リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的24

担任からの連絡事項を右から左に聞き流し、遂に迎えた放課後。くるみは帰り支度もそこそこに、今日1日ずっと気にしていた友人なまえの元へ向かった。

「なまえちゃん!」
「っ!くるみちゃん…?」
「恭弥くん今日応接室にいるって!」
「え、うん…」

くるみの勢いに驚いたなまえは彼女が伝えたいことがよく分からず、呆気に取られつつ生返事で返す。どうしたんだろうと見ればそうじゃなくて!と地団駄を踏むような素振りのくるみがあーでもないこーでもないと頭を抱えている。こんな風に取り乱すくるみは珍しく、1年かけてやっと彼女に対する誤解が解けたクラスメイトたちも不思議そうに見ていた。

「なまえちゃん、恭弥くんにチョコ作ったんだよね?」

くるみが聞いた内容になんとなく察したなまえは絶対話を広げまいとそうだけど、と返すが全てお見通しだとでも言うようなくるみは不服そうにぷくりと頬を膨らませている。可愛らしいなあと思ったなまえはどうやって話題を変えようか考える。が、それより先にくるみが言う方が早かった。

「折角作ったんだからちゃんとあげなきゃだよ!なまえちゃん!」
「えぇ…」

身を乗り出して説得してくるくるみに対し、なまえは嫌そうに返すだけである。そんななまえになまえちゃん!ともう一度呼び掛けるくるみは今朝のことを思い返す。
いつものように幼なじみの手伝いを終えたくるみは偶遭遇したなまえ、由良とバレンタインのチョコレートを交換しあった。そこでなまえから友達に配る用ではなく想い人に渡す用だろうデコレーションもしっかり施されたガトーショコラの写真を見せられたのだ。寝ずに作りました!珍しくゲームもしなかった!褒めて褒めて!と自慢げに言うなまえはくるみから見ると非常に可愛らしく、この様子をそのまま幼なじみに教えてあげたい!と思うものだった。もしこれが幼なじみに渡すものでなければせめて市販のものだけでも渡してあげてと言うつもりだったが、テンションが上がっていたのか勢いのままなまえは言ったのだ。ヒバリさんを想って作ったのだと。それならばヒバリの幼なじみでありなまえの友人である自分が一肌脱がなければ!と意気込んだくるみはこうして行動に出ているのだが、当人のなまえがこの調子では進むものも進まない。

「くるみちゃん、冷静に考えよう?2回くらいしか会ったことのない人間の手作りのお菓子なんて食べたいと思う?」
「でも恭弥くんなまえちゃんのこと嫌いとか言ってなかったよ?」
「嫌いとかの次元じゃないと思う…第一、渡すなんて物理的に無理だよ。持ってきてないんだもん。」
「………………えっ!?持ってきてないの!?」

正論じみたことを言って逃げようとするなまえのとんでも発言に仰天した。あれだけ自慢しておいて、まさか一切れも持ってきていないとは。え、じゃあなんの為に自慢したのこの子。くるみの疑問は尤もだが今はそれどころではないと考え直し、それじゃあと言葉を続ける。

「じゃあ一旦帰ってちゃんと持ってこよう!私たちいつもおやつの時間あるからその時に間に合うようにすれば大丈夫!」
「すっごい問題発言してるけどそこは大丈夫?周りまだ人いっぱいいるよ?」
「じゃあ私恭弥くんにちゃんと待っててって言いに行くから、なまえちゃんは先に帰ってて!あとで必ず迎えに行くから!」
「え、無視?」

何か色々言っている様子のなまえだが、頭の中で忙しく今日のこれからの予定を組み立てているくるみには届いておらず、じゃ!と告げて早歩きで教室を出る。ここで走っていることが見つかってしまえば好都合とばかりに幼なじみの大好きな喧嘩に発展してしまうので逸る気持ちを落ち着かせるように深く息を吐く。

「あっ…」

ヒバリのいる応接室に行くまでには教室に近い階段を使う必要があり、そこはくるみがいるB組の教室からだと隣のA組を通らなければならなかった。そのA組には同学年の女子生徒の大半を騒がせている男子生徒らが属していた。転校生の獄寺隼人と野球部の山本武である。A組の中をちらりと見れば案の定2人は女子生徒達に囲まれており、頑なに貰ってと言うチョコを受け取らない獄寺とニコニコといつも見る爽やかな笑顔を浮かべながらありがとな!と受け取る山本がいた。

