくて追いかけた背中だけど、竈門くんの言う意味の同じになったのはきっとそういうことではなくて、もっと心情的なものだろう。

「すまない、俺が下衆な勘ぐりをした。名前を疑うなんてどうかしていた」
許してくれと頭を下げる義勇さんに大丈夫だから頭を上げてくれと頼む。
「私だって義勇さんが女性と二人で仲良くお話しされていたら嫉妬しますから」
竈門くんを逃げ帰らせるほどに怒っていたのかと思うと、淡白に見える彼の愛情深さが垣間見えて少し嬉しかった。
お茶の片付けをしながら残ってしまった金平糖を一粒義勇さんのお口に持っていき、指ごと薄い唇に押し込む。
「気にしていませんから、お口直しにどうぞ」
驚いたように口に入れた義勇さんは、困ったように薄く笑ってくれた。


普段言葉少なに優しく包み込むような愛情を向けてくれている人なのだ。甘い金平糖のように、優しい愛を。私からも同じ匂いがしているというのなら、二人の匂いはきっと砂糖菓子の如く、柔く甘いのだろう。