リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的50

そよそよと柔らかな風が揺らす草が頬を擽る感覚で目が覚める。見えるのは綺麗な澄み渡った青空と、春を思い起こさせるような輪郭がぼんやりとした白い雲。太陽は見えないが、やけにはっきりと見える景色にきっと晴れているのだろうということが分かる。夏のような暑さは感じられず、時折吹く風が心地よい。
はて、自分はいつの間にこんなところに来ていたのだろうか。疑問に思い、思い出せるだけの記憶を手繰りよせる。
確か、先程まで自分は下校中で、何故か商店街の方に行って、そこからバスに乗って、隣町まで行って、と一つ一つ確認していき、辿りついた1つの結論にフッと心が軽くなる。

「あぁ、夢か…」

呟いて、起き上がる。
どうやら自分は広い湖の近くに寝ていたようで、目の前に広がる水面に癒されるような心地になる。後ろには巨木が1本立っており、木の葉が風で揺れてさわさわと音を立てている。
普段住宅街や学校、商店街といった、ビルとまではいかずともそういった建造物ばかり見ていたせいか、体は無意識に大自然を求めていたのだろう。夢は時折自分の願望も表すとも言うから、これは自分の望んだ風景なのだと由良は1人納得し、心穏やかな状態で清々しい気持ちも抱きながら大きく伸びをした。
と、後ろの方からカサリ、と風ではなく歩いて草を踏みしめた時のような音がした。

「おや?」
「!六道、骸…!?」

振り向けば、あの時の怪我が嘘だったかのように傷ひとつないピンピンした状態の骸が立っていた。
警戒する由良にそう身構えなくても、何もしませんよ、と話す骸は確かに敵意がなく、そしてよく考えてみればこれは自分が見ている夢なのだと冷静になった由良は、無言で緊張によって強ばっていた身体を弛緩させる。
ここで目覚める前、骸の過去を聞いてしまい、その前には映像としてはっきり見てしまっていたからか、無意識に骸を気にしていたのだろう。自身の夢に現れた骸を見て、由良はそう考えた。
夢の中だからか、骸の表情は印象強い怪しげな微笑ではなく、どこか腑に落ちないといったような無表情な点はどこか不思議な心地だが、戦うことに神経を尖らせていたからそこまで見えていなかったのかもしれないと思い直す。

「身体、大丈夫、なの…?」

暫く続いた沈黙に耐えきれなくなって恐る恐る聞いた。
夢だから無傷の状態なのだろうが、自分で自分を撃ったり、目を抉ったりといった骸の行為を見ていたからか、少し気になった。骸は静かに目を見張り、やがてよく見せる笑みを浮かべながら答えた。

「体調面で言えば、頗る不調ですよ。滅多に使わない人間道まで使いましたからね。暫く休養が必要です。」
「あ、そ、なんだ…」

再び訪れた沈黙に由良はなんであんなことを聞いたんだと後悔した。こういうとこだけ現実を見せなくてもいいだろうに。無意識に見せているだろう自分に対して思わずツッコミを入れる。
そんな由良に、今度は骸が話しかける。

「それは、同情ですか?それとも心配して?」
「え………」

固まった由良を見つめる骸はまた無表情に近い表情に戻っている。
夢だと思っている由良は自分は何をさせたいんだ、と頭を抱えたくなるのを抑えて考え込む。そしてパッと顔を上げた。

「たぶん、どっちも?」
「………………。」
「だって痛いじゃん、あんなのしてたら。それに幻覚使うのめちゃくちゃ体力いるし頭痛くなるし、だから骸もそうなんじゃないかなって思って聞いただけなんだけど。」

静かに目を見張った骸はそのまま黙って聞いている。

「心配は、してるかな。辛そうだったし、苦しそうだったから。でも同情は分からない。この心配が同情からきてるのであれば同情してるんだろうし、アンタから見て同情してるように写ってるならそうなんじゃない?」

由良の答えに納得がいったのかは分からないが、骸はフッと力を抜くように笑い、そうですか、と呟いた。
そんな骸の様子に今度は由良が目を見張る。今の骸の表情は安心したような、穏やかそうな柔らかい雰囲気を纏った微笑みだった。記憶の中で、骸は1度もそんな表情をしていなかったはず。何故ならずっと張り詰めた空気だったから。
いくら夢でも、見ていないものをつくり出すなんて不可能なのでは?
そう思った由良は、そこから頭を過ったひとつの疑問から目を逸らすようにごくりと唾を飲み込んだ。

