リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的142

由良とリボーンが部屋を出ていくのを見送ったくるみは、1人残された室内でぽつんと立ったまま、ぼんやりと部屋の一点を見つめていた。それは先程まで山本が座っていたソファーで、しかし無意識に見つめていたくるみは気づかず、ぼんやりとしたまま、リボーンから聞いた話を頭の中で必死に整理していた。
この時代の危険性は、分かっていたつもりだった。
見境なくボンゴレの関係者を次々と消していく、ミルフィオーレファミリーの存在。対抗するべく修業し、着実に成長していく主人公達。自分はきっと守護者だから、ただ巻き込まれて、同じように強くなっていくのだろうと、漠然と考えていた。そこには当然、京子達のように待っていてくれる大切な友達もいて、こちらを安心させてくれる笑顔ですごいねって声をかけてくれる。それが、当たり前だと思っていた。

「全然、そんなことなかった…」

ポツリと零せば、どんどん言葉が溢れ返り、脳内をぐるぐると駆け巡る。
大丈夫だと思っていた。でもそれはただの慢心だった。そんな保障はなかった。自分達のような異質な存在は、簡単に世界から切り離される。
ふと、未来の自分も同じ気持ちだったのかと考える。未来の事情は知らないながらも、自分のことならある程度予想出来る。きっと、同じだったのだろう。

「っ…」

沸々と未来の自分に対して苛立ち、唇を噛む。そしてとうとう堪えきれずに、目からポロリと雫が零れた。
なんとか止めようと目元を拭い、これ以上溢れないよう息を止めるが、喉元まで何かがせり上がる感覚と、鼻の奥のツンとする感覚はなくならず、目元に置いた手を伝って、そして下から零れ落ちる。

「ふっ、ぅ…」

せめて声は上げまいと、唇を強く噛み、零れる嗚咽も最小限になるように必死に抑え、その場にしゃがみこんで手で顔を覆う。
自分に泣く資格などないのに、どうして泣いているのか。自分が無力だったからこの結果になったのに、泣くなんて都合が良すぎる。
自分を責め立てるような言葉を頭の中で必死に思い浮かべ、そのまま自分にぶつけるも、涙も嗚咽も止まらない。早く泣き止め、泣き止めと念じるくるみの頭上に、陰が差す。

「っ!」

陰はそのままくるみに近づき、しゃがんで顔を隠すくるみを包むようにそっと被さった。
突然の事に驚き、肩を跳ねさせたくるみは涙に濡れた顔のまま、手を顔から放す。見えるのは、暗い紺色の着物のようなものと、包帯が巻かれた胸元。しかしくるみにとってはそれだけでも相手が誰なのか分かった。

「武、くん…」
「あり?もうバレちまったか!」

戸惑いながらも言い当てたくるみに、当てられた山本は気にしていないかのように明るい声で返した。しかしくるみを放す気はないようで、くるみの後頭部に手を伸ばし、そのまま自分の方へ引き寄せた。

「汗臭いかもしれないけど、ちょっと我慢な。」
「ど、して…」

軽く言った山本に対し、理解が追いついていないくるみが恐る恐る問いかけた。何故ここにいるのか。何故自分を抱き締めているのか。今のくるみが理解することは到底出来なかった。

「くるみが、気になったっていうか、心配だった?いや、ちょっと違うな…んー…なんていうか、くるみをこのままにしたらって考えたら、こう、ぐわーって嫌な感じがしてさ。とりあえず来てみた!」
「………………。」

顔は見えずとも、コロコロと表情を変え、最後には明るいあの爽やかな笑顔を浮かべて言ったであろう山本を想像し、目をぱちくりと丸くするくるみ。言葉を発せず、黙っているくるみを抱きしめたまま、山本は静かに口を開いた。

「俺デカいからさ、こんな風にくるみをすっぽり隠せちまうんだぜ。だから、誰にも見えてないぞ、くるみのこと。」
「!」

山本の意図することが分かったくるみは目を見開き、同時に山本の登場に驚いて止まっていたはずの涙がまたボロボロと溢れ出る。それはくるみを抱き締めている山本にも伝わり、より密着するよう少し自分の方へ引き寄せ、ぎこちないながらも安心させるように頭を撫でた。
くるみは顔を覆っていた手を山本の胸元に移し、自分にそんな資格はないと言わんばかりに首を横に振り、手をグッと押し、離れようとする。しかし山本はそれを許さず、抱き締める力を強める。