「やっぱり、人気者だなあ…」

くるみの目に映るのは笑顔で対応する山本で、いつもであればファン精神が働いて笑顔が素敵だなぁ、流石最推し!などと感動しているのだが、何故か今日はそのように思えなかった。それどころか、山本よりも山本の周りにいる女子生徒達に目が行ってしまう。彼女たちが持っているのは綺麗に可愛らしくラッピングされたチョコレートで、自分が用意したものとまるで違っていた。
まあ、渡す勇気もなくて鞄の奥底に入れてしまってるんだけどね。
心の中で自嘲するように零し、怖気づいて渡せない自分と周りに紛れてでも渡そうとする彼女たちとではまず土俵が違うのだ。彼女たちを羨んでしまう気持ちを持って少し自分が嫌になり、そんな気持ちを払拭しようと頭を振ったくるみは応接室に急いだ。
そんなくるみをじっと見ていた山本がいたことも知らずに。


「じゃあ恭弥くん、絶対お菓子食べちゃダメだからね!ちゃんと待っててよ!」
「意味が分からないし君の指図を受ける謂れもないよ。」
「じゃあね!」

応接室にいた幼なじみに事情を説明し、何か言われたがそれは華麗に聞き流して颯爽と出ていった。ポツンと残されたヒバリは呆れたように溜め息を吐き、再び仕事をし始めた。
嵐のようだと思われているくるみは気づくはずもなくまた早歩きで教室に向かっていた。戻る際すれ違うクラスメイトたちにまた明日!と元気良く返すくるみは一見いつも通りのように見えるが、その心は荒んでいた。

「変なの。ちっとも楽にならないや…」

そこまで長居していなかったはずなのに、あれだけ騒がしかった学年廊下や教室は既に人がまばらになっており、ガランとしていた。クラスメイトや知り合いがいないことが分かると取り繕うように上げていた口角も落ち、少し苦しげに胸辺りの服をぎゅうと掴んだ。
言葉を口にしても、苦しいはずの心臓付近の服を握っても、苦しいと訴える体はちっとも改善せず、重い病気を前世で経験したから病気ではないと何となく分かるが、しかしこの感覚は非常に不快で自然と眉間に皺が寄る。早くなまえに会ってなんとかしようと、いつの間にか止まっていた足を動かして自分の教室を目指した。

「川崎?」
「っ!や、まもと、くん…」

そんなくるみに後ろから声をかけたのは、両手いっぱいに贈り物を抱えた山本だ。少し前まで多くの女子生徒に囲まれていた彼だが、今はその女子生徒達はおらず、山本も人がいなくなったから部活に行こうとしていたのだろう、スポーツバッグを雑に肩に提げていた。

「こ、これから部活?」
「おう!川崎は今帰りか?」
「うん。恭弥くんに用があったから、さっきまで応接室に行ってて、それで…っ」
「っと、悪い。」
「ううん!気にしないで。」

話している最中、山本の腕から抱えきれずバランスを崩したのか1つラッピングされたチョコレートが転がり落ちてきた。地面に落ちる前に気づいたくるみが受け止め、崩れないように山に乗せる。チョコレートの山でうまく見えていない山本の顔も、大事にされているチョコレートも気になって、でも気にしてることを悟られないよう努めて明るく振る舞った。
山本は、そんなくるみの様子に違和感を抱き、顔が見れないからうまく言い表せない自身の感情にモヤモヤした。

「なあ、ちょっと待っててくれないか?」
「え?う、うん。」
「サンキュ!すぐ戻るから!」

ふと、何かを閃いたとでも言うような顔で言った山本は器用にチョコレートの山を崩すことなくくるみの横を通り過ぎ、その先にある階段を駆け下りていった。前が上手く見えていないはずなのにしっかりとした足取りで進む山本に流石だ…と少し感動したくるみは待っていて欲しいと言われたので通路の邪魔にならないように脇によけて待つことにした。


「悪い!遅くなった!」
「ぜ、全然!大丈夫だよ!」

暫くして戻った山本は鞄もさっきまで抱えていたチョコレートの山もなく、身軽な状態だった。推しに謝らせてしまった…!と焦るくるみは吃りながら気にしてないと伝える。くるみの心情を知ってか知らずか、良かったと胸を撫で下ろした山本に、少し緊張した様子のくるみが問いかける。

「あの、それで、どうか、したの…?」
「ああいやっ…んー……」

いつも明るく前向きで素直な言葉をポンポン口にする山本にしては珍しく歯切れが悪い様子で、目線をあちこちと右往左往させて暫く唸っていた。いつもと違う様子に何かあったのだろうか、もしかして以前のようなスランプ?でも自分にそんな事を言うとは、いやでも言うみたいな事を言われた事もあるし、と色々考え込んでしまうくるみ。

