お姉さんと呼んで2


(あーあ、とうとう着いちまった)

鼻歌を唄い、今にもスキップをし始めそうなほど上機嫌の美女に手を引かれ歩くホル・ホースは、こっそりと溜息を吐いた。

「さあ!ホル・ホース。ここが私のお部屋よ」

そんな男の顔に浮かんだ疲弊には気が付かない女は、ニッコリと振り返り、自室の扉を開く。手を引かれるままに部屋へと足を踏み入れたホル・ホースは、部屋の中に揃えられている品々を見てまた溜息を吐いてしまった。やはりこの目の前の、虫も殺さなさそう。という表現がピッタリな、穏やかに微笑む女が、自身の今の主であるDIOにとって最重要人物であると言うことが確定してしまったからだ。その事が一目で分かる。それ程に良い品が揃えられていた。しかもDIOの趣味ではなく、おそらくこのお姉さんの趣味に合わせてわざわざ用意した物であることも見れば分かる。真っ白なのだ。全てが白を基調として整えられている。金で縁取られた白い家具達……ロイヤル調と言うんだったか?とホル・ホースは考えながら、その目は部屋の中央に配置されている見事なベッドに奪われた。

「すっげえ」
「あら、ホル・ホース。ベッドが気になるの?良かったら寝てみる?とーってもふかふかで寝心地が良いのよ。この天蓋も素敵でしょう?ほら、このベッドヘッドの金の装飾、ハートになっているの、可愛いでしょう?」

ホル・ホースの視線に気が付いたお姉さんはその手を引き、ニコニコと自慢のベッドについて語り始める。一人で眠るには些か大きすぎる、頑張れば4、5人は横になれそうな大きさのベッドには、皺一つないように美しくシーツが引かれている。大小様々なクッション達が整列しており、その中に一つだけこの場には不釣り合いな、ほつれの目立つクマのぬいぐるみが置いてある。

「なあ、あれは?」
「ああ、あれ?昔ね、DIOがくれたのよ?」
「はーん。あのDIO様がねぇ」
「ええ、私の宝物なの。さ、どうぞ、寝てみたいんでしょう?」

クマを愛おしそうに腕に抱いた後、フワリと布団を捲りホル・ホースを手招きする。

「は?マジで寝ても良いのか?」
「ええ、勿論」

何故か嬉しそうに頷くお姉さんに、戸惑ったホル・ホースだったが、その寝心地に対する好奇心に負け、そっとデンガロンハットを取り、ベッドサイドテーブルへ置く。靴を脱ぎ、無駄な努力だと理解しつつも、できるだけシーツを乱さないようにそっとベッドへ入り、仰向けになって大の字になる。

「おおお……こりゃあ……」

良い。
凄く良い。
別段眠くもなかったが、このベッドに入った瞬間自然と瞼が落ちてくる。しかも何か滅茶苦茶良い匂いする。深呼吸したくなる。
そんなことを考えながらコロリと横を向く。そしてしばらく堪能してからお姉さんが立っていた方に向き直ると、いつの間にかお姉さんが隣に横になっていた。

「うおお!?」
「まあ、どうしたの?」
「どうしたのじゃあねえだろ!何でアンタまで寝てんだよ!」
「だってホル・ホースがあんまり気持ち良さそうに寝ているんだもの。私も横になりたくなってしまったの。あと、アンタじゃあなくってお姉さんと呼んでちょうだい」
「おお、悪い。じゃあなくって!」
「そんなに大きな声を出さなくったって聞こえているわ。私だって吸血鬼だもの。耳は人より良いのよ?ちょっと痛いくらいだわ」
「あー。マジで悪い。大丈夫か?って、やっぱ吸血鬼……なんだな」
「ええ。ホル・ホース、貴方の血も飲んであげましょうか?」

は?と口を開く前に、あっさりとマウントを取られてしまったホル・ホースは、反射的にどうにかしようとスタンドを出すことも忘れて手で押し返そうとするが、あっさりと抑え込まれる。

(くっそ!力強ぇ!マジで人間じゃあねえなこりゃあ。やっちまった。何が虫も殺さなさそう。だ!完全に油断した)

両手を所謂恋人繋ぎでベッドに縫い付けられてしまっているためスタンドも出すことができない。もうダメだ。逆に考えるんだ。いい女に喰われる(物理)なら別に良いじゃあないかと。ホル・ホースが諦めたのを感じ取ったのか、お姉さんはふふっと笑って身体を離す。手は繋いだままだ。

