melting chocolate

ぬいぐるみ


「喜べ名前、チョコのお返しにこれをやる!」

3月14日。
放課後にゲーセンで取った大きなぬいぐるみを手土産にとズカズカと上がった勝手知ったる名前の家。リビングで寛いでいる彼女にほらよ、と押し付けるときょとんとした顔をしている。白い犬のようなキャラクターのそれは以前から彼女が好きだと言っていたのでちょっと喜ばせてやろうと思ったのだ。クレーンゲームは得意なのでその他にも幾つか取れたぬいぐるみやクッションを名前の座るソファの横に横に並べていく。

「あ、これすきなやつだ。覚えててくれたんだ、ありがとう伊之助」

ギュッと名前がその白いぬいぐるみを腕の中に抱きしめてもふもふだ、と嬉しそうに笑みを浮かべた。
選んだ方としてもこうして喜んでいるので満足だ。俺は名前の好きなものはきちんと全部覚えている。そして先月の告白も。

「まぁな、名前の好きなもんくらいすぐ分かるぜ」

彼女にすき、と言われたときの気持ちの良さは今でも忘れられない。胸の奥を刺すような強い目線で甘やかな言葉を放って逃げた彼女を追いかけ、捕まえると急に泣き出すのでぎょっとしたが、名前は俺のことが本当に好きらしい。男の中で一番ということだ。それからずっと気分がいい。
名前は泣き止むと伊之助は伊之助のペースでいいよ、と困ったように笑っていたがそれがどういうことなのかいまいちよく分からない。
ただずっと心がホワホワしていた。今もずっと。
でもそれを言葉にするのは躊躇われて、だからずっと誰にもこのことは言っていない。

「まさか伊之助からちゃんとホワイトデーのお返しがもらえるとは…成長したね」
名前が犬のぬいぐるみを両手で動かしたりして遊びながらにやりと笑う。

「母ちゃんにも炭治郎ににもちゃんとしろって言われたからなぁ。っとにうるさいぜ」
「竈門くん面倒見いいね…お礼いっとこ」
「はぁ?なんで名前が炭治郎に礼なんか言うんだよ…言わなくていいっつの、お前は俺にだけ感謝すべきだ」
「はいはい」

それにしても、俺があげた物だがずっと名前の腕の中にいるぬいぐるみには少しムカつく。あんなに大事そうに抱きしめやがって。
俺のことが好きなんじゃ無いのか。

「おい、そろそろそのもふもふ離せ」
「え、くれたんでしょ?」
「…そうだけど、いつまでそうやってんだ」
「そうやってるって…ははーん、伊之助も私にギュってして欲しくなった?」
「はぁぁっ!?んなわけ無いわ!そうやって犬でも抱いてろ!」

名前の言葉に思わず顔に熱が集まる。
別にムカついただけで俺を抱いて欲しいわけじゃない、絶対、断じてそうではない。

「つーか名前が俺のこと、だ、抱きしめたいんじゃないのか?」
「…うん、そうかも」

聞き間違いかと思って名前の方を見れば恥ずかしそうにしながらも抱いていたぬいぐるみをソファに置くと控え目に両腕を広げた。
まるでこっちに来てと無言で誘うような仕草にどくんと心臓が大きく鳴り始める。
なんなんだ、俺の幼馴染みの名前はどこにいったんだ。口が達者で、気が強くて、俺のことを真っ直ぐに見返す強い目線の持ち主はどこへいったのだ。
こんな柔らかい顔で、縋るような弱い目をする女じゃなかったのに。

「そういうのはな、男がやるんだよ!勝手に俺の役とんな!」

恥しさに勢いに任せてぐっと腕を引いてぶっきら棒に名前を抱きしめる。
久しぶりに触れた彼女の体は俺よりもずっと細く柔らかい。雌雄の違いを見せつけられて伊之助は不意にこの生き物を守らなくてはいけないのだと感じた。それは雄の、男の本能だったのかもしれない。


「伊之助、すきよ」

そうやって、俺に囁く様に告げる名前の言葉が甘く優しく伊之助の心を締め付ける。
どうしてだろうか、今日はその言葉で嬉しくなるどころかまるで砂でも飲んだ様に胸が苦しい。
俺は名前に返す言葉を必死に探す。正解の在処を。この腕を解かないてもいいように。


(ホワホワさせたかと思えば、お前は!)(なんで怒ってんの?)(知るかっ!!)