「武っ、くっ…やめてっ…!」
「やめない。」
「やめてっ…!!」
「ぜってーやめない!」
「!」

泣きながらも拒絶の言葉を発したくるみに、初めて声を少し荒げて返した山本。驚いたくるみが動きを止めた隙にぎゅう、ときつく抱き締める。

「好きな子が悲しい時に、泣くの我慢してるの見て、放っておけるわけないだろ…!」
「っ!武、く…」

きつく抱き締められ、思いがけない言葉がかけられたくるみは驚き、山本の名前を呼ぶことしか出来なかった。そんな彼女に山本は静かに話す。

「くるみが、泣くのを我慢したい気持ちはよく分かる。くるみは優しいから、自分よりも周りを、神崎を優先するのも分かる。」

けどさ、と言葉を区切った山本が、顔を歪ませながらも、笑みを作って続けた。

「みょうじの事でショックを受けたのは、くるみだって同じだろ。大事な友達亡くして、泣くの我慢出来るわけないだろ。それくらいは、許してやってくれよ…思いっきり泣いて、感情全部ぶつけてくれよ…!」
「!っ…」

山本の言葉に驚いたくるみは息を呑み、直後、ボロボロと涙が次から次へと溢れ出し、山本の道着を濡らしていく。肩を震わせ、声を押し殺すようにしていたくるみだが、やがて言葉を発するようになる。

「死んじゃった…」
「ああ。」
「なまえっ、ちゃっ…死んじゃったぁ…!」
「ああ。」

子供のように泣きじゃくるくるみにかける言葉数は少ない。しかし山本のくるみに向ける眼差しは深く慈しむもので、ゆっくりくるみを落ち着かせるように背を撫ぜる。
そのお陰か、くるみも呼吸を少し落ち着かせ、ひく、としゃくり上げ、ポツリと呟いた。
怖い、と。

「こ、わい…怖い、よ……過去の、私達の知る、なまえちゃんまで死んじゃったらどうしよぉ…!」
「…………。」

くるみの心からの訴えに、山本は静かに驚き、息を呑んだ。そして安心させるように緩んでいた腕を再び強め、後頭部の手はそのままに、肩を掴む手にグッと力を込めた。
過去から来たばかりのくるみ達より一足早く修業を開始するため、道着に着替え準備をしていた山本だが、なまえの事を聞き、茫然自失の様子のくるみを思い出し、居てもたってもいられなくなった。その感情そのままにトレーニングルームを飛び出し、ゲストルームに向かうまで、山本は未来のくるみとの会話を思い出していた。自身を怖がりで臆病と言った彼女は、弱音を吐露することも怖いのだと言っていた。
そんな彼女が、今自分に、不安や恐怖を伝えている。
臆病と称する彼女にとって、それがどれ程勇気がいる事なのか、山本には計り知れない。しかし、くるみの勇気を振り絞った末の言葉に対し、中途半端で曖昧な言葉を返すのは酷く失礼な事だということだけは理解している。それに、彼女が不安や恐怖を言葉にして山本に伝えたのは、山本を信頼している証拠でもあるのだから尚更気をつけなければならない。だからこそ、山本は直ぐに返答せずに、黙った。
そして、頭の中を掠めた言葉。無責任にも思えるだろうその言葉は、しかし山本にとっては確信めいたものだった。

「くるみ。」

静かに呼び掛けると、くるみはしゃくり上げながらももぞりと身動ぎをし、山本の話を聞く素振りを見せる。それを見た山本は頬を少し緩め、あのな、と口を開く。

「大丈夫だぜ。」
「っ…」

ピクリ、と、山本の言葉を聞いたくるみが反応する。山本は彼女が何かを言うより早く、言葉を続けた。

「無責任に感じるかもしれないけど、俺さ、なんとなく、大丈夫だって思ってるんだ。それに、小僧が言ってただろ?この時代のみょうじは雪のリングに触れる存在だったから狙われてたって。てことはさ、過去のみょうじも生きてる可能性が高いんじゃねーかって思うんだ。」
「!ぁ…」

山本に言われ、漸く気づいたくるみが思わず声を零す。なまえが死んだという事実に対するショックが大きくあったものの、その間も進むリボーンの話を聞いていなかったわけではない。ぼんやりとだがリボーンがこの時代の由良や自分と話す中で、何故なまえが死んだのか、狙われたのか、と言うことは聞いていた。それを今思い出し、そういえばそうだ、と考え直す。
戦う力のある自分や由良よりも、戦う力のないなまえを捕らえ、原作のユニのように軟禁してしまえば済む話だ。そしてこの時代の、死んでしまったなまえもそれに気づいて、抵抗するために行動に移したのだろう。
泣いてスッキリし、加えて山本の言葉で冷静に考えられるようになったくるみは今度こそ顔を上げる。涙に濡れた顔のままだが、その瞳からはもう涙は流れておらず、なまえが生きているかもしれないという希望への期待と、なまえを追い詰めた存在でもあるミルフィオーレを倒すという力強い意志を宿していた。
そのくるみの瞳を見た山本はホッと安堵した表情で抱きしめていた手を緩め、少しくるみと距離を空ける。それでもまだ完全に腕を解いたわけではないので密着した状態には変わりないが、くるみはまだ気づいておらず、目元を乱暴に袖で拭い、山本と向き合う。

