リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的129

トンッと、クロームが槍の柄を床に突くと、すぐさま床の至る所から轟々とした火柱が立ち上る。クロームの幻覚だが、リング戦で見た時よりも精度が増している。成長し、強くなっている証拠だった。
圧倒させられそうになるのを堪え、由良も薙刀を構えて幻覚で生み出された火柱に身を隠しながらグロ・キシニアに向かっていく。
相当な手練であっても、幻覚を視認し、一度それが火柱であると考えてしまえば、それだけで脳は完全に幻覚で支配される。例え齢14の非力な少女でも、幻覚で相手の脳を支配することは可能だった。
由良も、クロームも、それは揺るがないものだと思っていた。

「っ!!由良!」
「こっの…っ!」

しかしそれは完全な2人の思い込みだった。幻覚に惑わされるだろうと思っていたグロ・キシニアは、突如現れた火柱をものともせず、薄笑いをうかべたまま立っていた。気づいたクロームが避けるよう由良を呼ぶが、既に駆け出し、勢いづいていた時だった。このまま止まることなど出来ず、薙刀を横に払うように振るったが、軽々としゃがんで避けられた。

「ぐっぅ…!」
「由良!」

グロ・キシニアはその体勢のまま由良の左足を狙い、クロームの時と同じように騎馬鞭を打ち付けた。ディーノが持つ鞭よりも短い鞭だが、その威力はディーノと同等かそれ以上。バチンッと鈍い音を立て、叩き付けられた鞭は短いからこそ的確に、由良がヒバリとの戦いで負傷した箇所に当たった。
治りかけ、しかし少し痛む程度だった負傷した場所に再度衝撃が加えられたため、由良は顔を苦痛で歪め、呻いた。それでも右足に何とか力を入れ、後ろに飛び退き、クロームの隣に立つ。

「幻術とは、脳にありもしない事を思い込ませ、でっち上げる技だったな。こんな子供騙しが通用するか。」
「!」
「っ…」

グロ・キシニアの吐き捨てるような言葉にクロームは驚き、由良は悔しそうに下唇を噛んだ。
グロ・キシニアの言葉通りだったからだ。幻術はそういうものだと分かっていても、思い込んでしまえば破ることは困難だ。しかし、それは逆に言えば思い込ませられなければ、幻術をいくら行使しようとそれは意味を成さない。今の由良とクロームのように、体制を崩され痛手を負ってしまう。

「技の全てがこんな具合だ。簡単にひねってやったものだぞ、お前の体から実体化した六道骸など。」
「!!」
「………。」

完全にこちらの動揺を誘おうとしている。それが分かっている由良は黙り込むが、クロームは明白に動揺した素振りを見せた。
2人の動揺を感じ取ったグロ・キシニアは先程よりも一層笑みを深くし、歪んだ不気味な顔で笑う。

「私の誇る雨フクロウ(グーフォ・ディ・ピオッジャ)に手も足も出ずやられる様は、それは無様だった。」
「うそ!骸様は負けない!」
「クローム、落ち着いて!」

完全に挑発している。
青色の小さな箱を見せつけるように自身の顔の位置まで持っていき、勿体ぶったように話すグロ・キシニアに苛立ちを覚えた由良。だが、自分よりも早く反応を示したクロームに鋭い声を飛ばし、落ち着かせる方を優先した。しかしクロームは由良の声が聞こえていない様子で、そんな彼女にグロ・キシニアが目をつけた。

「お前の知識は10年前で止まっているんだったな。よかろう、見せてやる…」

またも勿体つけたように言ったグロ・キシニアは、流れるような動作で小さな箱に指に嵌めていた指輪を嵌め込んだ。カチッという音が小さく鳴った。

「この時代の魔法を…!」
「!」

その言葉に合わせ、グロ・キシニアの箱から何かが勢いよく飛び出した。警戒し、薙刀を構え直した由良と一拍遅れて反応したクロームがその何かが青い炎を纏うフクロウだと気づいた時には、そのフクロウの背後からこちらに向けて大波が迫っていた。

