リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的51

並盛中央病院の病室で眠る少女の脇に座り、震える拳を力一杯握り締めて俯くのはなまえだ。彼女は先日起こった並中生襲撃事件を解決するため敵地に乗り込み、戻ってきたものの怪我で意識が戻らない由良の見舞いに来ていた。
病院に融通がきくくるみの計らいで個室に入院している由良は、顔や体に包帯を巻かれた状態で静かに眠っている。
くるみから聞いた由良の容態は、打撲や切り傷といった外傷よりも、内蔵、それも脳の部分に酷くダメージを受けていたようで、彼女はそれを回復するかのように眠り続けており、かれこれ一週間目覚めることは無かった。

なまえはこの一週間毎日欠かさず由良の見舞いに訪れていた。病院に泊まることは出来ないので、面会開始時間から終了までずっと傍にいた。
毎日眠る姿を見て、一瞬死んでしまったんじゃないかと不安になって、微かに上下する胸と、温かさを感じる手、とくりとくりと緩く脈打つ心臓を聞いてようやく生きていることにひとまず安堵する。その一連の流れを確認しなければちっとも安心できず、自分の心を保つこともできなかった。

「由良っ…」

私、全然分かってなかった。
心の中で自分を責める。
前世で読んでいた頃は、ただ楽しかった。怪我をしてもすぐによくなって敵を倒して、最後にはみんな協力して戦う展開に、すごくワクワクして、それだけだった。怪我の描写もそんなになくて、キャラクターたちの言動も元気そうで、大したことないんだと、勝手に思い込んでいた。
そんなこと全然なかったのに…!
よくよく思い返せば、この事件が終わってから次の出来事まで約1ヶ月の期間が空いているのだ。物語だから、毎日描かれている訳では無いのに、自分は彼らの元気そうに描かれている姿を見ていたからか、大丈夫だと考えてしまっていたのだ。
下校途中、ハルと遭遇し、初めて殺し屋の存在を知った。慈悲が全くない、裏社会で生きる人間を認識して、どうしようも無いほどの恐怖が襲いかかってきた。くるみが残って対処すると分かった時どれほど怖かったか。ハルにいつも通りを装う余裕がないくらい怖くて怖くて堪らなかった。
あの時はくるみの高い戦闘能力に、ズバ抜けた彼女自身のセンスによって無事に済んだが、由良は違った。
ツナがいるから大丈夫だと必死に思い込もうとしていた。由良が人に頼るのが苦手な性格だったから、ツナたちに頼ってくれればきっと大丈夫だと考えるようにしていた。こんな恐怖、どうということはないのだと、無事に帰ってきた由良に心配し過ぎだと言って吹き飛ばしてくれると信じようとしていた。
それなのに、こんな状態の由良が戻ってきて、どうやって安心したらいいのか。いつ目が覚めるのか分からない。もしかしたらこのままかもしれない。目が覚めず、このまま…そう考えただけで、震えが止まらなくなった。呼吸が苦しくなった。

「早く…」

目を覚まして。
祈るように手を組んで、ぎゅっと目を瞑る。
神様、どうかどうか、由良を治してください。早く、早く元の元気な姿にしてください。
夕暮れ時の夕日が差し込む病室で、なまえは1人、祈っていた。

「なまえちゃん。」

ガラリとドアを開けて入ってきたくるみが呼びかける。ゆるりと振り返ったなまえはどこかやつれたような顔で少しだけ口角を上げて、どうしたの、と聞いた。そんな彼女の姿にぐっと唇を噛み、すぐにニコリといつも通りに見えるように笑んでさっきね、と話し出す。

「恭弥くんの意識、戻ったんだって。よかったら行ってきたらどうかなって。なまえちゃん、恭弥くんのことも気にしてたでしょ?」
「………………。」

くるみの話を最初は理解出来ていなかった様子のなまえだが、すぐにハッとなり、でも、と眠る由良に視線をやった。そんな彼女にくるみは大丈夫!と声をかける。

「由良ちゃんは私が見てるから、心配しないで行ってきて!」
「くるみちゃん…」

くるみの笑顔と言葉に安心して、ホッと息をついたなまえは分かったと呟いてヒバリの病室に向かうことにした。

「じゃあ、ちょっと行ってくるね。」
「うん!いってらっしゃい!」

パタンと閉まった扉に、笑顔で手を振っていたくるみは手を下げ、眠る由良に目を向ける。

「やっぱり…」

その後に続いた言葉は出なかった。


くるみから教えられた病室のドアを恐る恐る開け、中を覗いた。
由良と同じ個室を使っているヒバリの姿は入り口からは見えず、横たわっているだろうベッドの先しか見えなかった。
それにもどかしさを感じつつ、ゆっくり歩を進めていくと、ようやくヒバリの眠っている姿が見えた。意識を取り戻したと聞いたが、すぐに眠ってしまったのだろう。
平常時なら、ただ眠っているだけ、以前お見舞いに行った時のようにファン精神が働いて感動していただろうが、由良の状況でメンタルがやられてしまっている今のなまえには、ヒバリが死んでしまっているようにしか見えなかった。

