リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的25

由良と分かれたなまえはいつもより少し重い足取りで帰宅した。手洗いうがいを済ませ、自室に荷物を置いてからくるみに持ってこいと言われたガトーショコラが保管されている冷蔵庫を開けた。

「あれ…?」

お父さんに謝らないとなぁと思いつつ開けた冷蔵庫に目当てのガトーショコラはなく、もしや冷凍庫にでも入ってるのか?と確認したがそこにも見当たらなかった。

「ねぇ、私が作ったガトーショコラ食べた?」
「ああアレね。お父さんがさっき美味しそうに食べてたわ。」
「あれまぁー…」

どうやら休憩の時に我慢出来ずに食べに来たらしい父親に罪はない。元々あげる予定だったのだから。しかし事情を知らないくるみはきっと我が家に向かっていることだろう。
必要だったの?と母親に聞かれ、大丈夫と咄嗟に返したなまえは昨日ガトーショコラを作った時に使った材料を確認していく。うん、充分足りそうだ。ついでに他の材料も確認し、買い足す必要は無いと分かりエプロンを着用する。

「ちょっとキッチン借りるー。」
「ちゃんと片付けなさいよ。」
「分かってる。」

なければ作るしかない。思い立ったなまえは必要な道具をガチャガチャと出していき、貰っておいたバレンタイン用のレシピ集から目当てのものを見ながら作り始めた。


順調に進み、あとは焼き上げるだけとなった頃、ピンポーンと家のインターホンが鳴った。気を遣って母親が出てくれたようで、玄関に向かっていったのが見える。

「くるみちゃん来てくれたよ。」
「お邪魔します!」
「くるみちゃんいらっしゃーい。」

リビングに通されたくるみはエプロンを着たなまえに気づきどうしたのか聞いてくる。それに素直に事情を説明し、今焼くところだからと伝えれば何故かパアッと嬉しそうな雰囲気になる。

「作り立て!美味しそう!恭弥くんも喜ぶよ!」
「恭弥くん?………へぇ〜、そういうことね。」
「違う違う誤解だから!」

くるみのいらぬ爆弾発言により、ニヤニヤとこちらを見る母親に必死に弁明するも聞き入れられない。それどころか、だったらとラッピング用の袋やクッション材等色々と家の物置から持ってきてくるみとあれこれと吟味し始めた。やめてほしい切実に。これなら一番ぽいんじゃない?いいですね!2人の会話に頭を抱える。

「ハートはまずいハートは。却下却下!」
「えぇー、一番可愛いのに。」
「アンタこういう所でアピールしとかないと。」
「しなくていいからそういうの!」

ちらりと見えたハートのシールやピンク色の如何にも本命です!と言うようなリボン等に流石にと焦って取り上げた。油断も隙もあったもんじゃない。
盛り上がる2人をなんとか止めていくうちに焼き上がりを知らせる音がオーブンから鳴り、焼き上がりの甘くて良い香りが部屋中に立ち込める。
取り上げたラッピング用の袋等を隠すようにしながらキッチンに向かったなまえはオーブンから出来上がったばかりのチョコレート菓子を取り出し、焼き加減を確認する。

「あれ?ガトーショコラじゃないの?」
「作りたかったのと食べたかった気持ちが勝ってフォンダンショコラにしたの。ガトーショコラよりは食べやすいかなぁって思って…」
「そうなんだ!でも出来たて渡すんならこっちの方がよかったかも!」

くるみが指摘したとおり、なまえが作り直したのはガトーショコラではなくカップにそれぞれ入ったフォンダンショコラだった。温めてしまえばそれで解決するが、やはり出来たてならトロリと流れるチョコレートを楽しめるフォンダンショコラの方が良いような気がして材料も揃っていたから作ったのだ。くるみからヒバリは甘いものが苦手と聞いていなかったので一応チョコレートはビターを使ったが、そこまで甘さ控えめではない。それでも少し不安でくるみを見れば、彼女は完璧!とでも言うように早速ラッピングに取り掛かっているので問題は無さそうだ。

「出来た…」
「やったねなまえちゃん!恭弥くん絶対喜んでくれるよ!」
「あ、うん。そうだね。」

母親にも手伝ってもらいながらなんとか形になったプレゼントを見てホッとしたのも束の間、すかさずぶっこまれる逃れようのない現実にもはや諦めの境地に達したなまえは遠い目をしながら答える。くるみは気づいていない様子で早く行こうと急かしてきて、片付けはやっておくからと気遣ってくれた母親に感謝しながらもう一度学校に戻った。


学校は部活動に励む生徒のみとなり、チョコを渡している生徒たちはいなかった。靴を履き替えまっすぐ応接室に向かうくるみに慌てて待ったをかけようとするが、力の弱いなまえでは引き止めることは出来ず、結果としてズルズル引き摺られるような形であっという間に応接室に着いてしまった。

「恭弥くんお待たせ!なまえちゃんのチョコ持ってきたよ!」
「くるみちゃん!?」
「くるみ…」

ドアをノックしてから返事も待たずにガラリと勢いよく開け部屋に入るくるみと止められずにつんのめって転びかけるなまえ。ヒバリはギロリとくるみに目を向け、ムスッと不機嫌そうな顔をした。しかし慣れているくるみはそんな目などお構いなしとでも言うようにちゃんと待ってたよね?とヒバリに近づいていく。いつの間にか手を引かれていたなまえも抵抗虚しく引っ張られるようにしてついていった。

「突然訳の分からないことを言ったかと思えば堂々と遅刻なんて、覚悟はいいかい?」
「もうっ!なまえちゃんの作りたてのお菓子付きでなまえちゃん連れてきたんだからそんな事言わないでよ!っていうことではい!なまえちゃんです!」
「えっ!?」
「…………頼んでないよ。」

立ち上がり、近づいたくるみを噛み殺さんと言わんばかりにトンファーを構えたヒバリだが、突然なまえを前に出され、すぐに赤くなるなまえの姿に興が冷め、脱力したようにため息混じりに苦言を呈す。くるみは気を利かせてか皿やフォンダンショコラに合う飲み物を取ってくると2人を置いて部屋を出ていってしまった。
残されたなまえはどうしようと頭を必死に回転させながら考え、ひとまず謝罪だ!と意気込みヒバリを見上げた。

「っ…!」

ちょうどヒバリもなまえを見ていたようで、バッチリ目と目が合ってしまい直視出来ず俯いた。いや違うこんなことをしてる場合じゃないんだ!己を必死に鼓舞し、なんとか謝罪、あわよくば今しがた作ったばかりのプレゼントを渡して早く帰りたい気持ちでいっぱいで、それでもと頑張って口を開いた。

「あ、の…突然、お邪魔して、すみません…」
「……………。」
「あとっ、あの、これ、よかったら…ば、バレンタインのチョコ、を作ったので、お、お茶請けにでも、してもらえれば、と…」
「………………。」

自分でも思ったけど手作りって気持ち悪いよね!?
終始無言のヒバリに気まずくなり、1度冷静に物事を考えることが出来てしまったことでくるみに言われたからと言って作り直し持ってくるべきではなかったと後悔した。差し出した手前やっぱりナシで!とは言い難く、引っ込めることは出来なかった。悪い方向に考えてばかりのなまえの差し出している手は震えており、緊張していることが見て取れる。

「顔上げなよ。」
「っ……………」

受け取ることも拒否することもせず、ただ静かに言うヒバリの言葉に従い、恐る恐る顔を上げる。見れば不機嫌ではないものの、どこか腑に落ちないといった表情のヒバリがただ真っ直ぐになまえを見ていて、見られていると分かったなまえはビクついてまた俯いてしまった。それに今度は苛立ち、不機嫌を顕にしたヒバリは同じことを言わせるなと言わんばかりになまえを睨み、俯きつつも察したなまえはもう一度そろそろと顔を上げた。

「もう一度。」
「えっ…」
「その状態でもう一度さっきと同じことを言って。頭を下げればやり直させる。」
「さっ、き……?」

ヒバリに言われたことを必死に思い出す。さっきと同じこととは、この顔を上げろ云々の前の事だろうから、つまりそれは………!
考えついたなまえは更に顔を赤くし、潤みの増した瞳は戸惑いや緊張でキョロキョロと忙しなく部屋のあちこちを行ったり来たりと動かしている。無理です!と声を大にして言いたかったが大好きな推しの手前そんな事は許されず、暫し無言の状態が続く。
流石に待ちくたびれたヒバリが苛立ちを隠すことなく早くと急かそうと口を開きかけた時、ようやくなまえが緊張しながらあの!と声を発する。

「バ、レンタイン、の、チョコ、を、作って、きた、ので、よかったら、ど、どうぞ…!………あっ。」
「もう一度。」
「っ…………」

途中までは順調だった。緊張で言葉は詰まってしまうが、しっかり顔も上がっていたが、最後の最後で耐えきれずに下げてしまったためやり直しとなった。そこから再び緊張を解し挑戦したが、何度も何度も顔を逸らしたり目を逸らしたり、閉じてしまったりと最後まで顔を上げ続けることが出来なかったと判断され、やり直すはめになった。


何度目になるか分からないほどやり直しているにも関わらず、ヒバリは不機嫌になることなく、根気強くなまえに付き合っていた。その表情はどこか楽しげで、少し穏やかさも伺える。彼の心境は優越感にも似た何かを抱いていて、決して不快に感じるものはなかった。

「バレンタインのチョコ、を、受け取ってください!」
「いいよ。」
「っ………!!あ、りがとう、ございます…!」

遂に目を逸らしたり閉じたりすることなく、顔を上げ続けて言いきれたなまえ。そんな彼女に悪い気はせず、すんなりと了承したヒバリはずっと差し出されていたフォンダンショコラの入った袋を受け取った。
受け取って貰えた嬉しさと、ようやく緊張から解放された安心感に脱力したなまえはお礼を言った瞬間しゃがみこむ。しかしにやけてしまう顔は決して見せないように口元を手で覆うことで隠し通した。

