お姉さんと呼んで


ホル・ホースは一瞬自分の目を疑った。ありきたりだが目を擦ってもう一度見直してみたりもした。だがしかし、自分の視界は正常らしい。ということしか分からなかった。目の前には古めかしい、ヨーロッパだとかの貴族の令嬢が着ていそうなドレスを纏った女が立っている。後ろ姿なので、残念ながら顔は分からないが、フワフワとした長い金髪はまるで髪自体が光を放っているかのように輝いて見えるほど美しかった。

(こりゃあ、ぜってー美人だぜえー!DIOの女かぁ?いや、ここにいるってことはスタンド使いか?にしては俺が入ってきても振り向きもしねぇ。隙だらけだぜ)
「お嬢ちゃん」

とりあえず、声をかけることにしたホル・ホースは、気さくに女に近づき顔をのぞき込むように肩をたたいて呼びかけた。

「あら、こんばんは。気が付かなくてごめんなさいね」
「いやいや、良いってことよ。ん〜にしても予想通りべっぴんだなーー大当たりだぜ」
「あらまあ嬉しい」

頬に手をあてうふふ、と笑う女はそれは可愛らしかったが、まるでこの館には似合わない。こんな風を装って実は快楽殺人鬼だとかではないだろうな。と嫌な予感がホル・ホースの頭をよぎったが、無視して女の見ていたものに目を向けた。

「お嬢ちゃん立ったまんま何してたんだ?その本なら椅子に座って見りゃあ良いだろう。机もあるしよー」

ここはダイニングだ。割と大きめのテーブルと、それに見合っただけの椅子も用意されてある。どれも良い品だ。

「そうね、そうしようかしら。さっきこのレシピ本が置いてあるのを見つけてね、そのまま読んでいたのよ」
「はーん。レシピ本ね〜」
「ええ、ほら、これとか美味しそうでしょ?」

向かい合わせに座った後、女が見せたのはイチジクのタルトの写真。隣にはレシピがつらつらと書いてある。別段興味はないが、女との会話で重要なのは受容だということを経験からよく知っているホル・ホースは確かに美味そうだ。と頷いた。案の定女は、でしょう?と自分が作ったわけでもないのに嬉しそうだ。そのままパラパラとレシピ本を読み進める女をタバコを吸いながら肩肘をついて見ていると、女がはたと顔を上げた。

「どうした?」
「まだあなたのお名前を聞いていなかったわ」
「おお、そうだったな。おれはホル・ホース。お嬢ちゃんは?」

サラッとホル・ホースが名乗り、当然のように女に問い返すと、女は少し視線をさまよわせ、謝った。

「オイオイ、何で謝るんだ?お嬢ちゃんの名前を聞いただけだぜ?」
「ごめんなさいねホル・ホース。あなたの名前を聞いておいてなんだけれど、私は自分の名前が嫌いなの。だから教えられないのよ」

なんじゃそりゃ、と思っているホル・ホースをよそに、女は手を合わせ、言葉を続ける。

「私のことはお姉さんって呼んでくれて構わないわ」
「は?」
「お嬢ちゃんというほど若くもないし、ね?」
「いや、ね?って言われてもよ」

拒む理由があるわけでもないが、そんなことを言われたことがないホル・ホースはペースを乱されガシガシと困ったように頭を掻いた。

「あら、お気に召さないかしら?」
「いや、そういうわけじゃあねえが……まあいいか、よろしくな、お姉さんよ」
「良かった。こちらこそよろしくお願いするわ、ホル・ホース」

呼び方なんてどうでもいいか。と諦め、握手する。握った手はやはり人を殺したりするような手ではなさそうだが、スタンドを使えば自身の手が汚れることはないので未だ疑惑は拭えない。若干怪しんでいると女、改めお姉さんが立ち上がる。

「今度はどうした?」
「お飲み物を出し忘れていたわ。何が飲みたい?あ、簡単なものでよければお料理も出せるわよ」
「お?いいのか?じゃあ、ワインと、適当なつまみでも用意してくれよ」
「はーい。赤ワインよね?」
「おう」
「少し待っていてね」

ヒラヒラと手を振ってキッチンへと消えたお姉さん。ゆっくりとした話し方でのんびりしているように見えるが料理はできるらしい。しばらく待っているとテレンスが部屋へ入ってきた。

「おや、ホル・ホースきていたんですか」
「よお。お前がいねぇからお姉さんに酒とつまみ用意してもらってんだ」
「お姉さん?」
「あ?いるだろ?金髪のゴツいドレスの良い女」

