標的5

長いと思われた夏休みもあっという間に終わり、新学期が始まって暫く経った。授業を終え、補習もなかった四季は教科書類をスクールバッグに詰め込み、クラスメイトたちに挨拶をして帰路に着いた。
自宅に着く前、自身とは反対方向からやってくる1人の女子生徒がいた。少し不安そうな表情で手には何か本のようなものをかかえた彼女は四季に気づくとパッと嬉しそうに破顔し、パタパタと近づいてきた。

「あの、もしかして、四季ちゃん、ですか?ツナ君の双子の。」
「そうだけど、君は綱吉のお友達かな?」
「あ、うん!同じクラスの笹川京子です!」

驚いた。
四季は素直な感情を心の中で呟き、名乗ってくれた京子に倣うように自分も名乗り、いつも弟と仲良くしてくれてありがとうと最近よく口にする言葉を伝える。
ツナと四季は双子だが、二卵性双生児の為一卵性双生児の子どもと比べてそっくりと思われることが少ない。雰囲気や話す内容などで察してもらうことの方が多いのだが、京子は一目で自分をツナの双子だと見抜いた。

「ふふっ。ツナ君が言ってたとおり、四季ちゃんって静かな雰囲気の子なんだね。」
「綱吉が、私の話を?」
「この前うちのお兄ちゃんがツナ君をボクシング部に誘って、その流れで少しお話したの。四季ちゃんのことは少し聞いていたから。」
「そうだったの。」

どうやら弟から少し話を聞いていたらしいことを知り、だから分かったのかと納得し、どんなことを話したのか少し気になって、どんな内容でも弟が自分のことを友達に話してくれたというのは嬉しいことだな、と喜びを噛みしめた。

「そういえば、綱吉に用事?」
「あ!そうだった。その、ツナ君は困ってたんだけど、お兄ちゃん、ボクシング部に勧誘するのを諦めてなかったから、ボクシングの本を渡せって頼まれて。」
「それがその本?」
「うん…」

気まずそうに視線を落とす京子。彼女の兄は分からないが、気乗りしない様子の弟に言われたからと言って興味無いだろう本を渡すことに引け目を感じているのかもしれない。少し渡しづらそうにしている。

「よかったら、私が預かろうか?」
「えっ…」
「渡しにくそうにしていたから、綱吉を説得するなら少し得意だから。」

見兼ねた四季は助け舟を出すつもりで言った。京子は暫く逡巡していたが、やがて申し訳なさそうにお願いしてもいいかな?と言ってきた。もちろんと答えた四季は本を受け取り、帰っていく京子を見送った。
最近弟の友達が増えているようで姉として誇らしいし、すごく嬉しくなる。これからも増えていくといいなぁ。そんなふうに思いながら玄関を開けた。

「綱吉?」
「四季!」
「何してるの?部屋に行かないの?」

家に入れば階段前で何故か騒いでいるツナがいた。不思議そうに聞けば、いや、あの、と明らかに狼狽えた様子で目線を右往左往させていた。

「ん?君カワイイねー!おじさんがチューしてあげる!」
「……………綱吉の知り合い?」
「違うから!っていうかアンタ何してんですか!?四季から離れて下さい!」

玄関に立つ四季に気づいた白衣を着た黒髪の男が四季に抱き着くように近づいてきた。今まで見た事のない言動に驚き固まった四季は最近増えたツナの知り合いかとひとまず問いかける。ツナは否定し、姉の貞操の危機を察知したのか間に入り守るように手を広げる。

「なんでだよ。お前カンケーないだろ?どうせあと5分で死ぬんだし。」

どさり。
ツナは背後からそんな音を聞き、振り返った。するとそこには目を見開き、カタカタと小さく震える四季がいた。

「四季?」
「綱吉、あと5分で死ぬって、どういうこと…?」
「えっ………い、いででででで!」

不思議そうに名前を呼ぶツナの声が聞こえていないのか、ふらりと前によろけた四季はそのままツナの肩を掴み、震える声で聞く。ツナの悲鳴にごめんと小さく呟いて力を抜くが、その手は未だ震えていた。

「ツナはとある事情でドクロ病っていう不治の病にかかっちまったんだ。コイツは発病してから1時間で死に至る病気でな、このままいけばあと5分で死ぬんだ。」
「治療法は、ないの…?」
「目の前にいるDr.シャマルなら治せたんだが、男は診ないっつう奴でな。」

