リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的16

鋭い切れ長の瞳が、大きく目を見開いて呆然としているなまえを射抜いている。片手だけだが、構えられているトンファーは今にも振り下ろされそうだ。しかしなまえは一言も答えることなくただただヒバリを見上げている。ヒバリはその反応に苛立ったようにムッとした表情で口を開いた。

「君、聞いてるの……?」

声をかけた途端ボッと音が鳴ったように顔が真っ赤になり、眼が潤みだしたと思えばすぐさま顔を背けた。
それはなまえが初めてヒバリと目が合った時と同じ反応だった。何か答えなければと思っても、パクパク動く口から声は出ず、はく、と息が零れる音がするだけだった。早く早くと焦る度、喉が張り付いたように引き攣り、ぁ、とかぅ、といった意味の無い音が出るだけだった。ヒバリはそんななまえを静観している。

体育祭が行われているから誰もいないはずの校舎に人の気配を感じたのは今から少し前。その気配が段々自身のいる応接室に近づいていることに、ヒバリは初めから気づいていた。自分は畏れられる存在だということは自覚していたため、てっきりなまえも自分を恐れるあまりいつまで経ってもノックすることも部屋に入ることもせずずっとドアの前でウロウロしているのかと思った。だが、開けてみれば畏れると言うよりも羞恥や照れのような反応を見せるなまえに殴る気も失せ、そういえば以前も同じような反応をしていたと思い返し、少し観察してみようと黙っていた。

「あ、のっ…」

ようやく発した声は酷く震えていて、とても弱々しいものだった。まるで泣きそうな喉になにか詰まったような感覚を覚えながら、なまえは続けた。

「か、借り物競争で、紙に、と、トンファーってか、書かれて、あって…か、貸して、いただけないかと、思って、き、来ました…!」

持っていた折りたたまれた紙を震える手で広げて見せつつ、しかし顔は絶対に上げず、潤んだ瞳はあちらこちらに動かしながら勢いに任せて言った。ヒバリはなまえの話を聞き、見せられた紙に視線をやり、自身の武器を勝手に書かれたことに苛立った。
体育祭は学校全体の生徒らが風紀を乱すことなく参加する行事でもあり、日頃の授業や部活動の成果を地域に披露する為の場であり、だからこそ群れることを嫌うヒバリも開催を許可していた。体育委員は全員噛み殺そう。そう思ったヒバリはしかし踏み出そうとした足を寸での所で押しとどめ、自分よりも低い位置にいるなまえに視線をやる。

なまえは依然として顔を下げたままで、目は力を込めて瞑っている。顔の赤みは引いておらず、プルプル小さく震える様はまるで生まれたての子鹿のような状態だ。群れを成すだけの弱い草食動物ではあるが、己が好む小動物にも似たものを感じる。少し思案して、彼女が持つ紙を取った。

「貸すと言って、君は何をしてくれるの?」
「へっ…?えっ?」

間の抜けた表情と声でヒバリを見上げすぐさま俯いたなまえは、しばし彼の言葉の意味を理解するために時間を要した。
そもそも、彼女はここに来た時から借りるつもりは毛頭なく、断られることを前提に考えて来ていたのだ。彼女が想定していたのは借りようとしたトンファーで殴られて断られるか、嫌だと言われて断られるか、無言で断られるかのどれかであり、このような展開は予期していなかった。

「か、して、くださ、るんですか…?」

ようやっと意味を理解し、信じられない思いで聞く。ヒバリは条件によるよと答え、腕を組んで試すようになまえを見下ろした。
なまえは目をあちらこちらに動かしながら、滝のように汗を流している。というのも、なまえはヒバリを動かすような好条件を与えられるような強さも賢さもない。体力の無さは学年でも最下位の部類に入るし、運動能力なんて母親の胎内に置いてきたのでは、と言われるほどてんで持ち合わせていない。そんななまえができることと言えば、せいぜい品行方正な模範生として風紀を乱さないことしか思いつかない。

「ち、遅刻とか、欠席とか、しないで、えと、成績も、良くして、ふ、風紀を乱さないように、します?」
「普通だね。」
「っ………す、みません…」

即却下されてしまった。咄嗟に謝って、頭をフル回転させてなんとか案を絞り出す。何か、何か、と必死に考えて、ハッとする。

「さ、サンドバッグ、とか…!」
「いらない。」
「っ………は、い…」

どうしよう、全然思いつかない…!!
もはや泣きそうだった。自然と目に水の膜が張っていくような気がして、鼻もツンとしてきた。どうしようどうしようと頭を巡らせていると、頭上から溜め息が降ってきて、思わずビクリと肩を震わせた。

「君、確か体育の成績散々だったよね。」
「えっ…」
「これ以外に何か出る競技ある?」
「な、いです…」
「じゃあ来年、最低でも3つ競技に参加すること。必ず全部1位とるんだよ。」
「えっ…」

言うだけ言って、ヒバリはスタスタと歩き出してしまった。理解が追いつけないなまえは困惑して固まってしまっている。
なんで個別の成績の詳細を知ってるのかとても気になったが、ヒバリは下手すれば全校生徒の顔と名前、個々人の成績まで知ることが出来る立場にいるのだから当然なのかもしれないと考えを改める。それ以上に考えなければならないのは彼が出てきた条件だ。体育が頗る苦手ななまえはクラス中にそれが知れ渡っていて、借り物競争を勝ち取れたのもなまえが少しでも勝ってクラス全体の勝率を上げようとされたからでもある。クラスで出場する競技を決める時、正直これ以外はやめろと全員から阻止されるほど運動がアレだった。そんななまえがこれ以外は本当に己の体力と運動能力だけを頼りに挑む競技に参加し、更に1位まで取らなければならなくなってしまった。先程まで緊張と恥ずかしさで震えていたが、別の意味で震えてしまう。

「何してるの。」
「あ!す、みません!」

振り返ったヒバリと目が会い咄嗟に逸らしつつ、パタパタと駆け寄った。視線はヒバリの足下、上履き普通のなんだ意外だなあなんて感動し、再び動き出した足に合わせて歩き出す。足の長さが違うので追いつくのに必死だ。

「恭弥くん!なまえちゃん!」

グラウンドに着くと、くるみが駆け寄ってきた。どうやら体育委員に話を聞いていたらしく、ふざけた体育委員が書いた紙を捨てるはずが箱の中に入ってしまったことで誤って引かれてしまったらしい。また順位に関しては、もしなまえがヒバリを説得し、本当にトンファーを持ってこられたらなまえが1位になるとの事だった。困惑するなまえだが、彼女以上に困惑したのはここにいる全員だった。面白半分で書いたお題であるトンファーを結果として持ち主ごとグラウンドに連れてきたなまえと、その隣にいるヒバリの姿に周りは驚いていた。なまえを1位にすると言った体育委員も不可能だろうと思ったから許可していたので、まさか本当にクリアするとは思ってもみなかった。

「行くよ。」
「あ、はいっ…!」

ヒバリの一言で場は凍りつき、しんと静まり返った中で2人はゴールテープを切った。ヒバリが紙と共にトンファーをチラつかせたのですぐにお題と一致したと確認が取れ、なまえは納得がいかぬまま生まれて初めて運動で1位を取る事が出来た。

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