リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的8

部屋いっぱいに立ち込める炊き上がったばかりの米の匂いにきゅう、と空腹を訴える音が自分のお腹から聞こえ慌てて手で抑えた。それでも手に空腹を訴える音は振動として伝わってくるのでこの行為は正直無意味だった。女子生徒しかいないこの空間ではそこかしこからお喋りの声が聞こえてくるので気づいている人はいないだろう。

「おにぎりなんて初めて作るなぁ。緊張しちゃう…!」
「大丈夫だよ!くるみちゃんが作ったものなら絶対美味しいから!」
「ていうか、おにぎりで緊張してたらこれからの調理実習何も出来なくなるよ。」

かくいう由良も人のことは言えず、一緒に作る班のなまえ、くるみと炊き上がったご飯をよそいながら話していた。
本日は2クラス合同の家庭科調理実習で、作るものは先程話していたおにぎり。具材は好きな物を入れていいので各自持参だ。そのためあちらこちらから何かを焼く音、香ばしい匂いが漂ってきて、ただでさえ昼休憩前の時間なのに余計に空腹を辛く感じる。

「由良ちゃん、海苔もらってきたよ。」
「ありがとう京子ちゃん。」

班は自由にしていいと言われていたので、話しやすいメンバーで組むことにした。友達100人計画は順調に進んでいるのでこれくらいは問題ない。ちょっと同じクラスの子でもこうやってすぐに組める子がいたらなぁなんて思ってない。思ってないったら。なんて言い訳をしていれば、同じクラスの笹川京子から声をかけられ、現在由良の班はなまえ、くるみに加え京子とその友達の黒川花も含めた5人で調理台を囲んでいた。いつもはなまえから友人を紹介されるが、今日は逆だ。由良の方から京子、花を紹介し、流石この世界のヒロインとその友人、すぐに打ち解けられて全員仲良く作業している。

「くるみちゃんは何入れるの?」
「私は梅干しと鮭と昆布。」
「へぇ、全部変えるんだ。」
「うん。だからたぶん食材余っちゃうからみんなも使ってね。」
「山本くんにあげるの?」
「あっ…!?あげられないよこんな歪な形のやつ!」

真っ赤な顔でからかい混じりに聞いてきたなまえに過剰に反応するくるみ。先日彼女と初めて会った時の山本に対する反応は正しく恋する乙女だったが、事情を聞けばそういった感情は一切なく、所謂オタクの推しが尊すぎて辛いみたいな感情のようで、共感しすぎて仕方なかった。同じように共感したなまえはしかし普段よくくるみに可愛いだのなんだのと言われている仕返しなのかなんなのか、こうしてからかうことが多かった。そんな2人に呆れつつ、しかしくるみの後押しをするように声をかける。

「山本は一所懸命作ったものにケチつけたりしないよ。それは川崎さんが1番分かってるでしょ?」
「そ、そうだけど…」

恥ずかしい、と顔を抑えて俯いてしまった。そんなくるみに傍から見れば完全に山本に恋してる姿なんだよなぁと思いつつ、大丈夫だってと言葉をかける。一緒の班の京子は不思議そうにしていたが、花は察したらしく、あんなののどこがいいの?とでも言いそうな顔で静観していた。

「うぅ…みんなは誰かにあげないの?」
「同い年の男子にあげるなんて馬鹿らしいからね。自分で食べるわ。」
「花ちゃん結構辛辣だね。でも私も、あげる人は特に思いつかないかなあ。くるみちゃんと由良にあげるよ。」

これは絶対いるやつだ。なまえの反応にピンと来た由良はしかしここで言及することはなく、話を合わせに行く。2人の返答を聞いたくるみは自分だけが恥ずかしい思いをしていると感じたのか少し悔しそうだ。

「2人は?」
「私は、ツナ君にあげようと思って。」

ピクリ、と握っていた手を止め、すぐに力を入れ直す。大丈夫、誰も気づいていない。

「へえ!沢田くんかあ。京子ちゃんのなら喜んで食べてくれそうだね!」
「まあ確かに、最近沢田と話すようになったよね、京子。」
「うん!話すととっても楽しいの。」

無垢な笑顔で話す姿は誰が見てもヒロインと呼ぶに相応しく、決して自分は真似もその立場になることも許されない存在なのだと嫌でも思い知らされる。彼女にそんなつもりはなくとも、彼の気持ちは彼女にしか向いていない。それが分かりきっているから、胸に何かつっかえたように少し苦しくなる。