見たことの無い四季の様子に狼狽え、どう説明しようかと思っていたツナを置いて、近くにいたリボーンが静かに説明した。リボーンからの説明を聞いた四季はそう、とだけ答えて、その場に膝をついた。

「なっ…」
「ちょっ、四季!?お前何して…!」
「お願いします。綱吉を助けて下さい。」

頭を下げて懇願する姿は所謂土下座で、困惑する周りを気にすることなく続ける。

「腕が必要なら差し出します。脚が必要ならすぐに斬ってお渡しします。臓器が必要なら今すぐ差し出します。眼球が必要なら抉り出します。首が必要ならいくらでも差し出します。だからどうか、どうか弟をお助け下さい。たった1人の、大切な弟なんです…!お願いします!」
「っ………」

四季が言った内容に絶句したシャマルは、彼女の姿に、言葉に嘘偽りがないことを長年の経験から直感した。彼女の姿は貧しいながらも大切な人のために懸命に働き、最後の頼みの綱だと有り金全てを渡して助けて欲しいと頼み込んでくる母親、父親、兄弟らの姿と同じだった。彼女は本当にシャマルが例えば心臓が必要だと言えばどうぞと言うだろうし、腕や脚が必要だと言えば刃物を持ち出して躊躇なく切り落とすだろう。それが分かったシャマルはふぅー、と長く息を吐いて、嫌な気分になったと顔を顰める。

「わーったわーった。かわい子ちゃんにそんなことさせる趣味はねぇし、今回は四季ちゃんに免じて治してやる。時間がねぇ。お前の部屋に行くぞ、坊主。」
「えっ!?あ、はい!!」
「ありがとうございます!!」

憤る感情は出さないように息を吐きながら茶化すように伝え、くるりと背を向けたシャマルに戸惑いながらも時間が無い為急いで後に続くツナ。安心したようにお礼を伝えた四季は、様子を見ていたビアンキが立ち上がらせていた。


殺し屋としての一面もあるシャマルの得意技、己の持つ不治の病原菌を有する蚊を操るトライデント・モスキートによってツナのドクロ病も完治し、腕に現れていたドクロの模様と自分しか知らない恥ずかしい話が書かれた文字も消えていった。安堵の表情で眺めるツナを見やったシャマルは蚊が入ったカプセルを入れていたケースを閉じ、それまでとは違う真剣な表情でボウズ、と声をかけた。呼ばれたツナは顔を上げ、シャマルの放つピリついた雰囲気に自然と居住まいを正した。

「四季ちゃんがああなったのは初めてか?」
「えっ!そうですけど…」

ツナの答えに顔を顰めるシャマル。ツナはどうしたんですか?と分かっていないようだが、シャマルの言わんとしていることを理解したリボーンは被っているボルサリーノの鍔を下げる。

「いいか。絶対にあの子から目を離すな。あの子の前で死ぬような真似だけはするなよ。」
「っ………はい…」

真剣なシャマルの表情と、彼が出す空気に怖気づいたツナは唾をゴクリと飲み込んで返事をするだけで精一杯だった。


ツナがいなくなった部屋で、シャマルとリボーンはリビングにいるだろう双子のことについて話していた。

「あれが次期ボンゴレ10代目と、ボンゴレの姫か。」
「ああ。」
「しっかしなんだありゃ。姫っつーからか弱い女の子を想像してたんだが、9代目も大層なモン大事にしてんなあおい。」
「俺も初めて見たからな。」

片手で髪をかきあげたシャマルはそのまま顔を半分手で隠す。

「あれは本気だったぞ。」
「気づいてたぞ。ツナは気づいてねーみたいだけどな。」
「恐らくあれはボウズが言ってどうこうなるモンじゃねぇな、長い時間かけてやらないと変わらないヤツだ。」
「ああ。」

彼らが思い返すのは先程の四季の姿だ。躊躇なく命すら差し出すと宣った彼女は彼らの長年の経験から来る勘が、嘘ではないし一切の恐れもないことを報せていた。
命を奪う殺し屋として活動しているが、罪なき命を救う仕事もしているシャマルは自分の命を粗末に扱う人間が嫌いだ。認めたくはないが己の弟子だった少年が自分を顧みず殺しをした件を嫌でも思い出す。彼女はアイツよりも厄介だ。そう思い、不快感が襲う。

「ボウズにも言ったが、極力気にかけてやってくれよ、お前も。」
「当然だ。アイツも俺の教え子だからな。」

リボーンからの頼もしい言葉にシャマルは笑を零した。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -