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ワードパレット
好き、疑惑、想定外


「ほんっとにありがとう!! 助かった!!」

今日はもう好きなだけ飲んで!! とメニュー表を差し出し、テーブルにつく勢いで頭を下げた。
事の発端は、母親からの電話だった。月に1〜2度の頻度で掛かってくるそれは、同級生の誰それが結婚しただとか、ご近所さんのところに孫が生まれたという内容がほとんどで最後には自分の娘の番はいつかとプレッシャーを掛けてくるのだった。あまりにも面倒になったので、彼氏ならいるから!! ご心配なく!! と嘯いたせいで1度会わせろと更に面倒なことになった。今まで何年も浮いた話のなかった娘が突然、そんなことを言い出したので疑惑を持たれるのは仕方ない。もちろん、嘘だし。そこで焦った私が声を掛けたのが七海だった。
五条さんはぶっ飛びすぎてるし、日下部さんは絶対そんな面倒なことに付き合ってくれない。猪野くんは若すぎるし、伊地知くんは多分嘘をつけない。偽の彼氏を演じてもらうなら七海一択だった。少し渋ったけれど、地元でお見合いさせられて呪術師を辞めなきゃならなくなるかもと脅すと、更なる人手不足による皺寄せを恐れたのかOKしてくれて今に至る。大人オブ大人七海のおかげで母との食事は大成功だった。

「お母様は納得されましたか?」
「もーすっかり七海のファンでさぁ!!」
「……」
「……いつ結婚するのって、更にうるさくなりました」
「そうですか」

残念なことに七海は完璧過ぎた。あんな良い人逃したら駄目よ!! と更に母からプレッシャーが強くなってしまった。早々に別れたことにしたいけれど、そうなれば本当にお見合いをさせられそうで怖い。長いことこの世界でやってきた私が、今更普通の暮らしが出来るとも思えない。親の心配も分かるし、それを解消してあげたいという気持ちがないわけではないけれど……。あぁ、八方塞がりだ。

「どんな結婚式が理想ですか」
「え? あー……んー……」

自分が結婚するなんて考えたこともなかったから、もちろん理想の結婚式なんて考えたことなかったな。口をつけたビールは少しぬるくなっていて、慌てて、ぐいと呷る。

「七海はあるの? 理想の結婚式」
「……そうですね。どこか海外の浜辺で二人だけで」
「あーリゾ婚ってやつ? 意外とロマンチスト。ってか結婚願望とかあったんだ」
「いえ、ありませんでした」
「ないのかよ!」
「今まではという話です」
「お」

これは甘酸っぱい話が聞けそうだと、ハイボールを頼む。同時にそろそろ七海の日本酒もと思って見たけれど、まだジョッキの半分程残っていたそれを不思議に思いながらメニュー表を元の場所に戻す。よく考えたら、結婚したい相手がいる七海に彼氏役を頼んだのはまずかったのでは? 彼女さんにも申し訳ない。

「それなのに変なこと頼んでほんっとごめん!!」
「いえ、他ならない名前さんの頼みですから」
「わぁ。私って愛されてるね」
「今更、気がついたんですか」
「……」

いつもの冗談を真っ直ぐに返され、箸からぽとりと軟骨の唐揚げがお皿に落ちた。なんて返事をするのが正解なのか。七海はこんな冗談を言うタイプじゃないけれど、お酒の席だし……まぁ……。いやでも再度、彼女さんに申し訳ない。今度からこんな風に冗談を言わないように気をつけなきゃ。

「名前さん」
「ん、あっ、はいっ」
「私と結婚しませんか」
「ぶっ────」

少し気持ちが落ち着いたところに、再び聞こえてきた
想定外の言葉。届いたばかりのハイボールが器官に入り盛大にむせてしまった。今なんて?

「か、彼女に言いなよ!!」
「いませんよ」
「え、結婚を考えるほどの彼女がいるんじゃないの」
「いえ。私が好きなのは今も昔も、名前さんだけです」

七海の真っ直ぐな視線にかぁっとお腹の底が熱くなる。さっきから、いまいち噛み合っていなかった会話にもこれで納得がいった。納得はしたけれど、理解が追いつかない。七海が私のことを好き? それも結婚したいぐらい……?

「いつ何があるか分からない仕事です。最悪の場合を考えたら、伝えるべきではないとずっと思っていました。ですが」

七海がフーッと吐き出した息が、空気を震わせる。

「先日、名前さんがお見合いをさせられるかもと聞いて────腸が煮えくり返る思いでした。他の人と一緒になるぐらいなら私と一緒になってください」
「七海……」
「私と結婚をすれば、お母様も安心させられますし呪術師を辞める必要もない。どうです?」

酷く魅力的な提案にぐらぐらと気持ちが揺れる。その一方でこんな風に結婚を決めてしまってもいいのかと悩む私を見透かしたように七海は「急に異性として意識するのは難しいかもしれませんが、お見合いだって同じようなものでは? それなら私を選んでも問題はありませんよね」と口にした。まぁ、確かに……と納得してしまう。私の気持ちがぐらりと大きく傾いたのを確信したように七海は半分程残っていたビールを呷り、メニュー表に手を伸ばした。


ワードパレット by こん(@kon_desuuu)様




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