「っ!」

不安や恐怖で呼吸が浅くなり、溢れ出そうになる涙をぐっと堪え、慌てて近づいたなまえは由良にするのと同じようにヒバリが生きているかの確認をしていった。口元に手をやって息をしているかを確認し、心臓の音を聞こうと耳をピタリとヒバリの胸にくっつける。ドクンドクンと聞こえる重低音に合わせて上下する胸板に、耳を寄せている自分の視界も動くことでようやくヒバリが生きていることを実感する。
安心したからか、ぶわりと涙が溢れ出てきてポロポロと零れていく。

「生き、てる…」
「勝手に人を殺さないでくれる。」
「っ!ヒ、バリさっ…!」

ガバリと顔を上げたなまえに声をかけたヒバリは、手当を受けた顔を少し顰めながらなまえを見つめていた。顔は顰めているものの、瞳は非常に穏やかで、どこか安心したような色が見えた。そんなヒバリに気づかないなまえはよかった!本当によかった…!とえぐえぐ泣きながら繰り返す。

「泣き止みなよ。」

余りにも泣いている姿に呆れたように言ったヒバリは、手の甲で涙を拭ってやる。自分の涙を拭うために何度も目を擦っていたなまえはヒバリの手を取り、すり、と頬を寄せた。

「あったかい…」
「!」

安心したように目を閉じて涙を流しながらも微笑むなまえは完全に無意識、無自覚で起こした行動だった。彼女の心はよかった、生きていた、その言葉でいっぱいだった。
なまえの行動に驚いたヒバリは静かに目を見張り、どくりと大きく心臓が脈打つのを感じていた。そこからじわじわと体の内側から温まるような心地良さと、まるで己と同等かそれ以上の強者と会えた時のような胸の高まり、興奮に似たようなものを覚え、しかし目の前にいるか弱い存在に何故そう思うのかと戸惑った。

「あ、の…」

暫くして泣き止んだらしいなまえが羞恥からか顔を真っ赤にしながらそろりそろりと掴んでいた手を離す。声をかけた時、手の甲にかかった彼女の吐息にピクリと反応したが気づかれなかったようで、俯いた彼女は勝手にすみません、と小さく謝った。先程まで掴まれていた左手を戻し、少し物足りなさを感じたヒバリはそれを不快に感じ、なまえに目を向けた。
そこで気づく。なまえが以前見た時よりも疲れているような、やつれている様な姿をしている。見た目というよりは、全体的な雰囲気から、どこか滅入っているような、そんな空気を感じたヒバリはイタズラの首謀者は倒したよ、と言葉をかける。
ピクリ、と肩を揺らして反応したなまえはしばし硬直し、視線を右に左に忙しなく動かしながらそう、ですね、と呟いた。その反応に何かあると思ったヒバリは寄り道しないで帰ったのかと問えば、ぎこちなく頷かれた。これは嘘だろうと分かったが、反応が少し弱いので、別の思いつくものを考える。

「神崎由良なら、ピンピンしていたよ。」
「っ!」

その名前を出した時、ビクリと大袈裟に肩を揺らし、目に涙を溜めた様子に原因はこれだとアタリをつけたヒバリは、黙ってなまえを見つめる。見られているなまえは口を開けては閉じ、と繰り返し、やがてぐっと堪えるように顔を歪めたかと思うと、またポロポロと涙を流し出した。

「ごめっ、なさっ…!」
「いい。話して。」

謝ろうとするなまえに優しさを含んだ声色で促した。なまえはそんなヒバリに今まで堰き止めていた感情を全て吐露する勢いで話し出す。
由良が怪我を負って戻ってきたこと、脳になんらかの影響を受けているためそれを回復するように眠り続けていること、一週間それが続いていて毎日生きているか確認していること、そうしなければ死んでしまっているのではないかと不安になってしまうこと、もしかしたら、このまま一生目が覚めることなく死んでしまうのではないかと恐怖を感じていること。全て話したからか、涙は止まることなく流れ続けていた。そんな彼女に、ヒバリは声をかける。

「神崎由良は、君を置いて逝くような人間には見えない。もしそうなったとしても、君に何かを残して逝くはずだ。」
「っ…!」

ヒバリの言葉にいつの間にか俯かせていた顔を上げる。言われてみれば、確かに由良は何か言葉を残していく、それでなくても、置いていくのは心配するような性格だ。
なまえの空気が変わったことに気づいたヒバリはそれに、と付け足す。

「ここの病院は僕が贔屓にしていることもあって優秀な医者も多いからね、すぐに目を覚ますよ。」

ヒバリの絶対と断言したような物言いに、何故だかそんな気もしてきたなまえ。なんだか心がフッと軽くなったような、どこか和らいだような心地がして、ようやく安心できたような感覚があった。なまえはその心地良さを感じたままヒバリに呼びかける。

「ありがとうございます…」

初めて見る穏やかな微笑みだった。
真正面から見ていたヒバリは逸らすように目を閉じて、先程漸く意識を戻した疲れからか寝る、と一言言ってすぐに眠りに就いた。
なまえはおやすみなさいと小さく言って、そっと病室を出た。向かうは由良の病室だが、その心は今までよりもうんと軽く、蟠りが解けてスッキリとしていた。

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