訝しげな顔をするテレンスに説明するとみるみる顔が青くなっていく。なんかヤバいことしちまったようだ。と感づいたホル・ホースの顔も青くなっていく。

「あの方がキッチンにいらっしゃるんですか!?」
「あ、あの方って、お姉さん……だろ?」
「ホル・ホース!…ああ、もう説明は後です!お姉様!お姉様!料理などは私がやりますのでどうかお座りください!」

苛立った様子でキッチンへと消えたテレンスの悲鳴がここまで聞こえてくる。お姉さんは料理ができないのだろうか。というかテレンスもお姉様って呼んでいるじゃあないか、と色々な考えがホル・ホースの頭を巡っているなか、キッチンからお姉さんが戻ってきた。頬に手をあて、少し不服そうな表情をしている。

「酷いわ。私だってお料理ぐらいしたくなるのに。テレンスはずっと何もさせてくれないの。刺繍しかさせてくれないのよ。あと編み物。お外にも出ていないの。どう思う?ホル・ホース」
「ま、まあ座れよお姉さん」
「むう。質問に答えてちょうだい」
「ああ?まあ、外に出れねぇってのはキツいな」
「でしょう?目が覚めてから一度も外に出ていないの」

頬を膨らませ、不満です!という表情をするお姉さんにああ、こんな子供みたいなところもあるのか、と思いつつも、サラッと入ってきた軟禁状態だという情報に今までとは違う方向の嫌な予感がしてきたホル・ホース。冷や汗も浮かんでいる。お姉さんの愚痴を聞いているとつまみと酒を持ったテレンスが戻ってきた。

「ホル・ホース。先ほどの話の続きですが、この方はDIO様のお姉様です。なので、今後決して料理だとかそんな雑用を頼むんじゃあありません!良いですね?お姉様も、このような者の頼みなど断ってください」

またまたサラッと、スッと落とされた爆弾に、ガックリと肩を落とす。嫌な予感が当たってしまった。まさかこれがDIOの姉だとは。ホントに血が繋がってるのかよ。似てねえよ。言いたいことは山ほどあるが、ホル・ホースがそれを口にする前にお姉さんが怒った口調で反論した。

「テレンスそれは違うわ。ホル・ホースまで叱らないでちょうだい。私から用意すると言ったのよ。大体、初対面なんだから彼が私が何者かなんて分かる訳ないじゃあない。無駄に怒らないで」
「お姉様しかし」
「黙りなさい」

やはり姉弟なのか、ギロリとテレンスを見る目はDIOそっくりだ。溜まりに溜まった不満が溢れてしまったのだろう。

「おいおい俺のことは良いからよ、お姉さん、いや……お姉様って呼んだ方がいいのか?」
「お姉さんと呼んでちょうだい」
「オーケーオーケー分かったから睨むなよ。とりあえず愚痴なら聞くから落ち着けって」

もしこのお姉さんがヤバいスタンドだとかを持っていた場合のことを考えて、保身のためにホル・ホースはお姉さんをなだめた。しかし鬱憤は晴れないのか、お姉さんはむう。とまた頬を膨らませた。テレンスもお手上げなのかやれやれと首を振っている。

「とにかく、私もDIO様から貴方様のこともDIO様と同様に接するようにと仰せつかっていますので」
「…………じゃあ文句はDIOに直接言うわ。あの子ばかりお外に出てズルいもの」
「是非そうなさって下さい」

なんとか大事にはならなかったが、未だにお姉さんの機嫌は悪そうだ。頬杖をつきながらホル・ホースはどうしたもんかと考える。

(にしてもあのDIOをあの子呼ばわりとはなー)

「外にはどれくらい出てねーんだ?」
「そうね。最後にお空を見たのは100年ぐらい前かしらね」
「はーん……は!?100年!?そりゃあ100年も軟禁されりゃキレるぜ。ってかもっと早くキレて良いだろ!」
「でしょう!?」
「俺なら耐えらんねーな」

はー。とむしろどこか感心したような息を吐くホル・ホースにテレンスは溜め息を吐いた。

「ホル・ホース、あまり余計なことを言わないようにしてください」
「余計なことじゃあないわよ。酷いわテレンス」
「ですがお姉様」
「もういいわ。なら私のお部屋でお話ししましょうホル・ホース。お外のこと教えて頂戴」

立ち上がったお姉さんに手を取られ、食堂から引っ張り出されたホル・ホースは後ろから聞こえるテレンスの声を聞き流しながら、その力の強さにやはり吸血鬼なのだろうと見当をつけた。
つーか部屋って……大丈夫かよ。めんどくせーことになっちまったな……


To be continued...


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