「何してるの、君。」
「あ………もらってくれたのが、嬉しくて、腰、抜けて…?」
「へぇ、泣くほど嬉しかったんだ。」
「えっ…」

ヒバリの指摘に自分の頬を流れる涙に気づいたなまえは急いで拭うが、涙は止まらず、早く止めないと!と焦るなまえは軽くパニックになる。焦るせいかボロボロと止めどなく流れる涙に別の意味で泣きたくなってくる。

「何してるの。」

はぁ、とため息をついたと思えば、ヒバリがしゃがみこんだなまえに合わせるように近づき、ゴシゴシと目を擦るなまえの腕をのけてなまえの目尻に自身の制服の袖を押し当てた。驚き固まるなまえ。ヒバリは涼しい顔のまま無言で涙を袖に吸わせている。

「何、してるの?恭弥くん。」

どうしようとなまえが困惑しているところに入口から背筋が凍るような声が聞こえてきた。ビクリと肩を跳ねさせ振り向けば、ニコリと笑っているのにちっともそう見えない、後ろにブリザードでも背負っているかのような雰囲気を漂わせるくるみがこちら、正確に言えばなまえの涙を拭いているヒバリを見下ろしていた。

「くるみちゃん…?」
「どうしてなまえちゃんが泣いてるの?恭弥くん。」
「知らないよ。彼女が勝手に泣き出したんだ。」
「は?」

部屋の温度が少し下がるような冷たく低い声は普段の彼女からは想像もつかないもので、先程とは別の意味で驚いたなまえだが、ヒバリの言葉に納得がいっていない様子のくるみの様子に誤解を解かなければ!と声をかける。

「あ、あのくるみちゃん!ひ、ヒバリさんの言うことは、本当でねっ…!あの、ちゃんと渡せたから、嬉しくて、泣いちゃってっ…だからあのっ、ヒバリさんが、何かしたってわけじゃなくて!むしろ私がしちゃったって言うか…!」

しどろもどろになりながら必死に説明するなまえに笑顔のまま目を向けたくるみ。そんな彼女をどうにかせねばという思いであの、あのね!と必死に言葉を繋げるなまえ。その目にはもう涙はなく、ただ擦っていたせいか少し赤みがある程度であった。

「なぁーんだ!そうだったんだね!だったらそうと言ってくれればよかったのに!」

なまえの様子に嘘はないと判断したのか先程とは打って変わって、雰囲気を和らげたくるみはなまえに駆け寄り可愛いなぁ!と言って抱きついた。いつもの様子に戻ったくるみに安堵したなまえは安心したように笑い、心配してくれてありがとうと伝える。

「さ!それじゃあおやつの時間にしよっか!恭弥くん貰ったの貸して。お皿に移すから。」
「僕の物を渡すつもりはないよ。」
「………………ふぅん?じゃあいいや。なまえちゃん、余分に持ってきたの使ってもいい?」
「あ、うん。大丈夫だよ。」

念の為に持ってきておいた普通に袋に入れただけのフォンダンショコラを皿に移し、くるみが用意した紅茶と一緒に何故かなまえまで頂くことになった。準備する時、時折意味深な表情でニヤリと笑ってヒバリを見るくるみに不思議に思ったが、聞かない方がいいと判断し、気にしないようにした。


フォンダンショコラはそこまで不評でもなく、くるみからは美味しいと言って貰え、ヒバリは不味いとも言わなかった。自分で食べても普通にイケるなというレベルだったので、少しホッとしたおやつの時間も終わり、使ったお皿やカップを片付けたなまえはそろそろ帰ろうとしていた。

「くるみ、仕事しておいて。僕は見回りに行く。」
「しょうがないなぁ。優しい私がやってあげましょう!」
「元々遅刻したのは君だろ。」

帰ることを伝えれば、途端立ち上がるヒバリ。えっ?えっ?と戸惑うなまえを他所にくるみとポンポン話を進めたヒバリはそのまま応接室を出ていった。

「なまえちゃんよかったね!恭弥くん送ってってくれるって!」
「えっ!?」

まだ何もお礼すら言えてないのに!と困惑していたなまえにくるみはにこやかに声をかけ、行って行って!と促す。まさかと思いつつ慌てて応接室を出れば、少し先に腕を組んで立ち止まってこちらを見ていたヒバリと目が合った。

「遅いよ。」
「す、みませんっ…!」

待っていたかのような口ぶりにパタパタと駆け寄りながら謝罪すれば、次走れば噛み殺すと注意を受ける。すみませんともう一度謝り、先に歩き出したヒバリの後を一定の距離を保ちながらついていく。が、すぐに立ち止まって僕の背後を取るなんていい度胸だね、とトンファーをチラつかせるので慌てて隣に並んだ。
自分より下の位置にある小さな頭に満足感を抱いたヒバリはまた歩き出した。その速度は以前と同じようになまえに合わせるかのようにいつもより少しゆっくりしたものだった。

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