「は…」

室内の天井までに届くような高さの波がすぐそこまで迫ってきている中、逃げようにも間に合わず、せめてクロームだけでも逃がそうとした由良だが、声をかける間も無くクロームと共に波に巻き込まれた。

「ゲホッゴホッ…!」
「ゲホッ…!ゴホッゴホッ…!」

大波に巻き込まれた2人だが、廃墟となり、窓ガラスや扉が壊れ、開放的になっていたことが幸いしたのか波はすぐに引き、溺死は避けられた。
急に襲いかかってきた水が体内に侵入し、なんとか吐き出そうと咳き込んでいる中、クロームは未だ理解が追いついていなかった。自分の幻覚と同じように、突如として表れた大きな波。それはあっという間に自分が出した火柱を消し、自分や由良をも巻き込んだ。全身ずぶ濡れの状態で、額から滴り落ちる水の感覚や水を吸って重く感じる黒曜中の制服がリアルさを感じさせたが、火のないところに煙は立たないと同義で、何も無いところから出現した水に、あれも幻覚で、男は術師なのでは?と思わざるを得ない。

「これは現実(リアル)だぞ。」
「!!」

そんなクロームの考えを読んだかのようにグロ・キシニアから否定の言葉が発せられる。驚くクロームの前に、咄嗟に由良が庇うように立つ。

「っ!」

しかし、グロ・キシニアによって受けた傷が先程の波による勢いに流されたことで痛み出し、顔を歪め、浅く息を吐いた。遠距離におり、更に眼鏡を掛けて決して視力が良い訳では無いはずなのに、グロ・キシニアは由良の表情の変化を見逃さず、ニヤリと笑う。

「雨属性の匣の特徴は鎮静。雨フクロウ(グーフォ・ディ・ピオッジャ)の大波は炎を消し、攻撃を鎮め、人体の活動を停止に近づけ…意識を闇に沈める。」

青色の炎、雨の炎を纏ったフクロウを腕に止まらせ、ゆっくりと勿体付けて話すグロ・キシニア。何か思惑があるのかと勘繰る由良、クロームだが、脳が働くよりも早く、自然と眠気が襲ってきた。

「っ!!」

眠気と同じように重くなる瞼に抗う気力もなく、そのまま体の力が抜けていく感覚に陥った由良だが、既のところで我に返る。前に倒れ込みそうになった体を戻し、薙刀の切っ先を真っ直ぐ向けながら、グロ・キシニアを睨んだ。

「由良、こっち…」
「!分かった。」

同じように正気を保ち、意識を戻したクロームが槍を支えに立ち上がり、前にいる由良に耳打ちした。逃げなければと判断したクロームは良い隠れ場所を知っているようで、波に打ちつけられ、雨属性の特徴である鎮静の作用でふらつく体をなんとか動かし、由良の前を歩いた。

「ヒッ」

2人を追う事無く黙って見ていたグロ・キシニアは、思わずと言った様子で特徴的な笑い声を零した。気づいた由良が振り返り、遠い距離にいるはずなのに目が合った。

「そそるぞ。」
「っ!」

ぞわり、と背筋が粟立つ。息を呑んだ由良は気休めと分かっていながら、手にしていた薙刀の柄を床に突き、少し力んだ。
すると、次第に周りの気温が下がり、気づいた時には先程まで瓦礫や割れた窓ガラスの破片ばかりだったコンクリートの一室が凍りつき、氷雪の世界へと変わった。それだけでなく、グロ・キシニアの足下も動きを封じる為に凍りつき、床と一体化していた。
当然、幻覚だと分かっているグロ・キシニアは一笑に付した。効かないと分かっていながら、必死に抗う姿が彼の内にある加虐心を刺激したのだ。

「フッ…」
「っ…」

悔しげな表情を浮かべ、クロームに続いてふらつきながらも逃げていった由良を、すぐに追いつくからと、無理に追わなかったグロ・キシニアは気づかなかった。
由良は幻覚だけを使った訳では無いという事を。そして由良もまた、それが成功している事に気づけていないまま、クロームの後を追った。

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