「武くん。ありがとう。聞いてくれて、励ましてくれて…」
「俺がしたかっただけだから気にすんなって!」

泣いてスッキリした頭で冷静に考え直し、漸く落ち着いたくるみがふわりと笑って山本に伝えれば、山本はにかりと笑ってなんてことないように返した。続けてそれよりも、と言葉を切り、徐にくるみの目元に手を伸ばす。

「あんま擦んなよ。目、赤くなってる。」
「っ………!」

心配そうな眼差しで、優しく目元を拭いながら注意した山本が近距離にいることに漸く気づき、息を呑み赤面する。
そういえば、ずっと抱きしめられたままだったし、子供のように泣き喚いてしまった…!
好きな人に抱きしめられていた事と泣いてぐちゃぐちゃになってしまった顔を見られた事、子供のように見境なく泣いてしまった事による羞恥で顔を赤くし、別の意味で泣きたくなる。
しかし山本はそれには気づかず、くるみ?と不思議そうに問うてくる。その間も目元を撫ぜる指はそのままだ。

「な、なんでもないよっ!全然大丈夫!き、気をつけるねっ。」

目を逸らすために顔を横に向けることもできず、目をぎゅっと瞑って一息に叫んだくるみの言葉にそっか!と頷き、漸く手が離れ、すかさず立ち上がり、山本と一定の距離を空けるように移動した。手が離れたことに寂しさなんか感じていないったらない。
直前の思わぬ接触に余韻が抜けきらず、顔から熱も赤みも引かない状態をなんとかしようと未だ赤い顔のままひとまず手で抑えてみるくるみ。そんな彼女の様子を見てこちらは素直に離れていった彼女に寂しさを感じながらも、ひとまず落ち着いて立ち直ったことに安堵した山本は、今なら聞いても大丈夫かと判断し、呼びかける。

「ちょっと前のことになるから覚えてないかもしれないけど、俺がここに来る直前、くるみ、何か言いかけてただろ?あれ、なんて言おうとしてたんだ?」
「えっ?あ…」

山本の問いに記憶をたどり、思い出したくるみは声を零し、少し気まずくなって目を逸らす。山本が言っているのは、山本に告白されてすぐの、下校途中の話だろう。偶々放課後自主練している山本とばったり出会し、流れで一緒に帰った時、あまりにも気まずくて何か言おうとして声をかけたところで山本は未来に飛ばされた。
山本は純粋にくるみの話を聞けなかったから今改めて聞いているのだが、くるみからすればただ気まずさを紛らわせるために声を発しただけで、何を話すつもりと言うのを考えていなかった。もしかしたらあの時10年バズーカが撃たれなければ、おかしなことを口走っていたかもしれないと安堵していた節すらある。
これまでのくるみなら、なんでもないから気にするな、と誤魔化していただろう。しかしくるみは気まずさを感じながらも、正直に話そうと思い、しっかりと山本に向き合い口を開いた。

「あの…実は、何か話そうっていう明確な話題は特になくて、ただ、ちょっと緊張しちゃって、何か話さなきゃって思って、話しかけたの。だから、えっと…」
「そっか!分かったぜ、話してくれてありがとな!」
「………うん!」

うまくまとめきれずに最後は言葉が詰まってしまったが、山本が笑って答えてくれたことに緊張で無意識に強張っていた体から力が抜け、安堵で自然と口角が上がり、そのまま笑顔で頷いた。
今度はくるみの笑顔を真正面から受けた山本が赤面する。どくりと大きく心臓が脈打ち、自身の顔に熱が集まってくるのを感じた山本は誤魔化すようにそろそろ修業に戻るな!と焦りで早口に言って部屋を出ようとする。

「武くん!」

くるりと背を向けた山本に、珍しく大きな声でくるみが呼びかけ、驚いた山本が振り返る。
そこには、覚悟を決めたような真剣な表情と瞳でこちらを真っ直ぐ見つめるくるみがいた。

「私、強くなる。なまえちゃんだけじゃなくて、この時代の私が助けられなかった武くんのお父さんも救えるように、強くなる。武くんの隣に立っても大丈夫って思ってもらえるように強くなる。」

そうすれば、きっと、自信が持てるだろうから。
何度も強くなると言葉にしたくるみはその言葉だけ飲み込んで、だからね、と続けた。

「ちゃんと強くなって、この作戦が成功したら、伝えたいことがあるの。聞いて、くれる…?」

最後は不安そうにこちらを窺いながら尋ねるくるみに対する答えは決まっていた。山本はにこりと笑って首を大きく縦に振る。

「もちろん!」

山本の答えにぱあっと顔を綻ばせたくるみは嬉しくなり、顔を高揚させ、そのまま絶対勝とうね!と笑顔で伝えた。

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