「由良ちゃんは?」
「あー…決めてるけど言わない。」

自分の気持ちから来る身体の変化に目を逸らし、聞かれた問に少し笑いながら答えれば、えー!?となまえやくるみから非難の声があがる。それを宥めつつ絶対言わないと断固として譲らない姿勢を見せれば諦めたのかすぐに大人しくなり、全員作業に集中するように無言になった。

「今日は家庭科実習で作ったおにぎりを男子にくれてやるー!!」

無事に作り終えた由良は自分のクラスに戻り、叫ぶように宣言した女子の中に混ざるように手には作りたてのおにぎりを乗せて男子生徒たちと対峙していた。男子側からはおお!なんて歓喜の声が聞こえ、ツナの方を見れば山本や獄寺と話している。その顔は少し赤く若干の期待が見え隠れしており、恐らく意中の相手である京子から貰えないかな、と思っているのだろう。そんなふうに思われているとは知らない京子を見れば、そのすぐ近くに見知らぬ女性がいるのが見えた。
え、誰?と思う間もなくその女性は素早い動きで京子のおにぎりと自分の手にしていた紫色の物体を交換した。戸惑い女性と京子を交互に見るも、京子は気づいてないようでそのまま近くに来たツナにおにぎりではなく紫色ののナニカを差し出した。明らかに食べ物の色をしていないし不気味な煙まで出しているソレを前にツナの顔は青くなりいや、あの、と言葉にならない声を出している。

「あ、シャケ嫌いだった?」
「いやっ!そんなことはなくてっ!!」

いつまでも食べないツナに不安そうな顔をした京子が言えば更に焦った様子で否定する。無理もないだろう、あんな毒々しい色をしたものはおにぎりとは呼べない。にもかかわらず、その異様な色に気づいてないのかツナの隣にいた獄寺と山本が食べようとひとつずつ手に取った。

「食べたら死ぬんだぞー!!」

焦りに焦ったツナは2人の手を叩くようにして両手を挙げてナニカを放させる。両手が塞がっているのだ心の中でガッツポーズを作ってよくやったとツナを見る。

「死ぬ気でおにぎりを食う!!」

すると急にツナはパンツ一丁の姿になり、そう宣言したかと思えば落ちていくナニカを空中で口に入れていく。明らかにヤバい物の筈なのに、ツナはごくんと飲み込んで一言うまい!と言うと、次々と皆の手に持つおにぎりを食らっていった。それは由良の手にあったものも同様に、ツナの口の中に吸い込まれるようにしてなくなっていき、ごくんと飲み込まれた。

「…………。」

その光景にじんわりと胸が温かくなるような心地がして、ゆるりと上がっていく口角を誤魔化すように俯いた。そうすると視界に入るのは空になった皿。それに嬉しくなり、チラリとツナの方を見れば先程の勢いはどこへ行ったのか、いつもの調子のツナに戻り、クラスの大半から恨みがましく睨まれていた。それにおかしくなりクスリ、と笑ってそういえば、と目を窓の方の更に遠くの方へ向ける。

「沢田が変わる前、向こうの方から何か飛んできたような気がしたけど、気のせいかな…」

ポツリと呟いた言葉はツナを責める周りの声にかき消されていたが、由良が見ていた方向のビルの屋上から様子を伺っていた赤ん坊はニヤリと笑み、興味を示していた。

「そういえば、渡せなくなったけど良かったの?おにぎり。」

隣にいた花から声をかけられ視線を戻し、一瞬考える。すぐに調理中のいるけど秘密と答えたことだと分かり、ああと口を開いた。

「うん。直接渡す勇気も何も無かったから。」
「ふうん?」

納得のいっていないような花に笑みで返し、納得させる。
確かに直接渡す勇気はなかったし、渡すつもりもなかった。きっと想い人から貰えていっぱいいっぱいだったろうから。でも、と空になった皿を見る。感想はきっともらえないだろうけど、全部食べてくれたので良しとする。ふっと嬉しくなって笑みを深めた由良に気づいたのは遠くから見ていた赤ん坊だけだった。

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