乙女心コントロール不可



とろっとろ。んー違うんだよなぁ。唇に挟んだプラスチックのスプーンをいたずらに上下に揺らすと隣に座っていた恵が「なんだよ」とじっとこちらを見た。

「固いやつが良かった」
「は」
「これ、とろっとろ」
「この間まで、プリンは柔いければ柔いほどいいんだって言ってたの誰だよ」
「でーも、今は固いやつの気分なのー」
「……今度、固いの買ってくる」

むちっ。と固いプリンのことを考えながら口に入れたプリンはかろうじて固体に分類される固さを保っている。もうほとんど液体。そのぐらいとろっとろで、先週までの私なら泣いて喜んでいただろう。女子の気分は変わりやすいのだ。自分でもコントロール不可能。恵が任務帰りに買ってきてくれたプリンは、ころんと可愛らしい瓶に入っていた。

「こういうんだろ」
「あ、そうそう。それそれ!」

差し出されたスマホを覗くと、今まさに私が求めている固いプリンが映し出されていた。てっぺんが茶色くて、下のお皿にカラメルソースのみずたまりが出来てるやつ。上に乗った生クリームと嘘みたいな色したさくらんぼも心を擽る。

「へぇー。このお店、結構近くだね」
「本当だな。今度行ってみるか」

恵のこういうとこ、彼氏力? が高いなっていつも思う。食べたいとか、行きたいとか言ったらサッと調べて計画してくれるところ。好きとか愛してるとか言葉にしてくれないから、総合的には彼氏力プラマイゼロ。いやちょっとマイナスよ寄りだけどね。画面を見つめる横顔。憎たらしいぐらいに睫毛が長い。

「飯も旨そうだな」
「ふーん」

ほら。さっきまで、すぐ調べてくれるところを評価してたのに、今はもう私そっちのけでスマホに意識を注いでいることが気に食わない。ねぇ、恵。そのお店に行く頃には私、とろっとろプリン派に戻ってるかもよ? 今、ここにいる私をちゃんと見て。

「おしまーい」
「おい、ちょっ」

恵の手から抜き取ったスマホをテーブルに置き、胡座の上に座る。首に手を回して顔を近付けると「プリンはもういいのかよ」とテーブルの上のプリンに恵の視線が移った。悔しい。

「恵は? 食べないの?」

吐息が甘ったるい。プリンの甘さの残る口でキスをしたら恵は嫌がるだろうか。わざとらしく何度か腰を前後に揺らすと意味を汲んだ恵がじっと私を見つめ、はぁっと息を吐き出した。

「……声、我慢できんのかよ。今、虎杖いるだろ」
「……」

なんだか私の声が大きいことを指摘されたみたいで、急速に気持ちが萎んでいく。もう、いい。恵の馬鹿。首に回していた手を乱暴に解き、立ち上がるとぐいと腕を掴まれた。

「離して」
「どこ行くんだよ」
「部屋、帰る」
「なんでだよ」
「私の喘ぎ声が大きいって恵が言ったから」
「なっ、言ってないだろっ、そんなこと!」
「言った」
「言ってない」
「言った」
「言ってない」

とにかく今日はもう一緒にいたくないの。と掴まれた腕を振り解こうとした時だった。

「他のやつに名前の声、聞かせたくないだろ。普通に」

そう早口でボソッと呟いてぷいと顔を逸らした恵の耳は隠しきれないぐらい赤く染まっている。その赤さに途端に頬がだらしなく緩む。掴まれた腕をそのままに、恵の胡座の上に戻ると恵の指先から力が抜けていった。目の前の形の良い耳に触れ輪郭をなぞるように指を滑らせると、ごくと喉が上下する音が聞こえた。

「声、我慢する」

そう囁いて、そのまま恵にキスをする。何度か啄むように唇を合わせた後、やっぱり恵は「……甘い」と少し顔を顰めた。「じゃあ、やめる?」と聞くと返事のかわりに、んっ、と舌を出してきた。ちょっと笑ってから吸い付いた舌は、ほろ苦いカラメルの味がした。







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