10話
あむは、月詠さんに押し倒されて、2人とも固まっていた。体制を直すことはせず、まるで、見つめ合っているようだった。
「そこまでよ!」
動けない私の代わりとでも言うように、なでしこちゃんがタイミングよく教室の扉を開けながら入ってきた。手には新鮮で、鮮やかな色のフルーツがあった。
なでしこちゃんが来たことで安心したあむは、ホッとした表情で月詠さんから離れた。月詠さんも、突然現れたなでしこちゃんに気を取られていたみたいで、あむの様子に気づかなかった。
「おんどりゃぁぁぁぁぁあ!」
「えっ…」
あむが月詠さんから離れて少し経つと、なでしこちゃんから聞いたこともないような声が聞こえた。驚いてなでしこちゃんの方を見ると、なでしこちゃんは薙刀と言われる武器を持って、いや、振り回していた。しかもちゃんと月詠さん目掛けて。いつもと違う荒々しい雰囲気のなでしこちゃんに、言葉が出てこない。それに、開いた口が塞がらない状態だった。何が起こってるんだろう。
「あっ…」
なでしこちゃんの薙刀を軽々と躱す月詠さんは、色々なところをぴょんぴょん飛んでいた。その動きはゆっくりに見えて、素早く、見ていてとても綺麗だと思った。そんな月詠さんの動きについていくなでしこちゃんもすごくて、避ける月詠さんの隙を逃さないと言わんばかりに薙刀を振るっていた。
そんな月詠さんが、あむの作ったタルトがある作業台に飛び乗り、なでしこちゃんもすぐに追った。なでしこちゃんが振るう薙刀をひらりと躱す月詠さんは、そのまま別の作業台に飛び乗った。その瞬間を、私はしっかりと捉えていて、月詠さんの足が、タルトが置いてあったトレーに引っかかり、タルトが落ちてしまった。
「ダメっ…!」
「あめ!」
「い゙っ…」
何とかして受け止めようと駆け寄って、手を伸ばした。でも、私の腕にトレーが当たっただけで、タルトは無残にも落ちて、粉々になってしまった。それに、トレーが当たったのは一瞬だったのに、腕が痛いし、痺れてる。思った以上の痛さに、蹲る。
「わぷっ」
ふぅ、ふぅ、と息を整えていると、いつの間にか生クリームの波に巻き込まれてしまった。右に左に、上に下に、ぐるぐると回る体に先ほどぶつけた腕も引っ張られるような感覚がして、痛みも増す。
腕の痛みと生クリームの多さに息が詰まり、呼吸が出来なくなっていく。わたし、このまま死んじゃうのかな。
「っ!?」
諦めかけた時、急に息ができるようになった。痛くない方の腕でだけ起き上がって、キョロキョロと周りを見ると、あむの近くに金髪の女の子がいた。何を話しているのかは距離があって分からなかったけど、あまり良くない雰囲気に見える。
「あむちゃんっ!!」
いなくなった女の子ではなく、切羽詰まったように呼ぶなでしこちゃんの方を優先したあむに倣い、私も行こうとして、でも、足元に散らばっていたクリームの残骸を踏みつけて、転んでしまった。その拍子に腕を強く打ち付けてしまったみたいで、再び激痛が走った。
「全然平気っ…」
「っ…あむっ…」
ポロポロと涙を零すあむのところに早く行かなきゃいけないのに、痛くて起き上がれない。視界がぼやけて何かが目から零れ落ちる感覚もして、俯いた。ダメだ。早く行かないと、私のキャラじゃない。
「………………」
「行こう、イクト。」
何とか立ち上がって、あむのところに向かった私は気づかなかった。
私を見ていた月詠さんに。
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