「では君は僕を心配していたから、と思うようにしましょう。」
「あ、うん。ご自由にどうぞ。」

一拍遅れて答えた由良を気にかけることなく骸はそれにしても、と顎に手をやる。

「ここに来るまで戦っていた相手を心配するとは、いくらなんでもお人好しがすぎるのでは?もう少し警戒した方がいいですよ。いくら精神体とはいえ、まだ能力は使えますからね。」

ぱちくり、と目を瞬かせた由良は一瞬呆けたがすぐに気を取り直して警戒も何も、と口を開く。

「私の夢なんだからする必要なくない?」
「は?」
「え?」

心底驚いたとでもいうような骸の反応に戸惑った由良。まさか、いやでも違うだろうと、恐る恐る夢じゃないの?と聞いた由良に骸はハッとなり、なるほど、と呟いた。

「残念ながら、貴女の前にいる僕は正真正銘、本物の六道骸ですよ。」

その答えに大きく目を見開いた由良に骸はクフフ、と怪しく笑った。

「つまり、今までの会話って全部夢じゃなくて、現実だったってこと?」
「まあ、そうですね。」
「じゃあここにいる骸は夢じゃないから、次もし会う時があれば全部覚えてるかもしれないってこと?」
「そうなりますね。」
「うわ…」

淡々と答える骸の様子にこれは本当のことなのだと嫌でも気づかされ、由良は手で顔を隠してはっず!と叫びしゃがみこんだ。突然の由良の行動に驚いた骸は何してるんですか、と呆気に取られながらも聞いてくる。

「だって!夢だと思ってたから、私、無意識に骸のこと心配してたんだと思って…いやちょっとは気にはなってたけど!でも、あんなバカ正直に心配してるとか、言わないでしょ…」

恥ずかしすぎる。
羞恥で真っ赤になった顔を上げたり下げたりしながら最後には小さくなる由良は、少なくとも骸がこれまで見た彼女とは全く違っていた。
だが、逆にその事実が骸の心を軽くした。

「クフフ……ハハハハハハ!」
「笑うなよ人が羞恥に耐えかねている時に!」
「クフッ…無理です。」
「クッソ腹立つくらいいい笑顔浮かべやがって…!」

忌々しげに睨んでくる由良はそれはそれは清々しい爽やかないい笑顔で返す骸に、フルフルと拳を震わせる。
落ち着け落ち着け、と心の中で深呼吸をしていくうちに先程までの感情の高まりもおさまっていき、骸も一頻り笑い終わったのかふぅ、と1つ息を吐いていた。そんな骸を見てそういえば、と思いつく。

「さっき夢じゃないって言ってたけど、それならここはどういうところなの?どこの国にいるの?」

聞いてきた由良に骸はああ、と呟いて説明した。
ここは精神世界と呼ばれる場所で、夢ではないが、現実でもない場所らしい。今の由良は夢の人間ではなく精神体で、骸も同じらしく、かと言ってここで死んだり傷ついたりすれば現実世界の身体にも影響が出るらしい。

「そしてここは貴女の精神世界です。」
「私の?」

頷く骸にあれ?と首を傾げた。自身の精神世界であるなら自分がいるのは納得できるが、骸がいる理由が見当たらない。何故いるのだろうか。
じっと見つめても答えは出てこないので正直にどうして骸がいるのか尋ねた。

「僕は少し特殊でしてね、散歩をしていたらたまたま見つけたので寄ってみただけです。」
「は?」

あっけらかんと話す骸に一瞬理解が遅れた由良は少ししてぐしゃりと顔を歪めて冷めた目で趣味悪、と呟いた。骸は気にしていないようでなんとでも、と返す。

「っていうか、寄ってみただけならもう満足したでしょ。さっさと出てって。」
「嫌です。」
「は?」

ピキリ、と由良の額に青筋が浮かぶ。骸は気にせず、酷く穏やかな顔で言った。

「少し、話しませんか。お互い気になることがあるようだ。」
「…………………目が覚めるまでね。」

本当は嫌だと答えたかった由良だが、骸の穏やかでありながらどこか懇願するような表情にグッと出てきそうになった言葉を押し留めて渋々応じた。
お互いの視線は遥か遠くまで続く湖に向けられて交わることはなかった。

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