2話
学校が近づくにつれ、あむの気分は下がっていく。いつもの事なので、私は特にそんなあむのことを気にせずに、スタスタ歩く。と、必ず後ろの方から待ってと声がかかり、立ち止まらざるをえなくなってしまう。後ろを見れば、大体あむが沈んだ顔をしながらゆっくり歩いてくるので、内心溜息をつきつつ、隣に来るのを待つ。
「あむ、遅刻しちゃうよ?それに、学校が近いってことは、周りの目もあるんだから、変に目立っちゃうんじゃない?」
「うぅ…」
このやりとりちょっと飽きた。そう思っても、こう言わないとあむは速く歩いてきてくれないので、我慢しながら待つ。あむのこの状態の原因は、私たちのクラスにある。
私とあむは双子で、毎年クラス分けで一緒のクラスになることはまずなかった。考えてみれば分かることで、似たような名前の生徒が2人だと、先生も大変だから。転校してきてもそれは変わらなくて、私とあむは、それぞれ月組、星組で分かれている。あむも、理解しているみたいだけど、やっぱり1人は不安らしい。
「あめちゃん、おはよう!」
「おはよう。」
「おはよー日奈森。」
「おはよう。あむもいるから、下の名前で呼んでね。」
「悪い悪い。気をつける!」
隣に並んだあむと一緒に校門をくぐれば、一気に始まるおはようラッシュ。それは私も例外ではなくて、ちらほらと見える月組の子からの挨拶に、笑顔で返していく。その様子を見ているであろう、あむの視線が痛いような気もしないでもないけど、あむのキャラの手前、下手に何か言うことも出来ないので、とにかく挨拶を返し続けることに専念する。
「いいなぁ、あめ。友達たくさん出来てて。」
「そうかなぁ?そうでもないよ。みんな転校してきた私が珍しいだけで、暫くしたら落ち着くと思うな。」
「私も転校してきたのに、全然話しかけられないんだけど。」
「それはあむの自業自得。自分でも分かってるでしょ?」
「うっ…」
口下手なせいで、素直になれず、周りからあらぬ誤解を受けてしまうあむにとって、さっきのおはようラッシュは羨ましいと思われていることは知っている。毎日のことだしね。第一、転校する前はこんな風におはようラッシュなんてなかったから、珍しがられてるのは本当だと思う。きっと、ほとぼりが冷めたら私なんか、目も向けられなくなるんだろうな。だから、私に友達がたくさんいるわけではないと思ってる。
それに、あむは知らないから、私にそんなことが言えるんだ。私が周りとどんな話をしているのか、きっとあむは、考えたこともないんだろうな。なんて、絶対言うつもりはないけど、いつも考えてしまう。私、嫌な子だな。
「あめちゃん、おはよう!」
「おはよう。」
「聞いたよ!日奈森さんの話!カツアゲ撃退してたんでしょ!?すごいよねー!」
「私遠くから見てたけど、やっぱり日奈森さんってカッコいいよね!」
「いいなぁ、あめちゃん。そんな日奈森さんのお姉さんで。」
「お家でも日奈森さん、すっごくカッコイイんでしょ?」
あむと別れ、教室に入れば、思った通り、クラスの女の子たちから声をかけられた。興奮気味に話すのは、全部今朝のあむのことで、毎度の事ながら、うんざりする。話に来る子の中には、朝、校門付近で挨拶を交わした子もいて、その子は校門での様子も周りに伝えていた。あむや私からしたら、普通に歩いて、話しているだけなのに、この子達から見ると、普通に歩いているのは私だけで、あむは何かしているようでカッコいいらしい。私は話しかけてくる子達に、うんそうだね、としか返さず、ひたすらニコニコしていた。
小さい頃から、そうだった。あむは、普通の、私たちと同じくらいの子たちと比べて、口下手で、ひねくれたことしか言えなかった。でも、あむが話す言葉は、普通の子が使うような言葉であっても、使い方が違っていて、だからこそ、あむは周りから誤解され、少し目立って、浮いた存在となってしまった。そんなあむがいたからこそ、私は誰かに注目されることもなく、あむの付き人のような形で、まるでついでのように扱われることが多かった。だから、私に話しかけてくる大体の子は、あむと仲良くなろうとして、あむと話そうとして、近づいてくる。そして、それが出来ないとわかった瞬間、私から離れていった。
「お母さんは有名雑誌のライターなんだって!」
「しかも、お父さんは超有名なカメラマン!」
「カッコいい〜!何もかも超クール!」
「きっと彼氏は年上の外国人!フランス人とか!?」
「すごーい!」
ほらね。みんな、あむの話に夢中で、私のことなんか忘れてる。私だってあむと同じ両親なんだし、同じ家に住んでる。それなのに、私はなんにも言われない。話に出されるのはあむだけ。これも、小さい頃から変わらない。みんなが興味があるのは、普通とちょっと違うあむだけ。だから気にかけるし、私にも色々と聞いてくる。
私、まだ席にすらついてないんだけどな。でも、この子達にどいて、なんて言わない。たぶん、声をかけても気づかないから。私の声なんて。転校した2日目からそんな感じだったし、それを考えたら、ただただ、早く話し終わるのを待った方がいい。それに、どうせ最後には、また私に気づいて話を振ってくるだろうし。
「ねぇ!あめちゃん、どうなの?」
「うーん、彼氏については分かんないけど、それ以外は大体本当のことだよ。」
だから私は、あむが羨ましいんだ。
ちなみに両親についてはちょっと盛ってるけど、でも事実もあるから変えない。ちょっといい風に見られたいし。
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