スティンガー



ワードパレット
直感、近づくな、刺すような

好きだという真っ直ぐな気持ちを一方的に受け続けるのは案外エネルギーを使う物だ。着信履歴に並ぶ「五条悟」の文字に溢れた溜息がグラスの中に滑り落ちて行く。だいたい10代と付き合うなんて、冗談じゃない。私、捕まっちゃうから。

「おい、嬢ちゃん。俺に一杯奢ってくれねぇか」

法律的にお酒が飲める年齢になった私に、嫌な事があった時にはお酒で解決すると良いと教えてくれたのはこの間まで付き合っていた少し年上の彼だった。その彼がたまに連れて行ってくれたバーで一人、憂鬱な気持ちを流し込むようにグラスに口付けた時だった。いきなり、そう声を掛けてきた男は、許可を求めるでもなく隣に座りカウンターに頬杖をついて、じっと私の瞳を覗き込んだ。

ゆるっとした黒いロンTに隠されているけれど、明らかに素人とは違う筋肉の付き方。どこか強請るような瞳の奥に隠された刺すような視線に、この男には近づくな直感が告げていた。視線を振り払い無視して立ち去ろうと、椅子から立ち上がるとぐいと腕を掴まれた。速い。全然、見えなかった……。

「っ、ちょっと!」
「まぁまぁ、取って食いやしねぇからそう警戒すんなよ」
「警戒しない要素が一つもないんですが?」
「言うねぇ」

クククっと喉を鳴らして笑いながら、勝手に頼んだらしいウィスキーのグラスに入った丸い氷をくるくると空いた方の手の指でつついて遊んでいる。この手を振り払って、早く逃げなきゃ。そう思うのに、濡れた指先を見せつけるように口に含んだその姿に目が離せない。

「んなの飲んでるから変な男が寄ってくんだろ。それともそれが目的か?物欲しそうな顔、してんぞ」
「ご心配なく。ちゃんと彼氏いるんで」

強がりを見透かすようにふーんと興味がなさそうな相槌を打ちながら、ほとんど減っていないシェリー酒の入ったグラスを、くるくると揺らしていた。

「で、あなたの目的はなんですか?」
「そう焦るなよ名字名前」
「……ほらやっぱり、っちょ、んんん!」

にやりと意地悪そうに傷がついた口元を歪ませて、呼ばれた私の名前。ほら、やっぱり私の名前を知っていると言う事は最初に思った通り近づいてはいけない人だった。掴まれたままになっていた手を振り解こうとするけれど、びくともしない。逆にもう片方の手が腰に回り、あっと思った時にはもう遅く強く抱き締められていた。片手で胸板を何度か叩いてみても、全く手応えがない。これは、なんの匂いだろう。強く薫るお香のような匂いにクラクラとし始めた頃、ぐいと顎を掴まれ上を向かされた。
目が合って、この人綺麗な目をしてるな……と思った次の瞬間、噛みつかれるように奪われた唇。その荒々しさに酸素を求めて僅かに隙間を開くと絶好のタイミングを逃すはずがなく、厚い舌がにゅるりと入ってきた。絡めたら最後もう戻れなくなる気がして、絡めるのを拒んでいると上顎をつつーっとなぞられぞくっと腰が震える。はぁっと吐息を残して離れていった唇に溢れた唾液が伝う。彼はそれを親指で拭い、ぺろっと舐めてみせた。

「残念だが、もう時間だ」
「……」
「んな顔すんなよ。近いうちに、大金が手に入る。そん時に奢ってやるよ酒でもホテルのスイートでもなんでもな」

ぐしゃりと私の頭に触れた手は先程のキスとは裏腹に優しかった。

「またな」そう言い残して去って行った彼に二度と会うことはなかった。時を経て、目の前に現れた少年にその面影を見つけてよみがえるほろ苦いウィスキーの味。


ワードパレット by しずく(@aqua_drama)様




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -