標的7

平和に授業を終え、帰路に着いた四季は、自宅前にずらりとたむろする黒服の集団に目を瞬かせた。見た時からリボーンと同様の、只者ではない空気を察し、すぅ、と気配を消して帰宅した。リビングにいる母親にただいま戻りましたと声をかけ、トントンと階段を上がっていく。と、弟であるツナの部屋から聞き慣れない笑い声が聞こえてきた。

「そ、そりゃ、俺なんかより四季の方がよっぽどボスらしいとは思うけど…」
「噂に聞くボンゴレの姫か。」
「ボンゴレの、姫?」
「なんだ知らないのか。あの9代目が日本にいる少女のためにアレコレ世話焼いてるって噂されててな。それが次代ボンゴレボスの姉だってんだから、今じゃ同盟ファミリーの間で一番沸いてる話だぜ。」
「四季が、9代目に…」
「綱吉、お友達?」
「!」

話し込んでいる様子のツナに声をかけるのは幅かられたが、弟の友人ならば挨拶をしなければと思い、自室に行く前にツナに声をかけた。話し込んでいて全く気づけなかったからか、今話している話題の人物だったからか、それとも両方か、ツナは驚きの声を上げ、ツナと話していた兄貴分のディーノ、2人の家庭教師であるリボーンも目を見張る。それはツナの部屋の入口にいたディーノの部下も同じで、急に現れた四季に一瞬敵かと懐に入れていた得物を取り出そうと手を入れていた。

「外に黒い服を着た人達がたくさんいたのだけれど、綱吉のお友達じゃあないの?」
「えっ!?いやっ、俺のっていうかっ…」
「アイツらは俺の信頼出来る部下だ。会いたかったぜ、ボンゴレの姫。俺はディーノ。ツナの兄弟子だ。」
「兄弟子…」

ディーノの自己紹介を聞き、目を伏せて少し思い出に浸った四季はこちらもと名乗り、弟をよろしくと何度目になるか分からない言葉を伝える。挨拶も終えたことだし、とツナに一言声をかけ、自室に戻った。


ディーノはそのまま沢田家に泊まることとなり、現在は夕飯を食べる為、食卓を囲んでいた。
茶碗と箸を手に持ったディーノは向かいに座るツナになんでも聞いてくれと言うが、マフィアになるつもりなど毛頭ないツナは戸惑うばかりだった。そんなツナにディーノが逆にファミリーは集まったのか質問をなげかける。

「えっと…」
「今のところは獄寺と山本、あとは候補としてヒバリと笹川了平だな。」
「友達と先輩だから!」

代わりに答えたリボーンに思わずつっこんだツナを四季は嬉しそうに見つめている。咄嗟とはいえはっきりと友達と言うツナの姿にじんわりと感動していたのだ。
少ない夕飯を黙々と食べながら、ツナの成長ぶりに嬉しくなり優しい眼差しで見守っている。
と、視界の端で先程からポロリポロリと何かが落ちていく。見ればディーノの机周りが食べこぼした物で溢れていた。見ていた四季は一度ぱちくりと目を瞬かせ、あの、と声をかける。

「箸が使いづらいなら、使い慣れている物をお出ししますよ。」
「あらディーノ君。こぼしちゃって…」
「なっ!」
「うわっ!!」

気づいた奈々に仕方ないわね、とでも言うような反応をされ、更には弟弟子でもあるツナに盛大に驚かれて恥ずかしさから顔を赤くするディーノに、四季はどうぞとナイフ、フォークを渡す。まるで弟のようだと思ったからか、ディーノを見る目はどこか生温い。
そんな目で見られていると気づいたディーノは悪いな、と言って受け取りつつ、少し居心地悪そうに感じていた。そんなディーノの心境など知らない四季は夕飯を食べ終え、食器を流しに持っていく。

「お風呂入れてきますね。」
「ありがとう。」

洗い物をしていた母に声をかけ、風呂場に向かったが、ここで問題が起きた。

「……………亀?」

見たことも無い大きさの亀がバリボリと浴槽を齧って食べている。浴槽に湯を張るために掃除をしようと来たのだが、その時に水を浴びて元気になってしまったのだろうか。それにしても、このままではお風呂場が全て食べられて入れなくなってしまう。今の時点で浴槽は食べられてしまっているので、今日から暫くは銭湯通い確定だろう。
しかしどうしようか。ここにあるのは掃除用のスポンジがついた柄の長いブラシくらいしか武器になるような物がない。だが刀と違い柔らかいそれはすぐに折れてしまうだろう。

