リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的85

体は疲れているはずなのに、緊張しているのか興奮しているのか、布団に入って暫く経っても一向に眠気がやってこなかった。ツナ達と比べて、外傷よりも精神的なダメージが強かったので早く休みたいのに、うまく休めない。
何度目になるか分からない寝返りを打ち、カーテンの隙間から漏れる月明かりに照らされた時計を確認すると時刻は午前2時を差していて、明日に備えて早く寝ないといけないのにちっとも眠れる気配がない。
由良ははぁ、と一つ息を吐いてから今度は仰向けになり、自室の天井をぼんやりと見つめる。
こういう時はどうすればいいんだっけ。羊を数えるんだったっけ。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が……
気づけば室内には由良の寝息だけが聞こえていた。

「あれ…」

次に目を開けた時、由良は精神世界に立っていた。ここ最近訪れてはいたものの、自分から望んだ部分が大きく、こうして何も考えずに訪れたのは久々だった。
少し期待を込めて辺りを見渡すも、目に映るのは風に揺れる草木や湖、青い空に白い雲だけで、人の気配は感じられない。

「それもそっか…」

諦めたように笑ってポツリと呟いた由良はどうしようかと少し悩んで、大きく伸びをしながらその場に寝転んだ。低い背丈の草が風に揺られて頬を擽る。その感覚に心地良さを覚えて目を閉じる。
そんな由良の顔に影がかかり、近くからはカサリと草を踏みしめる音が聞こえた。自分は動いていないのにどういうことかとゆっくり目を開ける。

「!む、くろ…!?」

こちらを覗き込む骸の姿に驚きガバリと起き上がる由良にお久しぶりですと言う骸は微笑を浮かべている。その眼差しは柔らかく、骸自身が纏う空気もひどく穏やかなもので、それはどこか安心したようなものに似ていた。
由良も由良で、ようやく会えた骸に心の底から安堵していた。雪戦以降、欠かすことなくこの世界に来ていたが骸は姿を現すことはなく、クロームに聞いても反応がないと返されるばかりでずっと気になっていた。霧戦で会えたとは言え、あの時はクロームの為に出てきたのであって骸が由良に会おうと思っていたものではないし、その後に会った時も今のような穏やかなものではなく、どこか緊張感のあるように感じられた。

「どうしたんですか?」

起き上がった由良に合わせるようにしゃがみ込んだ骸は暫し無言の後そう言った。
問われた由良は何を言われたのか理解出来ず呆けてから、何が?と首を傾げた。
思わぬ返しに骸は一瞬虚をつかれ、少し逡巡した後答える。

「何かあったのではないですか?前よりもこの世界が不安定になっているようですが…」
「え、そうなの?いつも通りに見えるけど…」

言葉を探しながら言った骸の言葉に由良は不思議そうに辺りを見る素振りを見せる。
実際は、由良の言うようにこの精神世界に変わりはない。ただ骸が由良を見た時にいつもと違うと感じて、そこから精神世界を見た時に精神世界も不安定のように錯覚してしまったのだ。その為骸も言葉を探しながら伝えたのだが、由良だけでなく、骸自身もそれに気づいていなかった。

「僕のように実力のある人間にはわかるんですよ。」
「へぇ…」

得意げに言う骸に白けた目を向け生返事で返す由良は少し苛立ち、骸から視線を外した。
思い当たる節がないとも言いきれない。骸に安定していないと言われた時、つい数時間前に起こったことを思い出し、一瞬焦ったが、なんとか平静を装って乗り切っていたのだ。
しかし、その原因について骸に話すつもりはなかった。というよりも、話せないと言った方が正しいだろう。これは由良自身の心の問題であり、骸には関係の無いことなのだから。

