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ワードパレット
懐かしい、自販機、お互いさま

昼から一件、七海と一緒に任務をこなし戻ってきたら、すぐにもう一件と言われ、呪術界の人手のなさを恨んだ。補助監督の都合で30分ほど待機していて欲しいとのことで、とりあえず自販機の前で悩む。甘いのか甘くないのか。甘いとしたらカフェオレかミルクティーか。あー悩む……。悩みすぎて思わず天を仰いだところで、トンっと後頭部が硬い何か当たり振り返って確認するより先に、ぬっと腕が伸びてきた。次いでガコンっと缶が落ちる音。

「ちょっと!」
「ごちそうさまです」

ミルクティーの缶を掲げて見せた七海を睨みながら、上着のポケットを探って取り出した小銭でブラックコーヒーを買う。すぐ近くのベンチに先に座っていた七海の隣、二人分ぐらいの間を開けて腰を下ろした。タブを引っ張ったときに、爪の先が欠けた。今日は何だかついてない。

「今夜、食事に行きませんか」
「行きませーん」

なるべく仕事以外では関わりたくない雰囲気を出しているのに、なかなか七海はめげない。出来れば、仕事でも関わりたくないのに。
呪術師を辞めると言った七海を笑って送り出したのは私だ。こんな仕事を続けていたら、いつ限界が来てもおかしくない。いつどうなるか分からないのはお互いさまだからと納得して送り出したはずだったのに、心のどこかでずっと置いて行かれたという気持ちが拭えなかった。だから、七海が戻ってきたとき懐かしいとか、会いたかったとかいう感情より、なるべく関わらないようにしようという思いが先に来た。────気持ちが蘇ってしまわないように。嫌いになって離れた訳じゃないから、そばにいたら簡単に気持ちが蘇ってしまいそうで怖かった。

「戻りませんか」
「あー。もう、車来てるかな」
「いえ、そちらではなく」
「ん?」
「恋人に」
「……戻りませんよ」

凪いだ心にさざなみを立てないように、努めて平静を装ってみせる。本当はここから逃げ出してしまいたい。

「何故」
「なぜって言われてもねぇ……」
「他に好きな人でも出来ましたか」

七海のたった一言で、必死に私が守ろうとしていた物の殻がぼろぼろと崩れ落ちていく。かぁっと頭に血が上って怒りにも似た感情が沸いてきた。

「……もう耐えられないからだよ。また建人がいなくなることに」
「……」

吐き出してみたら少し楽になった気がする。意識しないように、意識しないように自分に言い聞かせ、欠けた爪先を見る。指の腹で触ってみると、引っ掛かりが気になった。任務の前に削りたい。硝子さんのところに行けばどうにかなるだろうか。なんて必死で逸した意識を掻っ攫うように七海の深くて長い溜息が響いた。人一人分の間を詰める気配がした。

「……快く見送ってくれたとばかり思っていたので、正直、アナタがそんな辛い思いをしているとは思っていませんでした。すみません」
「もういいよ。昔の事だし」
「やはり今夜、食事に行きましょう」
「……話、聞いてた?」

どうしたら、この流れでそんな台詞が出てくるんだろう。呆れて思わず七海と視線を合わせると、スッと細められた瞳が向けられていて、慌てて顔を逸らした。なんで、そんな愛おしそうな顔で見るの。本当に止めてほしい。

「聞いていましたよ。きちんと」
「……じゃあなんでそんな話になるので」
「また一から名前さんと恋愛を始めようかと思いまして」

今度こそ腹が立って、半分ほど残っていた中身をぐいと煽り、空になった缶をゴミ箱に投げ付けた。

「ぜっ!! たいにっ!! しない!!」
「昔もそう言ってましたね」

苦楽を共にした同期となんか恥ずかしくて、恋愛なんて出来ない!! と騒いでいた昔を思い出す。あの時の七海にはまだ、可愛げがあった。今はなんかもう、可愛くない。高そうな時計なんかしちゃってるし。その高そうな時計をちらりと見た七海が「そろそろ行きましょうか」と立ち上がる。

「早く片付けて、食事に行きましょう」
「……長引かせてやる」

悔しいけれど、気心の知れた七海との任務はまさに痒いところに手が届くといった感じでスムーズに進んでしまう。あの鉈でも隠してやろうか。

「尖ってますよ、口」
「うるっさい!!」
「その可愛い癖、なかなか直りませんね」

考え事をするときに唇が尖ってしまう癖を指摘され、苛立ちがピークになる。立ち上がろうとする私に向けた手を思いっきり振り払ってやろうかとも思ったけれど、手を取りぎゅー!!! っと苛立ちを込めて握った。途端、蘇る懐かしい体温に泣きだしてしまいそうになった愚かな私をどうか、笑ってほしい。噛み締めた内頬からは鉄の味がした。




ワードパレット by こん(@kon_desuuu)様




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