「四季、どうしたの?ってうわっ!何これー!?」
「綱吉。」

遅いからと様子を見に来たらしい弟が驚いて大きな声を出したせいか、リボーンやディーノたちがやってくる。すると、あの亀は水を吸うと大きく凶暴になるスポンジスッポンというものらしく、ディーノの相棒らしい。いつの間に逃げ出したんだ、と驚くディーノだったが、自分の不始末は自分でなんとかすると懐にしまってあった鞭を取り出した。

「静まれエンツィオ!!」
「ぎゃあっ!」
「わっ…」

しかしディーノは究極のボス体質。部下がいなければまともに戦うことも出来ない(しかも無自覚)為、手にしていたはずの鞭がすっぽ抜け、持ち手の部分がツナに、鞭の部分が四季に当たる。避けられた四季と違い、ツナは見事命中してしまったようで、痛いと言って当たった部分を押さえていた。
もう一度持ち直した鞭を振るうも、それはエンツィオに当たることなくツナや四季に向かっていく。風呂場という狭い場所で、仕留めるのではなく捕まえる為に動くというのは四季もあまり経験がなく、更にいえばディーノの相棒と聞いて動こうにも動けなくなってしまった四季は成す術がない。
見兼ねたリボーンがレオンをツナの顔に貼り付け、レオンがロマーリオの顔を形成したことで実力を発揮できたディーノが無事にエンツィオを確保し、なんとかその場を収めることが出来た。しかし風呂場、特に浴槽の被害は甚大で、直るまで皆で銭湯に行く羽目になった。
皆それぞれ洗面器に必要な物を入れて並んで銭湯に向かう途中、ツナがムスッとした顔で四季に声をかけてくる。

「なんで悲鳴上げなかったんだよ。」
「悲鳴?」
「エンツィオが風呂食べてた時、叫ぶなりなんなりすればよかっただろ。俺はともかく、ディーノさんだっていたんだし…」

そう言うツナは四季を見ることなく、唇を尖らせながら不貞腐れたような顔でディーノに目を向けている。ディーノはリボーンを肩に乗せ、何やら話をしているようで気づいていない。
四季は一度ディーノたちに目をやり、またツナの方に視線を戻すと穏やかに微笑んだ。

「心配してくれてありがとう。あの時は掃除用の道具しかなくて、あの場を離れたら綱吉たちのところにも行ってしまうと思ったから離れられなかったの。もし綱吉たちが見たら、吃驚するだろうし、恐がるだろうと思って。」

今度から気をつけるね。
そう言った四季に照れたように別にと返したツナに、分かっているかのように微笑み返す四季。2人の仲睦まじい様子に、知らずのうちに目を向けていたディーノもふっと微笑む。

「なるほどな、確かに姫だ。」
「お前も気づいたか。」
「ああ。」

一度会ったことがあるらしいボンゴレファミリーのボス、9代目が、いくら穏健で優しいと言っても、一度しか会ったことのない少女をあれこれ気にかけるというのは珍しく、最初は信じられなかった。それは彼女に会った時も同じで、気配を極限まで消して来た彼女が守られるような弱い存在にどうしても思えなかった。リボーンと話しても益々疑問は膨らむばかりで、今日ずっと、四季の一挙手一投足全てを焼きつけるように目で追っていた。
そして気づいたのは、エンツィオが浴槽を食べている時の彼女の行動。
四季は自分のことなどどうでもいいとでも言うように、リビングにいたツナや母親、自分のことを気にしてどうにかしようと考えていた。ツナとの会話で分かったその事実に、彼女の底なしの自己犠牲の思想を垣間見た気がして、恐ろしさを覚えた。そして自分が何故か上手く振るえなかった鞭を避ける体捌きに彼女が只者ではないということも理解した。だがそれ以上に目立つ自分を顧みない行動に、恐らく9代目も気づいたからこそ、気にかけていたのだろう。

「こんな平和な暮らしで、なんでそんな風になるのか、分かんないなぁ…」
「ま、いずれ分かるだろ。女に無理強いは良くないぞ。」
「分かってるって。」

小さな家庭教師の言葉を聞きながら、もう一度自分の弟弟子とその姉に目を向ける。
もう気持ちは落ち着いたのか、先程とは違いお互いしっかりと目を合わせて歩く姿に微笑ましさを感じ、その元である姉を見る。姉というよりは母のような陽だまりのような暖かさを感じる眼差しを弟に向ける姿はまるで聖母のようで、しかしどこか儚い雰囲気も感じ、思わず目を奪われてしまう程綺麗だった。

「生徒がロリコンになったら笑えねーな。」
「な!リボーン!」

茶化すように言われ、少し赤くなった顔で咎めた。


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