「何かあるなら、話してみたらどうですか?」
「っ…………」

そんな由良の気持ちなど露知らず、骸は視線を逸らすように俯きがちになった由良の顔を覗き込むようにして話すよう促した。骸の表情は怪訝そうなものであったが、その瞳も、雰囲気も、まるで由良のことを本当に心配しているかのように優しく穏やかなもので、骸が自分のことを心から心配しているのではないかと思わせるには充分だった。
息を呑み、言葉を詰まらせた由良は一昨日の夜になまえやくるみから言われたある言葉を思い出し、それは決してないと首を振ることで必死に追いやった。
雪戦が終わり、3人で泊まった日、前世の記憶があると打ち明けてからひとまず由良にある程度原作の流れを教えるということになった。本来なら教えるべきではないはずだが、既に知っているなまえとくるみというイレギュラーな存在が原作に深く関わっている状態で、未来を知る人間が1人増えたところでどうということはないだろうという結論からだった。ある程度教えてもらった由良は、骸と精神世界で頻繁に会っているということを暴露した。そしてうっかり骸と喧嘩別れのような状態になってしまったことや、霧戦で骸が言っていたことなども話してしまったのだ。2人は当然のように驚き、そしてある仮説を立てた。もしかして骸は由良に気があるのでは?というものだ。勿論由良は強く否定したが、2人はきっとそうだと聞き入れることはせず、その話はそのまま流れてしまったのだが、2人の仮説は由良の中で何度も顔を出して振り回した。それは今もそうで、追いやったはずなのに頭の片隅でチラついて仕方がない。
勿論骸はそんな由良の心中を知る由もないため、由良が首を振ったことにより拒絶されたと感じ、顔を顰めた。

「君は、僕には言えなくて、沢田綱吉には言えるのですか?」

ポツリと静かに呟かれた言葉に大きく目を見開いた。
言葉を発した骸は顰め面だが、どこか苦しそうにしているようにも見えて、先程の声も何かを押し込めるようなものに聞こえた。どうしてここでツナの名前が出てくるのか、聞きたくとも知ることに少し恐怖を覚え、はく、と開いた口からは違うという言葉が滑り出す。

「これは、私の問題っていうか、まあ確かに骸に聞きたいこともあったから話さなきゃいけないことではあるんだけど、でも今話すべきじゃないっていうか…」

要領を得ない由良の言葉に訝しんだ骸はつまりどういうことかと詰め寄る。それに一瞬言葉を詰まらせた由良は先程までウロウロとさせていた目線を骸に向け、覚悟を決めたように言った。

「フェアじゃないじゃん。私、まだ骸に謝ってもいないし、お礼も言えてないのに、また話聞いてもらうのは、違うと思う。」

今度は骸が目を見張る番だった。由良の言葉の意味を理解出来るがしかしどういうことかよく分からず、何も言えずにいる骸を他所に由良はこれは私の解釈なんだけどと前置いて話す。

「骸は、理由はなんであれ私に死んでほしくなかったんでしょ?それを私は軽視するような態度を取ってしまった。勿論、私だって私なりの理由があったわけだけど、でも、もし私が骸の立場だったらって考えた時、もしなまえやくるみに私と同じようなことを言われたらなんとしてでも説得しようとしたし、腹が立ったし、悲しくなった。遅くなってしまったけど、骸の気持ち、ちゃんと考えられてなかった。だから、ごめん。許してもらえるなんて思ってないし、これは私個人の気持ちだからどうするかは骸に決めてほしいけど、ちゃんと謝らないとって思ってたから、本当にごめん。」

由良の謝罪を聞いても黙り込んで言葉を返さない骸。由良はそのままそれから、と続ける。

「ありがとう。引き止めてくれて、説得しようとしてくれて。骸があの時、鍛えればもっと幻術が上達するって言ってくれたから、私少し強くなれたんだ。骸の言葉で、少し自信が持てたの。骸がどういうつもりでああ言ったのかは分からないけど、それでも助かったのは本当だから、伝えておく。」

穏やかに微笑んで話す由良に、骸はなんとも言い難い気持ちが込み上げてくるのを感じた。それは決して不快なものではなく、しかし受け入れるにはまだ余裕が無いもので、なんとか押し留めるように飲み込んだ。
ふぅ、と気づかれないよう一息吐いた骸は、どこかすっきりとしたような表情をしている由良に向き合った。

「そこまで素直になるのも珍しいですね。明日は雪でも降りそうだ。」
「人の気持ちは素直に受け取っておけよ失礼な奴だな。」

するりと出てきたのはひねくれた言葉で、聞いた由良は結構勇気を出して言ったこともあって文句を返す。そんな由良にクフフ、と少し自嘲じみた笑いを零した骸は冗談ですよと嘘とも本気ともとれないことを言う。対して由良はじとっとした目を向けあっそとそっぽを向いた。骸は少し笑ってからそれで、と口を開く。

