エルザ | ナノ


▼ 24

婚約してしばらく、エルザとの関係性は驚くほど変わりない。しかし周辺の環境はそうもいかない。俺とエルザは普通に自然に恋愛から婚約へ展開したように見られている。それ自体は仕方のないことだろう。恋人ごっこは辞めだと決めた後も誰にも別れたなんて報告はしていなかったのだから。だが、2人でいる時の使用人共の生温い目が不快で仕方がない。養子になったとはいえ、もとは貧民街にいた俺と、貴族の娘であるエルザという身分差の恋愛結婚というのも目を引くのだろう。何度か屋敷へ行く間にー少し慣れたとはいえーフワフワしたこの空気が俺をイラつかせることに変わりはないのでさっさとエルザの部屋に入る。しかしそこにエルザの姿はなかった。珍しいこともあるものだな。出掛けているのかとも思ったが、エルザが外出時にいつもつけている蝶のブローチが机の上に置いてあるので、それはないだろう。気にせずに最近読み始めたシリーズ物の推理小説の続きを読もうと本棚へ向かうと、棚の中央にスペースが開けられており、硝子がはめ込まれた正方形の木箱が飾られていた。その中には見慣れない青い蝶が入っており、隣には即席で作ったのであろう台紙の札が置かれていた。

アナクシビアモルフォ ♂
ブラジル 75mm
ウヒョー珍しいぜ!うれピー!

「………」

確かに美しいとは思うが、この最後の感想は完全に蛇足だ。余程気分が良かったのだろう。ブローチも蝶。飾ってある標本も蝶。……好みを把握しておいて悪いことはない。一応覚えておくか。

「あ?来てたのか」

声に振り返るとエルザが扉のところに立っていた。帰ってきたのか。ツカツカとこちらに来たエルザは、標本と俺の顔を見比べニヤリと笑った。

「なんだ」
「綺麗だろ。この子」
「……そうだな」
「珍しい子でさ。お父様の知り合いの商人が仕入れたのをお父様が買って、私がもらったんだ」
「そうか」
「アナクシビアモルフォはなかなかお目にかかれないんだぜー。それがこんな良い標本が手に入るなんて…ああー!幸せ」

うっとりと両頬を手のひらで覆いため息を吐いたエルザの、恍惚とした、初めて見る表情に少し驚いたが、蝶へと視線を戻す。

「蝶が好きなのか?」
「もちろん愛してるけど蝶だけじゃあないぜ。全ての昆虫と、あと蜘蛛も愛してる」
「愛してる……か。フン」

鼻で笑うと、エルザは少し目を細め、唇を尖らせたが、そのことに関しては何も言いはしなかった。その後しばらくエルザの昆虫についての話が続き、やっと本来の目的であった小説を手に取り、座ることができた。昆虫の話は意外にも興味深い物だった。流石愛していると断言しただけあって、異常に詳しく、正直引いた部分(この虫はどう食べると美味いだとかどこが美味しいだとか)もある。それを差し引いても充分に面白い話であったと思える。しかし、立ったまま気がつけば数時間というのはさすがに長い。一息吐いて本を読んでいると、エルザが下唇をふにふにと弄りながら何か思案しているのが目に入った。

ふにふにふにふにふにふにふにふに

何を考えているのかしらないが、自然と目線が唇に行ってしまう。そういえばキスすらしたことがなかったな……。確実に拒否されるだろうが。いや、拒否だけで済むか?殴るか蹴るかされそうだ。

「エルザ。何をそんなに考え込んでいるんだ」
「んー。今後のこと?」
「今後?」
「うん。お母様の出産も多分そろそろだし、もし弟ができたら私ってどっちの家に行くわけ?ジョースター家?この婚約曖昧すぎてよく分かってないんだけど」
「今更か。ジョースター家になるんじゃあないのか?長男が産まれれば跡継ぎには困らないだろう」
「やっぱりそうだよな。ジョースター家にもジョナサンがいるけど」
「どうにでもするさ」
「ああそう」
「それだけでそんなに悩んでいたのか」
「だけじゃあないけど……。ディオには言えない」

ふい、と顔を逸らしたエルザに少しもやっと?いらっと?よく分からない感情が湧いて、ギシリとソファーに手をついて隣に座るエルザに詰め寄ると、距離をとるためか、身体をそらされた。しかしそれにより、半分覆い被さるような体勢になり、ギョッとした顔が近くで見ることができた。

「な、何だよ」
「俺には言えない、ということは誰かには言えるわけか」
「は?」
「男か」
「や、その」

即座に否定することもなく、歯切れも悪く、視線も逸らした。図星か?困惑するエルザにイライラが積もっていき、カチリと何か自分の中でスイッチが入る音が聞こえた。

prev /back/ next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -