リボーン複数主 | ナノ


▼ 標的93

目を閉じて、ゆっくり息を吸って吐く。
自分の頭の中は真っ白なキャンバスのように一度空っぽにして、そこに思い描くのは広大な自然。青々と茂る草原、そよ風に揺れる木々や湖畔、開放的な空間。今自分がいるのは窮屈な室内ではなく、遮る物などないどこまでも続く地平線のような大自然。

「!はっ…はっ…」

出来た…。
乱れた息を整えながら胸を撫で下ろし、体の力を抜く。すると瞬時に周りの景色は変わり、先程まで広がっていた大自然は跡形もなく消え去り、暗い部屋が見える。
ふぅ、と息を吐いて、そのまま側のベッドに寝転んだ。

「漸く、戻った…」

そうポツリと零した女性はふと手を上に伸ばし、暗がりの中でもカーテンで防ぎきれない月明かりによって照らされ、光るリングを見る。
それから疲労が溜まった体を起こし、サイドテーブルに置いていたチェーンをリングに巻いていく。巻き終わると立ち上がり、少し離れた所に置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。

「っはぁーっ!」

まるでビールを飲んだ後のような動きをしているが、中身はただの水である。
暫し落ち着くのを待って、自分の手を見る。微かに震えていたが、それを誤魔化すように拳を作り、力を込めた。

「何とか間に合った…」

呟いて触れた右目近くの頬に触れる。少し凸凹を指先から感じたその場所には、決して消えない痕があった。半年前に出来たものだ。
これ、見られたらきっと変な顔するんだろうな。
パッと思い浮かんだある男の顔を思い出し、息を吐いた。今はそれどころではない。

「これで漸く助けに行ける…」

半年前、別行動をやむ無くすることになり、行方知れずとなった人を思い浮かべる。以前別の人物から経由して受け取った連絡では無事だと伝えられたが、彼女は自分と違い、戦っていたのだ。怪我もしていた。早く助けに行かないと。
と、そこまで考えたところでグラリと視線が揺れる。咄嗟に机に手をついて体を支え、落ち着くまで待った。

「流石に休まないと、ダメか…」

体のふらつきが治まった頃、呟いてベッドに横になり目を閉じた。
もしかしたら、会えるかもしれない。
なんて少しの期待を込めながら、眠気に抗うことなく眠りに就いた。


柔らかな風が頬を撫ぜる感覚で目を覚ます。
目の前に広がるのは、先程自分が想像し、創り出した景色そのもの。それもそのはず。自分はこの景色を再現するように力を使ったのだから。
不意にカサリ、と草を踏みしめる音が背後から聞こえ、振り向いた。

「骸…」
「由良。」

視線の先にいるのは出会った頃と変わらない特徴的な髪型にオッドアイを持つ六道骸。変わった所といえばあの頃よりも背が伸びて目線がより合わなくなった所と、髪が長くなっている所くらいだろうか。
まあ、10年近く水牢にいるのだから髪は伸びるだろうし、生きているのだから成長もするのだろう。自分だって、この男と初めて会った頃と比べたら背は伸びたし、化粧だって覚えた。あの頃は白いワンピースを来ていたけれど、今着ているのはワイシャツにスーツのパンツ。前世とあまり変わらない自分の姿に苦く笑いそうになり、慌てて取り繕った。

「久しぶり。行方不明って聞いてたけど、また何かしてたの?」
「色々と準備がありましてね。漸く終わったところです。」
「また脱獄すんの?」
「今回は違いますよ。」

5年前にクローム、犬、千種によって骸を救出しに行ったが失敗した出来事を思い出し、聞いた由良の問いをを否定した骸はそっと手を伸ばした。手はそのまま優しく由良の右頬に添えられ、ちょうど痕がある部分をなぞるように親指を動かした。指の動きに擽ったそうに肩をすぼめた由良だが、その手を振り払おうとしなかった。骸の瞳が哀しげに揺れ、表情も苦しそうに歪められていたからだ。
この顔を見るのは、何度目だろうか。
骸はこの世界に足を踏み入れたのだから受け入れろと言うものの、由良が怪我をする度こうして顔を顰める。まるで、悲しんでいるように。いや、実際そうなのだろう。時間の経過は人の心を整理するのに一番効くらしい。骸の由良に向けられる感情がどういうものなのか、骸も、由良も充分理解し、骸のこの反応がその感情から来るものだと分かるから、余計にタチが悪い。

「残ってしまったんですね。」
「そんな目立つ?」
「僕は貴女の瞳が好きなので。」
「………あ、そう。リハビリも兼ねて幻覚で消しとくよ。」
「そうですね…その方がいい。ですが、僕の前でだけはありのままの姿でいてください。」
「こういう事しないって言うんなら考えるけど。」
「分かりました。」

すんなりと頷いて身を引く骸に溜め息を吐く。
今も昔も、よく分からない男だ。いや、昔よりは分かりやすいが、その分かりやすさが今は辛い。
由良は骸から逸らすように目を伏せる。

「時間があまりないので、用件だけ伝えますね。」

そんな由良に声をかける骸は本当に時間が無いようで、体が透けてきている。この世界から離脱する現象だ。それが分かった由良は目線を戻し、促す。

「クロームを日本へ向かわせました。貴女もなるべく早く、日本へ行ってください。」
「クロームは無事?」
「ええ。貴女を迎えによこすと伝えたら喜んでいましたよ。」
「そっか…分かった。」

由良の答えに笑んだ骸はそれではまた、と残して消えた。
残された由良はまた目を伏せ、そっと骸が触れた右頬に手を寄せる。

「こういうこと、しないでよ…」

先程は考えられなかったことが今は頭を巡る。余計な感情と一緒に。
骸は昔と比べてストレートに伝えてくるようになった。しかしそれに、由良はまだ答えられていない。

「さっさと私も休まないと…」

考えを無理やり打ち消すように首を振り、目を瞑った。


骸と会っていたにもかかわらず、体は充分休めたらしい。自然と目覚めた由良は目を開け、起き上がった。
すぐに動けるようにワイシャツとスーツのパンツ姿で眠っていた由良は、室内に設置されている簡易的な洗面台で顔を洗い、頭を覚醒させた。
ここでの任務ももう終わる。ツナからの任務の連絡もない。ならば、終わり次第日本に向かおう。
タオルで水滴を拭っている間、これからの行動を計画していた時だった。バンッと勢いよくドアが開く。

「!」
「由良姉!大変だ!」
「フゥ太くん。」

やって来たのは一緒に行動を共にしていたフゥ太で、由良はどこか焦ったような彼にどうしたの?と柔らかく聞いた。

「ツナ兄が……ツナ兄が、ミルフィオーレに…!」
「!」

フゥ太の言わんとしていることは、皆まで言わずとも理解出来た。由良は驚き目を見開いて、すぐに表情を戻した。

「フゥ太くん。日本に行こうか。」
「!………うん。」

由良の言葉の意味を理解し、頷いたフゥ太は部屋を出ていく。残された由良はふぅ、と息を吐いた。

「顔、見たかったなぁ…」

ポツリと呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、静かな部屋の中に消えていった。

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