「あのさ、」
「はいっ!」
「チョコ、くんねーかな。」
「へっ…?」

意を決したように声をかけた山本につられて背筋をピンと伸ばして返事をしたくるみだったが、次に言われた言葉にポカンと口を開いて酷く間の抜けた声を出してしまった。言った山本は山本で、少し照れ臭そうに目を逸らし、頬をポリポリとかいているのでくるみの反応は見ていない。
そんな山本の様子に先程言われたことをようやく理解したくるみはボンッと音がたちそうなくらい急に顔を真っ赤に染め上げ、なんで、と口にする。

「いやぁ、朝練から戻った時、ちょうど川崎が神崎とみょうじにチョコ渡してるの見えてさ、美味そうだなぁって思って。」
「だ、だっ、て、さっきも、いっぱい持ってたから…」
「あ〜、まぁ、そうなんだけどよ。川崎ならくれるかなぁって、思ってさ。」
「っ…」

自分でも言っていて恥ずかしいのか誤魔化すように笑う山本に、言葉を失った。あんなに多くの女子生徒からチョコを貰っていたのに、それらではなくくるみからのチョコを求める山本。前世で読んだ少女漫画のような展開に、ダメだダメだと言い聞かせているのに期待してしまう心は止まらない。
期待?
葛藤するくるみはそこではたと気づく。期待とは、なんだろうか。何故自分は期待してしまっているのだろうか。
もしかして、私は

「川崎?大丈夫か?」
「っ!あっ、うん!全然大丈夫!」

俯き考え込むくるみを不思議そうな顔で覗き込む山本の呼び掛けにハッと我に返り、慌てて返事をする。

「やっぱダメか?」
「えっ…あっ!えぇと…ちょ、ちょっと待ってて!」

次に見たシュンとした顔の山本に鞄の奥底に入っているチョコレートを思い出し、一言言ってからパタパタと教室に向かった。
机の上に置かれた鞄を開け、目当ての物を取り出し、状態を確認する。周りに保冷剤を入れていたから変に溶けていたり崩れたりはしていないようだ。無事なことを確認したくるみはそれだけを持ってまたパタパタと山本のもとに戻った。

「ま、待たせちゃってごめんね!」
「そんな待ってねーから焦んなって!………もしかして、それ…」
「あ、うん。あの、山本くんのチョコです。」

くるみの言葉に嬉しそうに破顔する山本はどうぞと渡されたチョコをサンキュ!と笑顔で受け取った。そんな山本を見ていたくるみはキュン、と胸が詰まる感覚がして、もう一度胸あたりの服を掴んだ。

「あれ?2人のとなんか違くないか?」
「あっ…」

山本の指摘に正解だと言わんばかりに顔を更に赤く染め上げるくるみ。
山本の言う通り、くるみが友人たちに用意したものと、山本のために用意したものは少しデコレーションを変えていた。作ったのはロリポップのチョコレートで、友人たちに渡す分は簡単な模様、チェックだったり星だったりハートだったりをチョコペンで描いたものだが、山本の分は少し力を入れていた。山本が好きだと言っていたものを小さなチョコレートにそれぞれ描いていたのだ。前世で繰り返し聴いていたキャラクターソングで出されていた好きな物は厳選してはいるが一通り描いた気がする。

「お!これ野球ボールみたいだ!」
「か、形、似てたから、それに見立ててみました…」
「へぇー!」

丸い形を活かしてホワイトチョコにピンク色のチョコペンで野球ボールの模様を描いたチョコを見て感嘆の声を上げる山本。恥ずかしくて直視できないくるみだが、喜んでいる様子が伝わって小さく笑っていた。

「食べてもいいか?」
「う、うん!もちろん!」
「やった!小腹空いてたからさ………ん!美味い!」
「ほ、本当!?よかったぁ…」

嬉しそうにホッとしたように笑うくるみを初めて近くで見た山本は、チョコレートを口に含んだまま固まった。くるみの笑った顔は恥ずかしさで赤らんでいたことも相俟って非常に可愛らしく見え、どくりと心臓が大きく音を立て、顔に熱が集まるような感じがした。

「山本くん?」
「!あ……わ、悪い!俺そろそろ行くな!」
「うん!部活頑張ってね!」
「おう!チョコ本当にサンキューな!」

不思議そうに見上げるくるみにハッとなり、時間も時間だったため最後は慌てて別れた。
階段を降りて見えなくなっていく山本を見ていたくるみは顔を覆ってしゃがみ込んだ。

「緊張、したぁ…」

ため息混じりに出た声は震えていて、いつの日かの山本になんでも相談してね(意訳)と言った時の度胸が欲しくなった。

「でも、渡せてよかった…」

今度はなまえの番だ!と気合いを入れ直したくるみはさっきまでの嫌な気持ちはすっかりなくなり、軽い足取りでなまえの家に向かった。

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