「話す気になりましたか?」

骸の問いに由良は一瞬視線を寄越し、また気まずそうに逸らして黙り込む。
先程正直に話したとはいえ、理由はともかく骸に助けられることが多く、前も話を聞いてもらうことばかりでここで話していいものか考えてしまう。
由良の様子に骸は今度は察したようで一つ息を吐いて「君の言葉は受け入れましたよ」と声をかける。それにハッとして骸を見上げた由良は暫し逡巡して、骸に引く気がないと分かり、口を開いた。

「人の記憶を消す方法って、何か知ってる?」
「………………残念ながら、聞いた事がありませんね。」
「そうだよね…」

骸の答えに諦めたように笑って同調する由良は溜め息を吐く。骸は純粋に気になったようで、理由を聞いてくる。それに由良は小さくなまえが、と呟いた。

「戦いに巻き込まれたから、たぶん、ショック受けてるんじゃないかと思って…」

聞いていた骸は理由はそれだけではないと感づき、こちらを見ない由良を見つめる。しかし由良もその視線に気づいているからか、気まずそうな顔のまま逸らしこちらを見ようとしなかった。
そんな由良の態度に骸は強行手段を取る。

「っ…!」
「それだけではないでしよう。さっさと話しなさい。」

片手で頬を挟むように掴み、強制的に目を合わせた骸の有無を言わせない雰囲気に怯む。息を詰まらせた由良はグッと眉根を寄せて顔を歪め、本当はと話す。

「本当は、私が、忘れたいって思ったから。黒曜で、皆が傷だらけになった時は、怖かったけど、私も必死だったし、正直そこまで見てなかったって言うか…でも、今回は、直視、しちゃったから…それに、あの時は、なまえがいなかったから、頑張れた部分もあって…でも、今回はなまえもいて、なまえもきっといっぱいいっぱいになっちゃってるから、そんなあの子に、これ以上背負わせるのは、良くないなって思って…」

だからって、骸に全てを聞いてもらうのも違う気がするけど。その言葉は出てくることなく飲み込んだ。
話していくうちに支離滅裂になってしまったが、つまるところ、由良は初めて人が殺される瞬間を見て、この世界の本当の恐ろしさを実感したのだ。黒曜の時は誰も死ぬことなく、更にはなまえが遠くで待っていてくれた、全ては分からずとも話を聞いてくれると分かっていたので心に余裕があった。しかし今回のリング争奪戦ではなまえも当事者となってしまい、更には由良よりも近い場所で衝撃的な場面を目撃してしまったのだ。なまえのフォローをしたくとも、今の自分もそんな余裕が無い状態で、今後いつも通りにできるかひどく不安に駆られ、脳に作用する幻術を使う骸なら、もしかしたら記憶に関与する術を知っているのではと思い、聞いた次第だった。
ようやく正直に全てを話した由良の顔から手を離した骸は、まるで涙を拭うように由良の目尻に指を添える。

「君は、そんな世界に足を踏み入れ、更には抜け出せない状態に陥ってしまっているんです。リングに選ばれてしまった以上、君に出来るのは受け入れる事だけ。逃げることも、忘れることも出来ません。」
「っ…分かってる…!」

苦しげに吐き出した由良は泣きそうな顔になる。そんな彼女に骸はですが、と続ける。

「その為に何をしてもいいんです。泣いたって、赤裸々に話したって、誰も君を咎めはしない。この世界にいる限り、君を否定するものは誰もいない。」
「!」

驚いたように目を見開く由良を見る骸の眼差しは非常に優しく、浮かべる微笑も穏やかだ。
そんな骸を見て、由良はくしゃりと顔を歪め、ぎこちなく笑った。

「それは、必ず骸もいるってこと?」
「君が望むなら。」
「……………なら、今だけ、頼んでもいい?」

不安げに聞いた由良に骸は静かに頷いた。それを見た由良は静かに手を差し出す。

「今だけ、手を握っててほしい。それから、私がいいって言うまで、大丈夫って言ってほしい。」
「いいでしょう。」

骸は差し出された手を握り、由良を引き寄せた。額が骸の胸板に当たり、そのまま俯いた由良はギュッと目をつぶった。

「大丈夫ですよ。ここには僕達しかいません。」
「うん。」
「君が泣き喚こうが叫び散らそうが、問題ありません。」
「うん…」

そんな調子で骸はずっと由良がいいと言うまで声をかけ続け、それは由良の身体が目覚めるまで続いた。

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