「ビックリした?」
「……喰わないのか」
「まあ、本気にしたの?」

心底驚いたような顔をして首を傾げるお姉さんに本日幾度目かの溜息を吐くホル・ホース。

「そりゃ、あんだけギラギラした目ぇ吸血鬼に向けられた上マウント取られちまったら普通の人間は死を覚悟するぜ」
「そう……ごめんなさい。でも安心して、確かにちょっぴりお腹は空いているけど……ええと、ほら、あなた煙草吸うでしょう?そう言う人ってあんまり美味しくないのよ。あら?でもどうしてあなたは美味しそうなのかしら」

お姉さんはしばらく考え、また反対に首を傾げた後、ホル・ホースの首筋に顔を近づけスンスンと血の臭いを嗅ぐ。ホル・ホースはもうどうにでもなれと全身から力を抜く。

「まあ、どうしてかしら。美味しそう……」

ホル・ホース……と甘えた声で名前を呼ばれ、嫌な予感しかしないが、この状況で無視することもできず、どうした?と平静を装って応える。

「少しだけ、ほんのちょっぴりだけ味見しても良いかしら?」

返ってきた言葉は、予想通りのものだった。だが男ホル・ホース。ここまできて拒否はしない。覚悟は既に決まっていた。殺すなよ?と一言だけ伝えて、目を閉じる。お姉さんは、自分を信頼して身を任せてくれたホル・ホースに綻ぶような笑顔を向け、そっとその首筋に牙を立てる。

「ああ……まあ、美味しい……初めての味だわ。こう言うのを、何て言うのかしら……前にテレンスが作ってくれた、はんばーがー?とかいうああいう……ええと何だったかしら?じゃんくふーど?そういう感じだわ」

ややあって、口を離し、上体を起こしたお姉さんは恍惚とした表情で血の味を語る。両頬に手を当て、うっとりとしているその様子は、今その下敷きにされている男にとっては毒でしかなかった。自分に跨がっている女にそんな顔をされると、男の本能として、どうしても反応してしまいそうになる。生唾を飲み込みながらグッと我慢をするホル・ホース。勿論手を出すつもりなどない。ところが、意外にも世話焼きの面があるらしい男は、無防備なお姉さんが心配になってきてしまった。随分と長い間幽閉されているようだし、その辺りも疎いのかもしれない。と勝手に推測し、今少し怖い思いをさせておけば、もうこんなことはしないかもしれない。と勝手に解決策を導き出して、勝手に実行した。
本来ならマウントをとられている状態から、吸血鬼を押し倒すなんてことはかなり難しいはずだが、未だ食事の余韻に浸っていたお姉さんは隙だらけで、あっさりとひっくり返されてしまった。

「まあ。どうしたのホル・ホース」
「どうしたの?って……そりゃあ流石にどうかと思うぜお姉さんよ」

?という顔をして、首を傾げるお姉さんは、どうやら本当に危機感を抱いていないらしい。

「あのなあ、ベッドで男女が寝てたらこういうことになるんだよ。いいか?分かってんのか?」
「ええ、そうね。そういうことだってあるかもしれないわ」
「襲われるぜ?」

グッと顔を近づけ、ホル・ホースが凄むが、お姉さんは怯えるどころか、クスクスと笑うだけだった。

「何がおかしいんだよ」
「うふふ。だって、ホル・ホースはそんなことしないでしょう?なのに態々こんなことをして教えてくれるなんて、あなたやっぱりとっても優しい人ね。私の目に狂いはなかったわ」

そう言って頬を撫でられてしまうと、もうこれ以上何も言うことはできなかった。男の負けである。身体を離し、溜息を吐きながら、頭を掻く。

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。私強いもの」
「ま、確かに吸血鬼だしな」
「ええ。さあ、じゃあホル・ホース、そろそろ外のお話しを聞かせてくれる?」
「ああ、そうだな。つっても何を話しゃあいいんだか……」
「何でも良いわよ。きっと全部私の知らないことだわ」
「ま、100年も幽閉されてりゃあそうかもなあ」

さて、何を話してやろうか、と、話す内容を考え始める前に、まずベッドじゃあなくてソファに移るべきだと判断して、お姉さんの上から降りようとした、丁度その時。
部屋の扉が開いた。

「姉さ……ん」

扉を開けたのはこの館の主であり、お姉さんの弟。DIO。そして彼の目の前には、自分の部下に押し倒されている最愛の姉。という光景が広がっている。

ホル・ホースは後に、この時のことを、ジョースター一行と対峙したときよりも、よっぽど恐ろしく、人生の中で最も死を覚悟した瞬間であったと語った。

To be continued...


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